1月16日 (会合日和) ClassicHaberdasher 1st Club Member Meeting


f0178697_5321483.jpgmomotosedo`s
21st Century
Dandy




Art&ClassiC

1st Club Member Meeting


実は、本日、1月16日午後より都内某所にてClassicHaberdasherの第一回、「Club Member Meeting」が催されます、
ClassicHaberdasherは本気で「クラブ」を目指しています、


21世紀もワンデイケイドが過ぎて、六義もアトリエをスタートして6年目の春を迎えます、


ここしばらく強い思いになっていくのは、いかにワクワクするような「愉しみ」を生み出すかということで、そういう意味では、もう「ブログ」という「構造」そのものにはあまり興味がもてなくなっています、これらのブログもそろそろ形を変えていきたいと思います、

2010年は、よりパワフルに「情報」ではなくて、もう少し具体的に良い出会いとか、そこから派生するものとかそういう「価値」みたいなものを「生み出して」いければなあと思っています、


今回の、「1st Club Member Meeting」の趣向は、1928年製ベヒシュタインでドビュッシーを聞くというもの、ドビュッシー自身もベヒシュタインを愛用し、それで作曲していたと一説には伝えられています、


幸いにも、キーンと冷え込んではいますが、清々しく光溢れる青空に恵まれました、冬の午後、みんなでリラックスして古の音を愉しみましょう、




■Notice
『*僭越ながら、「ClassicHaberdasher」第一期のメンバーにつきましては、2009年12月2日をもちまして締め切らせていただきました、

ただ、ここのところ会員登録を希望される方が多いのですが、

「クラブ」と同じ意味で、会員は限定します、

「ClassicHaberdasher」へシンパシーを感じていただき、メンバーシップをご希望される方は、

先ずは
bespoke@rikughi.co.jp
まで、ご連絡
を頂ければ幸いです、ご説明のうえご理解頂ければ「ID」と「パスワード」を発行させて頂きます、


いっぱい愉しみましょう、

R.H. 』





copyright 2010 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

[PR]
# by momotosedo | 2010-01-16 07:37

1月11日 (1が三つ、かつ「成人」式、これは何かをスタートさせよう、) 「新聞」をつくろう、



f0178697_5321483.jpgmomotosedo`s
21st Century
Dandy




Art&ClassiC

f0178697_5291028.jpg

f0178697_529553.jpg

『六義の「新聞」をつくります、』

Statement


1955年、10月26日に発刊された「The Village Voice」創刊号は、歳月を経て黄ばみ、シンプルなタイトルタイポグラフィはさすがに時代を感じさせるが、そこに刻まれたストレートなパワーみたいなものは55年を経た今も嫉妬心をかきたてるほどの魅力を潜ませている、これはそのタブロイドの活字の裏にあった人間の躍動感を含めて「LIFE-ART」だと思う、


エド・ファンシエール、ダン・ウルフ、そして後に70年代を代表する作家となる若きノーマン・メーラーの3人の若者によってグリニッジヴィレッジの小さなアパートから始まった「Voice」のその蠢(うごめ)きみたいなものにモノ凄く魅かれる、


そう、正直にいうと活字になったそのものよりも、極くパーソナルな想いから素直にスタートして、多分色んなイザコザや問題を抱えつつ、それでも想いを貫くことで愉しさや充実感をいっぱい受け取っただろうその「人間の活動」みたいなものに魅かれる、


21世紀で幸せを手に入れるには、みんなそれぞれが「価値」を探しだすために動き出さなければならない、


それは巷に溢れているフリーの「情報」のなかにはない、
21世紀は「情報」の交換ではなく、「価値」の交換を考えるべき時代だと思う、


相次ぐ雑誌の廃刊や「出版不況」は「インターネットのせい」じゃない、他のインダストリーと同様、「価値」を生み出せなくなった構造に主因があると思う、そしてプライベートメデイアも「運動」をともなったとき始めて価値を生みだす、そういう意味ではブログも「情報」に終始している限り何も生み出さないし、「終わっている」と思う、


Statement




というわけで、六義の「新聞」を発刊します、

これはウエブではなく、紙媒体として発行します、手触りのある新聞、

限定部数、
締切ナシ、
発行日極めて不定期、納得できた内容が仕上がり次第、

極めてマイペースだけれど、幸いにも仲間がいます、毎回、クラシックな「装い」について特集を設け、それは、10年(?)ぐらい溜めると一大エンサイクロペデイアになる「予定」、創刊号では多分「ポケット」についてのミクロコスモス的な考察になるはず、


