4月9日   「R・ClassicS」


bespoke classic
六義RIKUGHI
Art&ClassiC
Life is your Art

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R・クラシックス

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我らClassicHaberdasherメンバーのために1960年代に織られたハウンドツースのヴィンテージリネンで仕立てたクラシックポケットスクエア、
コレはかなり不思議なリネンで、タイトに織られていて肉厚、
しかも何故かキャバルリーツイルのように「弾力性」がある、リネンのくせに皺が寄りにくい、
それでいて糸が良くしなやかでこのまま無造作に挿しても胸元で豊かに花開く、、、
不思議なリネンです、
このリネンなくしては私の考える「クラシックポケットスクエア」は生まれなかった、)R・Classics


R

六義の六周年、ClassicHaberdasherの一周年を控えて、以前から思い続けていたことに手をつけていこうと思いました、
それは、生涯の愛用に足ると私自身が考える「クラシックアイテム」のひとつづつを残しておこうというものです、



R



「クラシックアイテム」というのは、男が生涯愛せて、いつの時代にも古びない「スタイル」があり、男の日々の生活を愉しくしてくれるモノです、
そして、コレは雑誌やブランドの品揃えでよく囁かれる「定番」というのとは根本的に違うと私は思っています、
シンプルで控え目なモノというわけではありません、「標準化」、「定形化」されたものは要はタダそれだけのものです、


生涯にわたって愛せるものには、むしろ、明らかに特別な「質、クオリテイー」が必要不可欠なはずです、


そして何より、
さんざ着こなしてきたその結果生まれたとか、人生色々あってその経験からコレだ、という極くパーソナルなだけに、深くシッカリとした「経験」から「評価」され「考え」られたモノであるべきです、



R



1980年代以来(80年代がひとつの転換期だと私は思います、「質」を厳密に考えれば50年代)、男の「装い」がツマラナく、愉しくナクなったと感じるのは、どこかで「標準化」されてしまったからだと私は考えています、
(或る時、家人に「近頃、旅行に魅力を感じなくなった」とボヤイテいる自分に私は気づきました、、、「男の装い」だけでなく、あちこち飛び回っていると「アル時代」から世界中が「巧みに標準化」されていくのを感じとっていたからだと思います、、、この「市場原理」や「効率」を盾にとった「標準化」思想は、愉しさを巧みに装いながら実のところは「空虚」で、結局、今や「市場」そのものを陳腐化させてしまったように思います、、)



既製品やパターンオーダーだけでなく、多くの「ビスポーク」さえ結局「標準化」されてしまったように思えるのは私だけでしょうか、(私はもう、ヨーロッパには幻想を抱いていません、、)


この「思い」と「疑問」は、多分、装いが好きな人ほど、さんざんビスポークしまくった人ほどどこかで感じているのではないかと私は思います、


その根源は、多分、モノづくりをする側に「装い」を自分の「経験」から物語れる人が少ないことや、或いは「欲望」に満ちた「研究」をし続ける「凄み」がなくなったからに他なりません、



R


さて、今回のクラシックアイテムは「ポケットスクエア」です、
「ポケットチーフ」のことを、正しくは「ポケットスクエア」と呼びます、別段、しなくとも困ることはありません、しかし、この四角形の小さな布切れは男のダンデイズムの「証し」でもあります、


「ポケットスクエア」を常に挿すということは、簡単に云えば余計な「手間」が生まれるということです、挿すならば何でも良いわけにはいかない、「装い」に合ったものを身につけたい、どれぐらい「覗かせ」れば良いのか、どう「挿すのか」にも悩まなければならない、、、

これを、「手間」と考えるか、或いは「愉しみ」と考えるかで大げさに云えば「人間の種類」が分かれると私は考えています、


R


















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# by momotosedo | 2010-04-09 14:47

3月18日(少し冷える)  「詩人の魂」



bespoke classic
六義RIKUGHI
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Life is your Art



詩人の魂
人間は歳をとる、
肉体は無残にも崩れ果て、
額には後悔の念とともに深い皺が刻まれる、

ドリアン・グレイの魔法を手に入れるか、
ドラキュラに弟子入りでもしないかぎり、

「死」は遅かれ早かれ必ず訪れる、、


でも、歳を重ねるのも悪いことばかりじゃない、
むしろ、人間はそんなに早く熟成しない、、、


ここに、二人の「老人」をご紹介しよう、、
ひとりは音楽のミューズに文字通り魂すべてを捧げたピアニスト、
もうひとりはキャンバスに魂そのものを植えこもうとする画家、
画家の方は心理学者フロイドの孫にあたる、
その家系にこの画家の嗜好をダブらせるのはいささか穿ちすぎか、、



