「パリのジェントルメンズクラブ  美麗にして数奇な館 Travellers」

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「パリのジェントルメンズクラブ
(title copyright 2018 Ryuichi Hanakawa&RIKUGHI)




観光客で賑わうシャンゼリゼ通りの半ばあたり、極く普通のレストランの横に小さな門がある。

蒼と黄金で華麗に装飾されてはいるがその小さな門に気づく観光客はいないだろう。そしてその門にはこれも気づかないほどの小さなブザーがあり、それを押すと限られた者のためだけの「サロン」の扉がゆっくりと開いていく、、、

ここはロンドンのピカデリーにあるジェントルメンズクラブ「Travellers」のパリにおける拠点「Travellers Paris」、ベル エポックの本当の感触を知りたければ書物に没頭するよりここに来て深呼吸することをお勧めする。

巨大な「イエローオニキス」を彫りだした圧倒的な螺旋階段、ジュール・ダリューの手による裸婦像、オペラ・ガルニエの装飾でも知られるポール・ボードリーの天井画、、、

建築家、彫刻家、画家のパトロンとして伝説的な「コーティゾン」(ベル エポックという時代に文化の一面を支えた独特の存在です。)として輝いたエステア・マキアーヌ、通称「ラ パイヴァ」がアーテイストたちを総動員してつくり上げた「愛の館」である。

 フランスのジェントルメンズクラブはロンドンより閉鎖的でパリのエリートでもその奥に何が隠されているのかを知る人は極くわずかだ。

1856年から1866年まで10年の歳月ををかけて建物は精密にそして豊饒な耽美を刻みこんでつくりあげられていった。「Travellers」のパリの棲家となったのは1904年からだ。ピカソがモンマルトルのアトリエ「洗濯船」に居を据え「青の時代」に没頭していた頃だ。

「コーテイゾン」という言葉は日本では正確に訳されていないが、あえて日本語で説明するならばベル・エポック期特有の「職業的愛人」である。「愛人」といっても文化、芸術、作法に秀で社交サロンの花形であった、なにしろ「愛人」のプロフェッショナルである。紳士は競ってよりエレガントな「コーテイゾン」を伴って当時の社交場である高級レストランや競馬場にいくことを好んだ。ベルエポックと云う文化の興隆の一翼を担った存在なのである。「コーテイゾン」の幾人かは公爵や伯爵の正式な妻に納まった者もいる。


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# by momotosedo | 2018-08-15 13:48 | ■「悦楽園記録ノォト」

「百年素材 その名もSAPPHIRE」

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「SAPPHIRE
(title copyright 2018 Ryuichi Hanakawa&RIKUGHI)




その名も「SAPPHIRE」。

1980年代に緻密に織られた極めて良質のウーステイッド & カシミア、「糸」が良い。その感触には惚れ惚れする。 この「なめらかな糸立ちを感じる手触り」がかつての全盛期の英国の織物のトップクラスの「質」だ。 この時代の名作には「ULTIMATE(super140`s)」、「MASTERPIECE(super150`s)」などがあるが、どれも最高質の高番手の糸を低速織機でゆっくりと織りあげた名品である。まだ「高速織機」が普及する以前だからこそ極細番手の糸を低速織機で手間をかけながらじっくり織るという職人技が活かされた、だからギュっと鷲掴みにしても手を放せばパっと皺ひとつ残らず復元する。まるで手品のように、、、この贅沢なスーツ地は1980年代前半の5~6年間のみにひそかに織り上げられている。「SAPPHIRE」はそのなかでもクラシックな織りで知られている。「SAPPHIRE」を名品中の名品にしたてあげているのはその独自の「ストライプ」にある。なんと正統にクラシックな「クラブストライプ」を絶妙な幅で織り上げているのだ。ピンストライプの「組織(織り方)」も独特でいままでみたことがない。 織機もいまのものとは異なる。








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# by momotosedo | 2018-08-14 11:35 | ■100年素材

「倫敦日記  セントジェームズ通り」

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「倫敦日記 セントジェームズ通り
(title copyright 2018 Ryuichi Hanakawa&RIKUGHI)