私自身の「戒め」のため、「新聞」発刊までのアレやコレやは、以下のブログでドキュメントします、(2010年1月18日、スタート)




THE OUTSPOKEN
「百歳堂 JOURNAL」

www.lookbookr.exblog.jp




お愉しみに、


R.H.





copyright 2010 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

[PR]
# by momotosedo | 2010-01-11 05:11

1月3日(お正月) 「Roll over Beethoven」




momotosedo`s
21st Century
Dandy




Art&ClassiC



A Happy New Year
2010
with Big Love


Well ,early in the mornin'
I'm a givin' you the warnin'
Don't you step on my blue suede shoes,,,

Ain't got nothing to lost
Roll over Beethoven
And tell Tchaikovsky the news


、、、失うものなんて何んにもナイさ、
べートベンなんてクルクル丸めてポイ!
チャイコフスキーにも教えてやってくれ、、、



何か新しいことが起こる瞬間というのがあって、
歳をとっているとそういう瞬間に幸いにも立ち会えた思い出もいくつかはあり、
2010年にはそういうワクっとさせられるものに出会えることを期待します、


予感はあります、


それは、何よりみんながそう望んでいるのを感じるからです、




「必要」は「発明」の母、
2000~2009年の混迷期で誰しも何が「必要」なのかは割とハッキリしているのではないでしょうか?


あとは生み出すだけです、

ただ、「Re-Model」や延命策では適わない時代かもしれません、
あれやこれやとファイルを積み上げて動きが鈍くなったパソコンと同じで、
「Re-Set」する勇気が必要なのかもしれません、





人生はまだまだ永い、


皆様に、スペシャルな2010年が訪れますよう願ってやみません、



いっぱい愉しみましょう、


R.H.






copyright 2010 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

[PR]
# by momotosedo | 2010-01-03 16:02

12月8日  「R.G.Y.C. 」 (六義銀座 Yacht Club)




momotosedo`s
21st Century
Dandy




Art&ClassiC


R.G.Y.C.
RikughiGinzaYachtClub

(copyright 2009 momotosedo R.H. )


私は10代から20代にかけて小さなヨットで海を走るのに夢中になっていました、当時の一緒に波しぶきを被った友人たちとは文字通り海を隔てた今もつきあっています、

今となって、ヨーロッパで「スポーツ」が社交には欠かせないものとされる意味が分かります、


風で走る帆船は、モーターで走るクルーザーとは別モノで、けっこうタフなスポーツです、この「ウィットブレッド世界一周レース」(いまはVOLVOがスポンサードしている、)は別格ですが、私もボランテイアのCrewとして小さなレースには参戦しました、


世の中にはいっぱい愉しいことがあり、いつの間にか私は海を走ることを忘れ、二日酔いの頭と数冊の書物を抱えて都会の愉しみを狩ることに溺れていきました、それでも今だに街を歩いていても風の方向を身体が読み取ろうとします、


人間は歳を重ねることで「得る」モノもあるし、「失う」モノもあります、「得た」モノについては案外、無関心でいられますが、「失った」モノは時折、思い出されて後悔を誘います、


年寄りが失う最大のものは、「若さ」に違いありません、ドリアン・グレイやファウストの物語は老いて滅びゆく者の未練がましい強欲さを明らかにしてくれます、老いゆくものは、傲慢にも「今の成熟した自分」のまま昔日に戻ることを夢見ます、

この「R.G.Y.C.」も年寄りの私の傲慢な「ファウスト物語」かもしれません、

ただ、私は心底愉しんで最期を迎えたいと思っていますので、ソウいう「バランス感覚」はこの際、無視することに決めました、



R.G.Y.C.