二人の「老人」が為した仕事のあり方については、
その顔をみただけで貴方にも察しがつくだろう、

そういう人間に「老人」たちは成っている、



世の中はとても不平等で、
神様は気紛れだ、


信じるべきは自らの魂、
悪魔に売り払わない限り、それだけは平等に手の中にある、


守るべきは「詩人の魂」、
それだけは歳月に朽ち果てることなく磨かれていく、

「神さまは賽をふらない」、、

R.H.



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# by momotosedo | 2010-03-18 23:04

3月5日(春) 「King Biscuit Time 」



f0178697_1924132.jpgI say,,,
Life is your Art.











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King Biscuit Time


アーカンソ州はヘレナという町に小さなローカルラジオ局がある、
1360KHz、スローガンは"The Delta's Best Country"、、、


今や我々は書斎でぬくぬくと愛読書の山に繭のように包まれてハンテイングブーツの手入れに精を出しながらでも世界中の「ラジオ」を愉しむことができる、、、


この小さなラジオ局がポピュラーミュージックの歴史にその名を残すようになったのは
1941年の開局当時から今なお「デルタ」ブルースを流し続けている名物番組「キング ビスケット タイム」の「存在」があるからだろう、



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1941年11月21日、振り返れば今からおよそ70年前のこと、この小さなAM局KFFAがヘレナのデルタ文化センターで開局するとともに、「キング ビスケット タイム」は、当初ランチタイムのアフリカ系アメリカンの労働者を主なリスナーに当て込んで昼休みの12時15分から15分間のスタジオライブ ブルース番組としてスタートしている、


番組の専属バンドは「キング ビスケット エンターテナーズ」と呼ばれ、サニーボーイ・ウイリアムソン(Ⅱ)やロバート・ロックウッドJr.がメインメンバーに「名」を連ねている、


忘れていけないのは、この番組が生まれるまで、ローカルといえど公共のラジオで「黒人」による「黒人」の「リアル」なブルースがオンエアされることはまずなかったということだろう、12時「15分」から「15分間」という時間設定も穿ちすぎかもしれないが、当時の社会状況を物語っているようにも思える、


「キング ビスケット タイム」がデルタのアフリカ系アメリカンにとって「宝石」のように慕われ、浸透していったのは容易に理解できる、

そして、ラジオにしがみついて番組に夢中になっていた若者の中には、B.B.キングやジェームズ・コットン、アイク・ターナーらがいる、



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「キング ビスケット タイム」は「デルタという地域に根ざし」ながらも(ここが興味深い、)思わぬ「影響」を与えていく、


それは、ヘレナという町をも変えていった、
多くのブルースミュージシャンはシカゴのナイトクラブに出稼ぎにいく途中にはヘレナに立ち寄ることを常とし、中にはヘレナに移り住む者も出始めた、


町の酒場では、「15分」の番組では飽き足らない熱心なリスナーのために毎夜どこかでライヴが繰り返され、観客たちは地元のミュージシャンだけでなく、シカゴへ行く途中に訪れた名うてのブルースミュージシャンの演奏を愉しみにもした、サニーボーイ・ウイリアムソンのブルースハープが夜毎どこかで響く町はなんと素敵じゃないか、

デルタのミュージシャンにとってヘレナに行けば「職」があるだけでなく、刺激を与えあう「時空間」がそこにあった、こうして「デルタ」ブルースは形作られていく、




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# by momotosedo | 2010-03-05 19:20

1月27日(寒さぶり返す) 「Beau Brummell」


f0178697_931592.jpg「贅沢なクラシック」| 「Beau Brummell」



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21st Century
Dandy






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Beau Brummell

gentlemen, ,
I give you "Dandy".