やあ、やあ、久しぶりだネ、、、バッキングガム宮殿にほど近いセント・ジェームス通りをパルマル通りの方に歩いてたら向こうから少年の私がやってきた、
10代の私はデンマン&ゴダードの気取ったアスコットグレイの三つ揃いを着ている、6月の意外に強い日差しに照リつけられて、このあいだウイーンでつくったモンテクリストのパナマのホンブルグを被ってくるべきだったと後悔している。愛用のブリッグの薄灰色のキャノピーを張ったスタッグホーンの傘を細巻きにして携え、あちらの店こちらの店へと忙しく目を配りながら歩いてくる。いくつかの店からは馴染みの店員か店主かが挨拶がわりの目配せをおくってくる。10代の私の周りの空気は金色に粒だっている。1960年代後半のあの頃のロンドンでさえ今振り返ると「古き良き時代」なのだ。まだまだ19世紀の紳士たちの愉しみの店がそこかしこに健在だった。
セントジェームス通りはボー・ブランメルの時代から紳士たちが愛した店が集まっていた通りだ。ロイアルワラントを持つ店も多かった。1693年設立の最古のそして最も格式のあるジェントルメンズクラブ「ホワイツ」もここにある。メンバーにはチャールズ皇太子やウイリアム王子をはじめロイアルファミリーが名を連ねている。チャーチルの住まいもここにあったはずだ。


f0178697_20244207.jpgその頃のセント・ジェームスはごく限られたメンバーのためだけのテーラーがあり、ロールス・ロイスに積み込むフィッテイングケースを真面目につくる19世紀のまま存在しているような鞄屋があり、指にぴったりとまとわりつくような手袋やまったく今とは素材もフリンジも異なる絹のスカーフ(ソアレ用のスカーフには一枚、一枚に切り文字でイニシャルをいれてくれた)やドレッシングガウンを扱う店などで「わらわら」していた。私は毎日のように必ずその数軒を覗き歩いた。それが愉しみだった。まさしくセントジェームズは「大英国帝国紳士の店」の大博覧会場だった。






セント・ジェームズの突き当りを左に曲がるとパルマル通りにでる。パルマル通りにはロイアル オートモービルクラブやオックスフォード&ケンブリッジクラブ、トラベラーズクラブなどの老舗クラブが居並ぶ。セントジェームス通りからパルマル通りにかけては「クラブランド」と称される英国ジェントルメンズクラブの総本山なのである。しかし、マーケテイング優先の消費経済の波は街を様変わりさせる。サヴィルローにファッションブランドやドイツ資本のアートギャラリーが進出して驚いていたら、いまや肝心のテーラーが数少なくなってしまったように、セントジェームズも様変わりしてしまった。いまは一軒のテーラーもいない。私の若い頃から続く店は「ジョン・ロブ」と葉巻商の「James J fox」くらいになってしまった。


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ラストメーカーのラペネン氏に案内されて特別にアトリエの地下を巡る。こんな迷路のような地下室がアトリエの下にはりめぐされているとは誰も思いはしないだろう。象徴的なのは「カタコンベ」のように天井までラストが積み上げられている「ラスト室」でその百年以上の歴史を感じさせる、さすがに圧巻である。ラペネン氏によると一万足以上のラストが保管されているという。足型をとった革表紙の台帳も創立時から大切に保存されている。






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# by momotosedo | 2018-07-31 14:16 | ■Tales of the City

40年前の繻子


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百年素材 40年前の繻子
(title copyright 2017 Ryuichi Hanakawa&RIKUGHI)
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「名人」というのはどのように造り上げられるのだろう?
5月23日のひかりにみひらいた午後、私は千葉のある街に降り立った。「名人」に合うために、、、今日はやっとの思いで探し当てたネクタイを「手縫い」する「名人」のその「工房」におじゃまする約束だった。
ロータリーもない小さな駅を出ると通りのむこうに小さな商店街が白日のなかに眠っている。いつも私が探し求めている「名人」はなんでもない暮らしの街に隠れている。