”私の「本当の」航海日誌は、海と空のなかに綴られている、
風を孕んだ船の帆は、潮騒のなかで、
降り続く雨や満天の星と飽きることなく語り続け、
「言葉」は介在しないけれど私は私の船と、
親密な「沈黙の対話」を交わし続ける、、
そこには、書き尽くせないほどの私たちだけの「秘密」が潜んでいる、

そう、それは子供の頃、ひっそりとした森の中で、
樹々の声に耳を澄ましたことを思い出させる、”

(百歳堂意訳 敬愛するヨットマン バーナード・モワズィエール著「The long Way」)





1997年、55歳のベテランヨットマン トニー・バリモアは世界一周単独(シングル)ノンストップレースに参戦し、南極海で5日間の漂流の末、奇跡的にオーストリア海軍に救助された、

「絶対に発見されないと思ってた、体力を消耗しないようにキャビンで蹲(うずく)まりながら、自分はこのまま死ぬんだと自分に言い聞かせていた、だから救助隊が船に上がる音がしたとき、一種のエクスタシーさえ覚えた、」、バリモアは、そう云って「一杯の紅茶」を所望した、バリモアはいまでも世界記録を目指してレースを続けている、


言葉は、時にして「意味」の限界を見せる、この世の中にはいっぱいの言葉が溢れているけれど、人間の人生は言葉では置き換えられない感動や感情で本来、成り立つべきものだと思う、




Founded 2009
R.G.Y.C.


我が書斎には、ヒールズのチッピンデール様式の棚が2台あり、手に入れるときはかなり探し求め吟味したが、いまやそれも見慣れた風景の一部となり、古い書物や古代裂きや集めてきた磁器が無造作に放り込まれるまま、こまめに手入れをすることもなくなった、

それでも、百年を過ぎた木の肌目はさらに艶を見せ、硝子を支える木枠の繊細さや、獣を模した脚の細工には時折目がとまる、主が半世紀を越えて、気がつけばこの書斎にも百歳を越えるものはいくつもある、


ここで、週に3日間、深夜から未明にかけて気の向くままに古い資料を探り、古の生地を精査し、世界中からのメールを受け、いまでは主にパソコンに思考をファイルする、夜の書斎は世界から取り残されて星空に浮かぶ居心地の良いプラットホームに思える、


最近の興味は、極く私的な20世紀の記憶の断片を書き留めることにあった、、
渋沢龍彦さんの北鎌倉の家に向かって20代の私は坂道を登りパリの夏の庭でピエール・カルダン氏と言葉を交わしバブル全盛期の東京でマルカム・マッカレンとテレビ局に出向き東野芳明さんとは八重洲ブックセンターの喫茶店で待ち合わせをしコープヒンメンブラウの二人とは10日間べったりと一緒に過ごし平山郁夫氏や東山魁夷氏には京都の万葉軒での会合に出席してもらった、、


思えば、私はいろんな人と出会い、別れ、思い出をもらっている、


美しく愉しい記憶は、良く出来たクラフトのようだと思う、磨き上げ手入れをすれば100年は輝くかもしれない、しかし今やそれはチッピンデールの家具のように眺めれば美しいが記憶の風景の一部にすぎず、リアルな血は流さない、


リアルな私は、インダストリーが効率を求めて「モノづくり」をアウトソーシングしていくなかで、大久保と一緒におよそ「時代錯誤」的なマニュファクチャリングを何とか手に入れようとモガいている、

毅然と胸を張れるときもあれば、ヨロヨロとよろめき、時代を嘆き、失望を覚えることもある、



Founded 2009
R.G.Y.C.




21世紀は、「言葉」とか「情報」を越えた「何か」を軸としたライフスタイルが時代を牽引し、我々の本質的な「幸せ」を呼ぶような気がします、

その「何か」は、私にはまだ漠然としていて、今はっきりと形にして提示することはできません、

20世紀は或る意味で「情報」や「情報システムの革新」が我々のライフスタイルを牽引した時代といえますが、今や、それは私にはあまり「幸せ」そうには映りません、みんなそれにはウスウス気づき始めているのではないでしょうか、


「情報」は消費され、ヴァーチャルな「知識」は増えていくかも知れませんが、それは貴方の「経験(キャリア)」ではありません、

ここしばらくの時代の流れを辿ると、多分、「Re-Model」というよりは「Re-Set」の時代に突入するのは確実で、その速度も思っている以上に早いと感じます、「総入れ替え」の時代では、現実がドンドン先行していき、「情報」は現実の後追いに過ぎず、そのウエイト(影響力)は次第に弱まって、「情報」だけでネットワークしているものは意味をもてなくなるのではないかと思えます、


私も置いてきぼりになる前に、2010年に向けて「愉しい現実」をもうひとつ生み出そうと考えました、




Founded 2009
R.G.Y.C.
RikughiGinzaYachtClub




六義の「ヨットクラブ」です、
(ウエブサイトは2010年1月にオープンする予定です、)



どうぞ、お愉しみに、


R.H.