、、、というわけで、「Beau Brummell」である、もちろん私は会ったこともない、、


果たしてBeau Brummellの「伝説」が細部をも含めてどこまで「事実」だったのか、生身の人間としてBeau Brummellがどのような印象を残す男だったのかは今となっては知る由もない、ただ、要はこれは「社交界のでき事」だったと云うことで、このことは案外見落とされがちかも知れない、


それは英国の、しかもロンドンの社交界という限定された社会での「出来事」だった、


Beau Brummell




Beau Brummellは「革新者」だった、革新であったということは、それに対する旧態の者や体制があったということに他ならない、
この場合は「Fop」(Beauらから、多少の侮蔑を込めてそう呼ばれた)と呼ばれる鬘をつけ、お白粉で化粧をし、色鮮やかで華美な服装で着飾った貴族たちだった、


18世紀までの社交界、宮廷の男たちにとっては贅をつくした煌びやかな服装こそが「貴族」の証しでもあった、それが、「大勢(たいせい)」だったのだ、その中で黒い(紺色という説もあり、英国人のネイビー好きはここに由来するともいえる)上着に白いリンネルという「みすぼらしい服装」と、化粧も香水もいらないむしろ紳士は「清潔」であるべきだと唱えるBeau Brummellは、充分に「革命的」でセンセーショナルだったことは想像に難くない、

いわば、Beau は「Less is More」思想の歴史上、初の提唱者といえる、


Beauは、服装だけでなく独特の「立ち居振る舞い」の美学を確立し徐々に徒党を組んでいく、Beauの提唱する「Dandy」たちと「Fop」は並べば明らかに姿が違う、「狭い」社交界のことである、平民出身のBeauが勢力を拡大していくことが面白くない「男の嫉妬」もあったろう、当然、お互いは反目し、街角で、或いはサロンで小競り合いを演ずることも少なくなかった、


ここまでは、多分「ロッカー」と「モッズ」のような構図に過ぎなかったと思う、Beauが形勢を決めたのは、ご存知のように、プリンスリージェント、後の英国王ジョージ4世がBeauに傾倒したことによる、
プリンスもまた、Beauの発案による「Dandy」スタイルに装った、


これによって、平民出身であるBeau Brummellの「Dandy」は王族の装いとなった、もはや、「Fop」はつけ入る隙がない、


Beau Brummell



Beauの「Dandy」という「思想」は今振り返っても卓越したもので、それは「規範」となる精神性を持ち、「新しい時代のライフスタイル」に繋がりえるものだった、

事実、ロンドンの社交界はBeauの発案による「装い」が規範となり、それは「エチケット」、「マナー」となって貴族だけでなく、台頭して来たブルジョワジーにも諸手をあげて受け入れられる、

そして、フランスを皮切りに、この「思想」はヨーロッパ全土を「感化」していく、俯瞰すればこれは、英国(ロンドン)が「装いの規範」になっていったということに他ならない、


歴史は線で繋がっている、
永らく英国が「紳士の国」とされ、その「装い」がクラシックの規範であるとされる原点と理由はここにある、つまり、この時点で「メインプレーヤー」である英国はヨーロッパの中で、メイルエレガンスと紳士の「マナー」において決定的な優位に立ったといえる、


Beau Brummell」と「Classic 


こうしてBeau Brummellを「起点」として、ロンドンの社交界は「装い」の規範をつくっていく、これは、18世紀までの「装い」とは明らかに転換していて、ここでの「装い」はBeauが発案した「エチケット」、「マナー」という規範に従った「社会性」と「紳士の美学」に基づいて発展していく、これがいま云う「クラシック」に繋がっていく、

つまりは、「クラシックな装いの起点」もまた「Beau Brummell」であるといえよう、


そして、この「規範」に基づいた「クラシック」というのは、18世紀後半のBeau Brummellに始まり、19世紀、そして第一次大戦前までのものである、第一次大戦以降、ヨーロッパの社会構造は転換し、人々のエトスも様変わりして、個人的な嗜好を容認した「ファッション」としての「クラシック」に流れていく、


このことは、 「六義庵百歳堂」にも記しているが、第一次大戦で世界の構造(第一次大戦によって、ヨーロッパの君主制<中世以来のホーエンツォレルン家、ハプスブルグ家、オスマン家、そしてロマノフ家>は崩壊し、旧世界秩序を決定的に破壊する。そして、今日の現代国家の体制がつくられた、)は転換し、ここを分岐点として社会のエトスは「ミーイズム」の20世紀へと移っていく、