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「テーラー六義」の「クラシック タイ」の項でも記したがかつて紳士が「身に着けて良い」タイは「たった3本」だけであった。シテイでは「スピタルフィールドタイ」と「クラブタイ」、カントリーでは「レイプシールド ゴールドのウールタイ」、、、紳士(或いは紳士の装いを影で支えたヴァレット)はかたくなにどんなスーツにもこの三本のタイを合わせた、そしてそれが英国のスーツの着こなしというものをつくりあげた。

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実はクラシックスーツの装いで最も目立つのは「タイ」である。「クラシック スーツ」の着こなしはタイで決まるといっても過言ではない、(もちろんスーツの仕立てが肝心だが、、、)吉田健一の「着るもの」という短い随筆のなかに、日本の百貨店にいってあらゆるタイを試してももうひとつしっくりこないのに、英国に行くとどのタイを選んでもスーツに納まるから不思議だ、、、という一文がある。これと同じ経験をしたことがある、東京で大きなパーテイに出かけたとき誰一人として「クラシックタイ」を締めていないのだ、どこか「デザイン」されている。それは4本も5本もあるストライプタイ(ストライプタイのストライプは2本までだ、)にはじまり、なんとも形容しがたい模様のものまで、、、本人としてはスーツの色やシャツの色に合わせたつもりなのだろうが、せっかくの「装い」を壊している。クラシックスーツを「完璧に」着こなすためには先ず、「クラシックタイ」を手にいれなければならない。


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「六義」
中央区銀座一丁目21番9号
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# by momotosedo | 2017-04-13 13:10

私家版 super egoistic wonderland  1.「ダーウィンの21世紀」

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ダーウィンの21世紀
(title copyright 2017 Ryuichi Hanakaw&RIKUGHI)
(できれば愉しい21世紀を語っていきたい。あいかわらずのマイペースだけど、、)



Ras(Erasmus)・ダーウィンの訃報を知らせる「一斉」メールがロンドンのクラブから届いたのはつい先日のことだった。

クラブメンバーの誰かが亡くなるといまや全メンバーにクラブの秘書名義で訃報が「メール」される。「メール」というものがここまで普及する以前はクラブのレセプション近くのおよそ1メートル四方の掲示板に「お知らせ」がただ黒いピンで止められるだけだった。まさに新しい「種」が世界を凌駕した。




Rasはお察しのとおり「種の起源」を著したチャールズ・ダーウインの直系の子孫である。(クラブではどんなに年の差があってもファーストネームで呼び合うが、何故、彼が「ラズ」という愛称で呼ばれたかというと、ダーウィン家はしばしば男子にエラズマスと名付けることがままあり、チャールズ・ダーウィンの祖父もまたエラズマス・ダーウインであり、チャールズの兄の名もまたエラズマスであったから「区別」するため愛称で呼ばれるようになった。)
何代目にあたるのだろうか、「訃報」によると1948年にクラブメンバーに選出されたとのことだった、90歳のバースデイを迎えるまさに2日前に亡くなったそうだ。亡くなる2週間前にメインダイニングルームでご機嫌に友人たちとランチをとる姿が確認されている。


クラブでの私の後見人が某科学者なので紹介されて数度、ランチをともにしたことがある。
Rasの弟のフィリップもまたクラブメンバー(1951年選出)で親しくダーウィン家の「話し」をきかせてくれた。


もちろん「種の起源」で著名なチャールズ・ダーウィンもまたロンドンの我がクラブのメンバーであった。


クラブには彼の功績を称えその名を冠した「ダーウィン ルーム」がある。





一種の”のぞき趣味”で申し訳ないが「ダーウィン家」はたいへん興味深い。

チャールズ・ダーウィンの父、ロバート・ダーウィンの妻スザンナは英国の陶磁器メーカー「ウエッジウッド」の創始者ジョサイア・ウエッジウッドの孫娘であったことをご存じだろうか。

ウエッジウッド家とダーウイン家はたいへん親密な関係にあり、数組の婚姻関係が生まれている。
ダーウィン家はもともと富裕な医師の家系でチャールズ・ダーウィンも医学を学んだが馴染めず(当時は麻酔技術が発達しておらず手術も麻酔なし!で行っていたらしい、さぞや壮絶な有様だったろう)、「地質学者」に転じた。