Missed Suturday night,,,

Don't get around much anymore.

Darlin' I guess
My mind's more at ease
but nevertheless
why stir up my memories


土曜の夜のバカ騒ぎも忘れ、、、
この頃はヒキコモリ気味で、出かけるのがチョットおっくうなんだ、

思うに、僕の心は前よりズット穏やかなものさ、
でも、、、それにも拘らず、なんで思い出を断ち切れないんだろう、
(百歳堂意訳)
 


みなさまに素晴らしい2010年が訪れることを願ってやみません、

百歳堂



copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

[PR]
# by momotosedo | 2009-12-08 20:44

11月24日  「Made in England」



momotosedo`s
21st Century
Dandy

  


DID YOU KNOW?
DID YOU KNOW?
DID YOU KNOW?

Art&ClassiC

f0178697_23291834.jpg

六義の秘密
Made in England
ClassicEnglishSocks
Secret Pleasure only for client



「ソックスは足元のタイである」、
(copyright 2009 momotosedo R.H. )

5年前に「六義庵百歳堂」にそう記したように、「装い」は足元まで貫徹してこそ「装い」となる、
東京に戻ってきて街を歩いていて違和感を覚えたのも、先ず磨いていない傷だらけの靴を平気で履く男と、その足元のソックスだった、そしてソウいうヒトに限って「ブランドの情報」に左右されている、

「スタイル」とは「明確な意志」である、本当は「知らないうち」に身についていたというのが品があって望ましいけれど、そうでない我々はモノごとの本質を「知る」ことから「意志」を固め始めなければいけない、

靴文化が浸透して日が浅い我が国では、いまだ「ソックス」について体系的(?)かつ理論的(?)もしくは悦楽的にも説き明かした書物、先人は残念ながら見当たらない、


ClassicEnglishSocks



ソックスは「装い」を決定する「足元のタイ」である、これは、靴ズレを防ぐ防御のものでなく、オペラ帰りの真冬のウィーンの凍てつく舗道から忍びよる冷気を防ぐためだけでもない、ましてやサンタクロースのプレゼントを受け取るためのものでもない、


これは「タイ」として捉えるべきものだ、


ヒョンなことから「Bespoke Tailor」と「Bespoke Shoes」のパーソナルショップを開いた私が、納得できるソックスをつくろうと思うのは極く自然の成り行きに思えた、幾分、エゴイステイックに我儘な私は、それにかこつけて自分用の理想のソックスを手にいれようとしていた節もある、シメ、シメ、、、

しかし、これは「構想」から指折れば、、ひぃ、ふぅ、みぃ、、実に四年の歳月をかけている、ある意味では「Bespoke ClassicTie」より面倒なミッションだった、いくら、六義は「研究し続けながら、Bespokeを革新していく」(copyright 2009 momotosedo R.H. ) と広言していてもだ、、、



ClassicEnglishSocks



こと「ソックス」に関しては、我々は「危機的」状況にある、この4年間で掘り起こした現実を知れば、貴方も悲嘆にくれることだろう、

私が調べた限りでは、「ソックス」の転換期は16世紀後半にある、それは一台の「ニッティング マシーン」の発明による、それまでは、これは「手編み」のものだったのだ、そう、プルオーヴァーと同じく、ソックスの本質は「ニット」であることを忘れてはいけない、

ニットに限らず、織物も「機械」の改良とともに「歩ん」できている、「100年素材」の研究では、この「機械」の研究は外せないものだが、この数世紀、「機械」はヒトの手を煩わせるものから、「機械」が「機械」を制御するものへと「進歩」している、


誤解を恐れずに云えば、この「手を煩わせる」ところに「質」が生まれる、
いま「ハンドニット」と呼ばれるものの多くは、正確には完全な「手編み」ではなく「ハンドフレームド」ニットと呼ばれるもので、省略して云うならば機械で編まれたものを「手」で組み立てるというものだ、これは悪いわけでもなく、よく考えられたものは「手編み」では適わない精緻さと、「手」の処理によるクラフト性をもっている、