Beau Brummell」と「Classic 


第一次大戦を分岐点として、紳士の「装い」は簡単にいえば、「でなければならない」から「であっても良い」に移行する、その背景には、世界構造の転換とともに、もうひとつにはブルジョワジーの台頭がある、


古い写真を探ってみれば気づくように、第一次大戦以前までのヨーロッパの「社交界」、とくに各王族の男の装いはほとんど同様に見える、それは、そう「でなければならない」という規範の上に「装い」が成り立っていたからに他ならない、

翻って、第一次大戦以降、1930年代をピークとする「装い」はタイひとつをとってみても分かるように、それまでの「規範」から「であっても良い」という個人の嗜好に答えることが優先していく、「装い」のメインプレイヤーもブルジョワジーへと移っていき、ヴァリエーションは増えているように見えるが、しかし「簡略化」されていく、

王族を中心とした社交行事に縁のない大半のブルジョワジーにとっては、「でなければならない」ことに反することで密かにそしりを受けるのを恐れることもなかった、


この結果、装いのデイテイールだけでなく実は「装いを仕立てる」という考え方そのものが具体的に略されていったことを忘れてはいけない、


装いの「メインプレーヤー」が、「社交界」から「ブルジョワジー」へ、そして終には「既製服」(もはや我々には選択の権利はあっても、身体に合わせ好きなように仕立てるという権限すらなくなった、Beauが聞けばさぞや嘆くことだろう、)へと移り、

「クラシック」はもっと簡易化され、誤りや取り間違えはともかく、例えばトラウザーズの仕立ては縫い易く略され、テーラリングの考え方自体が簡易化されていく、

多分、我々の認識にある「クラシック」は、80年代以降、繰り返し再生産されてきた「既製服のクラシック」であるように思える、


Beau Brummell」と「Classic 



時系列で見ていけば、Beauから第一次大戦までの約一世紀の100年余りでクラシックは社交界の「規範」の中で形作られ、第一次大戦からソ連崩壊までの20世紀の100年余りで「ファッション」となり、或いは時には忘れ去られていった、ということになる、


アトリエで、「イングリッシュドレープそのものがクラシックというわけではない」と答える訳もここにある、(「イングリッシュドレープ」は第一次大戦以降、ショルテイが「発明」したもので、多分、世界的に認知されたのはアメリカの顧客のおかげだと思う、もちろん、私はそれを愛しているが、、)



Beau Brummell」と「Classic 



2010年代を迎え、あらためて我が家に遺る19世紀末から20世紀初頭にかけて仕立てられた衣服を、アトリエチームとともに精査していると、(こういうのは、なかなか愉しい作業だ、)

デイテイールの興味深さはともかく、いくつかの優れたものには今とは異なる或る種の仕立ての意思や考え方があることが浮き彫りにされていく、

古のロンドンのテーラーのものも興味深いが、これは想定の範囲内ということもあり、興味を惹いたのはむしろベルリンや東欧のその頃は一流店であったろうが、今はその行方も知る由もないテーラーが仕立てたものだった、



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1926年制作の精緻なテイルズ、ニュルンベルグのテーラー


これらの服には「カリスマ」が宿っている、

「冬用」のテイルズの裏地には厚手のシルクがキルテイングされ張られ、上襟だけに黒い拝絹で極く細いパイピングが「目立たない」ように施されていたりという手の込んだデイテイールや、胸のつくり、肩などの丁寧な仕立て(幾分、古めかしいが)はもちろんだが、ここで書いて残しておきたい点はもう少し別のところにある、



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1937年制作のオペラ用のコート、今とは全く異なるアプローチの優雅なスタイル


それは、「服を仕立てていきながら、これを着る『生活』を構築している」というようなものだと思う、

(さてそれを、どう説明すれば上手く伝わるのか正直に云って迷っている、迷うぐらいなら、そんなに説明しづらいものなら避けた方が賢明じゃないかと思いもするが、書いておきたいと動かされるのは、私自身がやりたいことがそこにあるのではとやっと気づいたせいもある、)



Beau Brummell」と「Classic 



Bauから約200年後に生きる我々は、「規範に絡められた装い」というのはさぞや堅苦しく、面白みのないものに違いないと想像しがちだが、実際にその衣服を見れば存外に、いま新鮮なものと映るのに驚くことだろう、