我が国では生物学者と思われがちだが、英国では著名な「地質学者」としてとらえられている。

「種の起源」は彼がちょうど50歳のときに出版されている。

この約150年前の「ベストセラー」はグローバリゼーション以降の21世紀がどうなるか、どう生きるかを考えるにあたって深い啓示を今一度我々に与えてくれる。



f0178697_2249028.jpg*アンテイーク時計好きにはたまらない「Parkinson & Frodsham」の置時計。Frodoshamは英国王室のワラントを持ち、ロイアルファミリーのクロック(置き時計、柱時計)だけでなくポケットウオッチなども制作していた名時計職人、ウオッチメーカーである。
彼のダブルエスケープのスケルトンウオッチは1851年のロンドン万国博に出品されて大変な評判をとった。
当時、先進的なウオッチメーカーはロンドンとパリにあり、スイスは「下請け」に過ぎなかったのだ。
「Change Alley」は「Parkinson & Frodsham」が所在(4 Change Alley, Cornhill, London)していたロンドンの通りの名前である。

クラブにはこうした置時計、柱時計などアンテイークの逸品がさりげなく置かれており、しかもいまも変わりなく時を刻んでいる。こういう「絶滅種」に私はヨワイのだ。





















ダーウインは「種の起源」のなかで「Evolution(進化)」という言葉を意識的に避けている。
それは「Evolution」という言葉が持つ肯定的な意味あい(前進するというような)を自説に持たせたくなかったからだ。

ダーウインは「Descent with modification(変更を伴う由来)」とだけ表現している。

つまり環境の変化により、それに適した種が残り、そうでないものは「滅びゆく」というのがダーウインの説で、種自らが「進化」「適応」していくわけではない。


これはグローバリゼーション以降の21世紀がどうなるか、どう生きるかを考えるにあたって深い啓示を与えてくれる。

そもそもダーウインは進化が「前進」であるとは考えてはいなかった。種が変革していくのではなく環境に即した新種が残っただけだ。

そういわれてみれば今「進化」と名乗るもののほとんどは「格差」と置き換えることができる。20世紀と21世紀の違いは「進化」と単純に賛美できる境界線を越えてしまってハイスペックだがクラッシュもありえる領域に我々が自ら足を踏み込んでいくことにある。




f0178697_13144931.jpg*ご存じのようにクラブのメンバーになるにはCandidate(立候補)しなければならない。
極めて英国的なこの仕組みについては、「六義庵百歳堂」の「友人」の項をご参照いただければありがたい。
クラブ創設以来の「Candidates book」はいまでもすべてが大切に保管されている。
















オリンピックから5年後の2025年には約600万の人口が我が国から消失し、(これは北海道<約550万>ひとつ分以上に値する)日本の人口の約半数が50歳以上になる。




f0178697_1812996.jpg我がクラブはロンドンのクラブには珍しく「フレンチルネッサンス様式」で建てられている。
19世紀末にWalter Burns (モルガン財閥の創始者であるJ Pierpont Morganの義兄弟にあたる) がブルックストリート(ジミ・ヘンドリックスとヘンデルの家があった。アールデコ様式のホテルクラリッジスはお隣さんである)の69番地と71番地を買い取り、フランスの建築家、Bouwens Van der Boyerに改装を依頼した。(元の建物は1760年代に建てられている。)






























f0178697_18541693.jpgクラブのダイニングルームのキャビネットにはメンバーたちから預けられたトロフィーが並んでいる。
ノーベル賞のトロフィーはなかったように思うが、ひとつひとつがメンバーの業績を物語っていて興味深い。

そのなかでポッカリと「空席」がひとつ、ここにはかつてEmeric Pressburgerの「オスカー賞」の像が飾られていた。亡くなったときに家族が一旦ひきとったそうだ。
プレスバーガーは「赤い靴」とかオスカーを受賞した「49th parallel」、シブいところでは「月曜日には鼠を殺せ」などで知られる脚本家、監督である。
































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*「テーラー六義」を更新しました。「ウエストコート」について考察しています。こちらも覗いてみてください。マイペースですが愉しい世界をつくっていければと思っています。

「六義」
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# by momotosedo | 2017-02-22 11:49 | ■私家版