そして、私の「理想とする」ソックスを探し求める旅も、「そういう機械」を探すことから始まった、


ClassicEnglishSocks



何故、「そういう機械」が必要かというと、この機械ではソックスの「つま先」が未処理のまま出来あがるのだ、それをヒトが「手」で「繋いで」完成させる、、「繋ぐ」、、つまり、このソックスにはつま先に「縫い目」が存在しない、


大概の今のソックスは、つま先に「縫い目」がある、「縫い目」は履いたときにストレスになり、「縫い目」があるのとないのでは格段に履き心地が違う、

たかが「縫い目」と云うなかれ、それは大きく違う、「縫い目」のない良くできたソックスは、文字通り「ふわり」と貴方の足をくるむ、我々のゴツゴツと醜い足も王侯貴族のように丁重に包んでくれる、


紳士のソックスには「縫い目」があってはならない、「素材」や「柄」も大切だが、ここがソックスの「本質」だ、



そして、簡単に「手で繋ぐ」という作業にも当たり前だが熟練を要する、その技を習得するのには少なくとも5年の鍛練が必要だそうだ、

多分、この5年という月日と、ヒトの「手」がかかるという理由によるのだろうが、我々がノンキに構えている間に「ソックス」さえ、その「本質」をひっそりと葬り去ろうとしている、


「ソックス」に限らず21世紀は、そろそろ「流行」でなく「本質」に気づくべき時代だと思う、「星ステッチ」や「キスボタン」など、奇妙に的外れな「情報」を「質」と勘違いし惑わされがちな我々が「真実」に気づいてさえいけば、モノごとの「本質」も「当たり前」のコトとして健全にあと一世紀ぐらいは残っていくかもしれない、


ClassicHaberdasherを立ち上げた理由も、実はそこにある、「情報」ではなく、より具体的な「モノ」を形作り届けることで「本質」を探る「愉しい」訓練をみんなと分かち合いたい、

ただ、そうは云っても「情報の檻」から出られない人も多い、


ClassicEnglishSocks



当初、私は「このソックス」を国内でつくろうとしていた、何故ならば「インダストリー」に組しないと決意した私には運賃や関税など「制作原価」に関係のないコストがかかるのも歯がゆかったし、もうひとつは、これは私の勝手な我儘かもしれないが、そういうものを国内に残しておきたかった、

しかし、結果は残念ながら「構造的」に無理だと判断せざるを得なかった、



国内の「靴下」工場は、兵庫県の加古川市に集まっている、私は先ず「そういう機械」が工場に残っているかどうかを確認し始めた、この過程で多くの工場の担当者の方とお話をさせて頂き、とても興味を持って頂き、丁寧にご対応頂いたが、根本的なところではやはり噛み合わなかった、


多分、私が「変わった柄」のソックスを作りたいだけだろうと捉われたのだと思う、「縫い目がない」ことはさておいて、「素材」(私はコットンではなくメリノウール、それもシルキーなハイゲージのエクストラファインメリノで作りたかった、)、「ボデイ」(日本人の小さな踵にしっかりフィットさせたかった)、「長さ」(とにかく、日本のソックスは短すぎる、ロングホーズのことではなくレギュラーソックスそのものが異様に短い、)、と話が進むにつれ、これはソックスそのものの「捉え方」が違うのだなと気づいた、


例えばこんな具合、

「アノ、コットンじゃなくてメリノウールでつくりたいんですけど、、、」

「ウール?、冬物ですか、、」

「イヤ、一年中履けるエクストラファインのメリノが、、、」

「エキストラ?」


「イヤ、イヤ、ともかく縫い目がないのが良いんですが、、、」

「縫い目?ですか、、」

「履き心地が良いンですよ、、」

「アっ、じゃあ5本指のソックスとかはどうですか、、」

「5、本、指、ですか、、、」

一瞬、クラシックバーズアイの5本指のソックスが浮かんでクラクラしたが、慌ててそのビザールなイメージを打ち消した、、、



「履き心地」の追求というよりは、我が国ではせいぜい「良い消耗品」ぐらいにしかソックスは捉えられていない、しかし、これは我々のせいでもあると思う、


ClassicEnglishSocks



というわけで、私はイングランドの片田舎まで赴かざるを得なかった、
ここには、今だにキルトに合わせるニーハイのハンティングソックスが、ガーターと呼ばれるタッセルがついた紐とともに「ビスポーク」できるソックスメーカーが存在する、


