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7月9日(晴れ) 「 respectfully 」


六義RIKUGHI
GoldenClassics

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「 respectfully 」
本棚に積み上げられた昭和の古書は端のほうから黄ばんできていて少し酸っぱい紙の匂いがするいつかは朽ちてはらはらと崩れるのだろう、
書斎に入ると机のうえに一通の手紙がおいてあった、
ウイーンのシェアから現(7代目)当主マルクスの祖父にあたるカールお爺さんが、この5月末に「靴職人」としてその生涯を閉じたという知らせだった、
享年93歳、大往生だと思う、


私がシェアを初めて訪れたときはカール爺さんが「当主」で、
シェアやクニーシェは「古の」隠れた名店として欧羅巴の奥に「密かに在る」という感じだった、実際、当時の欧羅巴では「東欧(ウイーン)」は忘れられた存在でロンドンの洒落者の間でもシェアやクニーシェの名を知る者などほとんどいなかった、


酔狂にも服や靴を注文しにウイーンに出かけようとどうして思ったかというと、それは祖父が残した服を調べていて大戦以前の東欧の服に興味を持ったからだ、ニューリンベルグのテーラーの手による冬のテイルコートが見事で本当はそのテーラーを探していたのだが行方が知れず、既に店を閉じて久しいようだった、

そのほかにも幾つか興味のあるテーラーを探してみたが、悉く店を閉じているか行方がしれなかった、そのなかでクニーシェだけがいまも店を開けていて連絡をとるといかにも昔風の老舗のおっとりした対応で、それが気に入ってとりあえず出かけてみようと思った、


ちなみに祖父はウイーンではなくパリのクニーシェで服を仕立ている、クニーシェは1960年代までシャンゼリゼにパリ支店を本店と同じくアドルフ・ルースの設計で構えており、祖母によると、ウイーンの本店より細かな洋品が揃っていて設えも華やかだったそうだ、たしかに、グラーベンの店は見過ごすほどに間口が狭い、


祖父はシェアでは靴を注文していないと思う、少なくともシェアの靴は我が家に残っていない、ウイーンのやはりいまは影も形もない靴屋のものとこれも跡形もないブダペストの靴屋のものは残っていて、それはいわゆる「東欧の靴」らしくなく、なかなかエレガントな細身のシルエットを湛(たた)えている、シューツリーのつくりが面白いことに英国風で、ただしベベルドウエストではなく幾分婉曲したフラットウエストでやはりバナナラストをつかっている、






(この項つづく)



 















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by momotosedo | 2011-07-09 00:59 | ■百歳堂 a day