それはソウル(造り手の魂)に満ち溢れている、

それは「そういう生活」にふさわしい衣服を造るということに魂と技術を惜しみなく注いでいる、
ソウルフルなのだ、



「そういう生活」を既に失ってしまって久しいこの時代に、その「生活」というのをいまさら説明し実感することは難しいが、それは謂わば「生活」のアートと呼べるものかもしれない、
そして、それが「クラシッククローズ」のまさしく土台だと云い換えられる、

この100年で我々が衣服について失ったものがあるとすれば、その最大といえるものがその「そういう生活にふさわしい」衣服を造るという実際の体感に基づいた「魂」だと思う、



Beau Brummell」と「Classic 



クラシッククローズは「そういう生活」を背景とし、そこから生まれている、そこを土台として「装い」が成り立っている、

これを逆説に捉えれば、ある種の人間はそういう「生活」を営み、全うしようと努めていたということが出来る、


「そういう生活」を努めようと云う魂と「そういう生活」に相応しい装いを造ろうという魂は翼の両翼として均衡し、生きる「愉しみ」を生み出す、



「エレガント」な人というのはそういう人物で、「エレガント」な装いというのはそういう服だといえる、

いまや、なかなかそういう男に出会うことが適わず、そういう服が生まれないのはそこに訳がある、



Beau Brummell」と「Classic 



1900年代初頭の英国を描いた映画のひとつで、オクスフォードに入学した主人公に年上の寮生が細々としたアドヴァイス(新入生に対して一人づつ先輩の寮生がつき学内の案内やしきたりを教えるのが慣習だった、)を与え、その最後に、「、、それから、、服はロンドンで仕立てるように、、」と付け加る場面がありナルホドなと思ったことがある、


つまり、当時のロンドンには「そういう生活」があり、そこでは「ふさわしい服」が仕立てられ、それは「違い」(残念ながら時代は変わった)があったということだ、


そして、年上の寮生はそれを認めていて、「そういう服」を着るべきだと「新人」に教えたことになる、


これは、まだ幸せな「循環」があった時代をよく伝えている、「エレガント」というのは、こうして受け継がれていった、




Beau Brummell」と「Classic 



同じような意味で、手元に遺るこれら20世紀初頭のニュルンベルグやベルリンなどで仕立てられた服には「違い」が存在する、その「ふさわしい服」となるべく為された「アプローチ」は存外に思い切りが良く深い、

これらに限っては、ロンドンと比してもそれがより色濃く現れている、何より誰もがこの服を手に取り眺めると「そういう生活」を想い浮かばせると思う、それは「デザイン」というものではなく、精緻なデイテイールをも含めた「質」の捉え方の違いにあるのだと思う、



「デザイナー」と「テーラー」の違い、「既製服」や「パターンオーダー」とパーソナルな「Bespoke」との違い、「マーチャントテーラー」と「パーソナルテーラー」の違い、、、



それらの「違い」は「生き方」の違いなのかもしれない、





ちなみに、トラウザーズを「発明」したのもBeau Brummellである(それまでは「ブリーチ」と呼ばれる7分丈のピッタリしたもの、)、もちろん、ウエストに切り返しはない、、、







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# by momotosedo | 2010-01-27 01:28 | ■Beau Brunmmell

1月18日 「that 、、Touch of Silk 」 Bespoke Scarves&Pocketsquare


f0178697_931592.jpg「贅沢なクラシック」|Bespoke ClassicScarves&PocketSquare



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21st Century
Dandy






Art&ClassiC

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六義の秘密
Touch of Silk
Vintage Lyonnais Silk
Bespoke Classic Scarves&Pocketsquare

Secret Pleasure only for client






六義のアトリエには、ここ20~30年間で蒐集した宝物のような生地が無造作に「山積み」(文字通り、山積みです、クライアントの方がお越しになる度に何かまだ見ていない宝物がないかと探索されるので常にケイオス状態です、)にされています、


もう20~30年前となると自分でも覚えていないものもあり、ふいにどこからかフランスで織られた100%キッドモヘアなどというものが出てきたり、その度にクライアントの方と一緒に見入ったりと、ボケるのも悪くもないなあと思います、


これだけあっても、私はまだ探し続けています、しかし、永年経ると私でも選ぶ眼は厳しくもなり、また捻くれてもいるので一度手に入れたような生地はたとえ今はなくても手に入れる気持ちがわかず、良質なものを100見つけても5か6選べれば良い方です、