私を出迎えてくれたのは、英国が誇る「ヒネった」コメデイアンのステファン・フライを少し小太りにしたような担当者だった、、、

「アー、縫い目の無い、手でつま先を繋いだソックスをつくりたいんだけど、、」

「もちろんですとも、紳士のソックスに縫い目があってはなりません、、オオ、縫い目のあるソックスなんて、、考えただけでもオぞましい、、」
担当者氏は、本当に苦悶の表情を見せ、放っておくと悶絶死しそうに見えて、私は慌てて話題を変えた、


「アー、コットンじゃなくて良いメリノウールでつくりたいんだけど、、、」

我が意を得たりと、先ほどまで今にも悶絶死しそうだった担当者氏はガバっと起き上がるやいなや、稲妻のようにまくし立てた、

「もちろんですとも、紳士のソックスは極上のファインメリノであるべきです、、、最上のものはシルキーで、とくに、我が社独特の編みは、冬は空気を含んで暖かく、夏は湿気を放出して涼しい、ワタクシどもでは専用の牧場の専用の羊から特に繊維が細く長いエクストラファインのメリノを選び、アァタ、その肌ざわりの心地良いことといったら、、、」
終には「極上の肌ざわり」を想い出したように両手を握りしめ「天国の方」を夢見る目つきで見上げはじめた、


「アー、カシミアのソックスもつくりたいね、、」

「フ、フ、フ、旦那、良いカシミアがありますゼ、モンゴル産のとくに内側の細い毛だけを集めたホワイトカシミア、旦那もワルよのう、
しかも、ナイロンファイバーの周りにカシミアをツイストさせてますから、肌ざわり、風合いはカシミアそのままで丈夫ときたモンダ、」


「アー、クラシックな柄が良いんだよね、近頃のアーガイルなんか変にデザインされてて、、」

私の質問を手で制し、担当者氏は急に襟を正して、
「もちろんでございます、我々のソックスは歴代の王様にもご愛用頂き、本物のアーガイル、本物のバーズアイ、ご希望とあらば我が社のアーカイブを全てお見せします、
どうぞ、なんなりとお申しつけ下さい、」
、、、、


こうでなくっちゃ!

ClassicEnglishSocks



良いソックスは、良いラストで仕立てられたビスポークシューズのように履くと「気持ち良い」、

ソックスは「二の次、三の次」の「消耗品」ではない、実はここに「装い」の愉しみが潜んでいる、ソックスは「足元のタイ」である、


そして、この「良いソックス」は、気軽に適正な値段で手に入るべきものだ、

そのためには、そういうシステムを一緒に創り上げる「仲間」が必要だ、ClassicHaberdasherのメンバー諸兄、どうぞ、よろしく、





ClassicEnglishSocks」 

¥2,800~(税込み¥2,940~)
(ClassicEnglishSocksは、「ClassicHaberdasher」と銀座アトリエにて、、ただ、銀座アトリエは僭越ながら「完全予約制」です、)





*僭越ながらアトリエは完全予約制です、お越しになる際には、eメールかお電話での事前のご連絡をお願いしております、

問合せ先 e-mail bespoke@rikughi.co.jp
phone 03-3563-7556
telefax 03-3563-7558




『*「ClassicHaberdasher」も早や半年目を控え、色々考えたのですが、やはり「ブログ」とは一線を引いた会員を限定した愉しい「クラブ」のようなものをつくりたいと思っています、
ただ、「クラブ」ですから「ルール」が存在します、
僭越ながら、第一期のメンバーにつきましては、12月2日をもちまして締め切らせていただきたいと存じます、

2010年からは、少しシステムを変えて、「ClassicHaberdasher」へシンパシーを感じていただき、会員登録をご希望され、仲間になってやろうという方は、

bespoke@rikughi.co.jp

まで、ご連絡を頂ければ、ご説明のうえ「ID」と「パスワード」を発行させて頂きます、


いっぱい愉しみましょう、

R.H. 』






copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

[PR]
# by momotosedo | 2009-11-24 12:00 | ■六義の秘密