しかし、ずっと探し続けています、手を抜かず、情熱を失わないことを肝に命じながら、、、

何故なら、そう云う風に探し続けていると不思議に一年に一度か二度、トンでもないものに巡り合うことを知っているからです、



「贅沢なクラシック」



それは大概、思ってもみなかった経緯、考えつきもしなかった場所から現れてきます、これは生きることと同じで、やり続けているとモノごとは派生していき、発展し、思わぬことを呼び寄せるものです、

最初に思い描いていたプランは常に裏切られ、本当に大切なのはやり続けていくうちに発見する兆しに敏感に素直に反応していくことだと実感していきます、


「贅沢なクラシック」



ここ最近の「トンでもないもの」は、70年代にパリオートクチュールのためにリヨンで織られたシルクの「端切れ」です、これを織ったミルもいまはありません、


「100年素材」の研究用にと思って手に入れたものですが、これはもう次元の違うものです、多分、コストとか織りの効率などは考えてはいない、とにかく「ベスト」を作り出すために織られたものです、


この「端切れ」を手に入れた経緯も私の思い出の一部になっていく興味深いものでした、




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Vintage Lyonnais Silk
Bespoke Classic Pocketsquare



生地というのは、本当に様々だなあと思います、いろんな表情や性格をもっていて飽きることがありません、

「良い生地」というのは、「声」みたいなものをそれぞれに持っていて、こうして様々な生地が集まるとそれらと「対話」していく「愉しみ」みたいなものが生まれます、それが「Bespoke」の愉しみのひとつだと私は心から伝えることができます、私自身も「bespoke」に遍歴していったその大きな「愉しみ」のひとつがここにあります、


うず高く無造作に積み重なった「宝物」の山は、アトリエを訪れたメンバーの方の「愉しみ」の証左です、

多くのミルが廃業し効率的な「バンチ」が生まれ、「トレンド」と称する薄っぺらなものが声高にファッション雑誌で悲鳴を上げていても、そんなものに貴方は惑わされる必要はありません、午後のひとときをお茶でもゆっくり愉しみながら、この「山」と対話しましょう、


ClassicBespokeの「贅沢さ」はここにあると思います、そして、この「贅沢さ」が紳士をつくり、そのじっくりとさ迷う「愉しみ」が、大袈裟にいえば男の人生をどこかで支えていると私自身のことを振り返っても思います、FastFoodみたいな「bespoke」は意味がありません、





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Special Woven Linen
Bespoke Classic Scarves
"RIKUGHI NAVY"



これらの「端切れ」は織りも様々です、それぞれにホレボレします、

手織りのものや、極めて古代的なジャカード織りや、まるで中世のゴブラン織りのように分厚く織られたものなど、その織りのテクニックの豊かさと質はただただ唸るばかりです、

精緻な非常に密度の高い織り(多分、通常のものの3~4倍の密度でしょう、)であることはもちろん、糸や色が極めて素晴らしい、次元が違うと思います、

これは、多分、再現はできません、もし再現できたとしても、或る意味では「怖い」世界です、

アトリエでは、この「端切れ」をつかって、ハンドメイドのポケットスクエアやクラシックなスカーフのBespokeサーヴイスを始めました、

これは贅沢です、別の言葉で表現すれば「もったいない」とも云います、「適正」な値段、ただし、クライアント、メンバーのみのサーヴイスです、これだけでのご注文は残念ながらお請けできません、

仕立ても、出来うる限りの贅をつくした手仕事です、それがこの「端切れ」に対するリスペクトだと思います、



「Bespoke ClassicScarves & pocketSquare」
「70
年代オートクチュール リヨンシルク の端切れ」 限定素材

(他に特製リネン、ヴィンテージシルク&ウールなどもあります、)

PocketSquare ¥15,000より(税込み¥15750~)
ClassicScarf ¥38,000
より(税込み¥39900~)

*僭越ながら完全予約制です、お越しになる際には、eメールかお電話での事前のご連絡をお願いしております、

問合せ先 e-mail bespoke@rikughi.co.jp
phone 03-3563-7556
telefax 03-3563-7558



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Vintage Silk&Wool
Bespoke Classic Pocketsquare
"Ancient Paiseley"





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# by momotosedo | 2010-01-18 09:04 | ■六義の秘密