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12月8日  「R.G.Y.C. 」 (六義銀座 Yacht Club)




momotosedo`s
21st Century
Dandy




Art&ClassiC


R.G.Y.C.
RikughiGinzaYachtClub

(copyright 2009 momotosedo R.H. )


私は10代から20代にかけて小さなヨットで海を走るのに夢中になっていました、当時の一緒に波しぶきを被った友人たちとは文字通り海を隔てた今もつきあっています、

今となって、ヨーロッパで「スポーツ」が社交には欠かせないものとされる意味が分かります、


風で走る帆船は、モーターで走るクルーザーとは別モノで、けっこうタフなスポーツです、この「ウィットブレッド世界一周レース」(いまはVOLVOがスポンサードしている、)は別格ですが、私もボランテイアのCrewとして小さなレースには参戦しました、


世の中にはいっぱい愉しいことがあり、いつの間にか私は海を走ることを忘れ、二日酔いの頭と数冊の書物を抱えて都会の愉しみを狩ることに溺れていきました、それでも今だに街を歩いていても風の方向を身体が読み取ろうとします、


人間は歳を重ねることで「得る」モノもあるし、「失う」モノもあります、「得た」モノについては案外、無関心でいられますが、「失った」モノは時折、思い出されて後悔を誘います、


年寄りが失う最大のものは、「若さ」に違いありません、ドリアン・グレイやファウストの物語は老いて滅びゆく者の未練がましい強欲さを明らかにしてくれます、老いゆくものは、傲慢にも「今の成熟した自分」のまま昔日に戻ることを夢見ます、

この「R.G.Y.C.」も年寄りの私の傲慢な「ファウスト物語」かもしれません、

ただ、私は心底愉しんで最期を迎えたいと思っていますので、ソウいう「バランス感覚」はこの際、無視することに決めました、



R.G.Y.C.



”私の「本当の」航海日誌は、海と空のなかに綴られている、
風を孕んだ船の帆は、潮騒のなかで、
降り続く雨や満天の星と飽きることなく語り続け、
「言葉」は介在しないけれど私は私の船と、
親密な「沈黙の対話」を交わし続ける、、
そこには、書き尽くせないほどの私たちだけの「秘密」が潜んでいる、

そう、それは子供の頃、ひっそりとした森の中で、
樹々の声に耳を澄ましたことを思い出させる、”

(百歳堂意訳 敬愛するヨットマン バーナード・モワズィエール著「The long Way」)





1997年、55歳のベテランヨットマン トニー・バリモアは世界一周単独(シングル)ノンストップレースに参戦し、南極海で5日間の漂流の末、奇跡的にオーストリア海軍に救助された、

「絶対に発見されないと思ってた、体力を消耗しないようにキャビンで蹲(うずく)まりながら、自分はこのまま死ぬんだと自分に言い聞かせていた、だから救助隊が船に上がる音がしたとき、一種のエクスタシーさえ覚えた、」、バリモアは、そう云って「一杯の紅茶」を所望した、バリモアはいまでも世界記録を目指してレースを続けている、


言葉は、時にして「意味」の限界を見せる、この世の中にはいっぱいの言葉が溢れているけれど、人間の人生は言葉では置き換えられない感動や感情で本来、成り立つべきものだと思う、




Founded 2009
R.G.Y.C.


我が書斎には、ヒールズのチッピンデール様式の棚が2台あり、手に入れるときはかなり探し求め吟味したが、いまやそれも見慣れた風景の一部となり、古い書物や古代裂きや集めてきた磁器が無造作に放り込まれるまま、こまめに手入れをすることもなくなった、

それでも、百年を過ぎた木の肌目はさらに艶を見せ、硝子を支える木枠の繊細さや、獣を模した脚の細工には時折目がとまる、主が半世紀を越えて、気がつけばこの書斎にも百歳を越えるものはいくつもある、


ここで、週に3日間、深夜から未明にかけて気の向くままに古い資料を探り、古の生地を精査し、世界中からのメールを受け、いまでは主にパソコンに思考をファイルする、夜の書斎は世界から取り残されて星空に浮かぶ居心地の良いプラットホームに思える、


最近の興味は、極く私的な20世紀の記憶の断片を書き留めることにあった、、
渋沢龍彦さんの北鎌倉の家に向かって20代の私は坂道を登りパリの夏の庭でピエール・カルダン氏と言葉を交わしバブル全盛期の東京でマルカム・マッカレンとテレビ局に出向き東野芳明さんとは八重洲ブックセンターの喫茶店で待ち合わせをしコープヒンメンブラウの二人とは10日間べったりと一緒に過ごし平山郁夫氏や東山魁夷氏には京都の万葉軒での会合に出席してもらった、、


思えば、私はいろんな人と出会い、別れ、思い出をもらっている、


美しく愉しい記憶は、良く出来たクラフトのようだと思う、磨き上げ手入れをすれば100年は輝くかもしれない、しかし今やそれはチッピンデールの家具のように眺めれば美しいが記憶の風景の一部にすぎず、リアルな血は流さない、


リアルな私は、インダストリーが効率を求めて「モノづくり」をアウトソーシングしていくなかで、大久保と一緒におよそ「時代錯誤」的なマニュファクチャリングを何とか手に入れようとモガいている、

毅然と胸を張れるときもあれば、ヨロヨロとよろめき、時代を嘆き、失望を覚えることもある、



Founded 2009
R.G.Y.C.




21世紀は、「言葉」とか「情報」を越えた「何か」を軸としたライフスタイルが時代を牽引し、我々の本質的な「幸せ」を呼ぶような気がします、

その「何か」は、私にはまだ漠然としていて、今はっきりと形にして提示することはできません、

20世紀は或る意味で「情報」や「情報システムの革新」が我々のライフスタイルを牽引した時代といえますが、今や、それは私にはあまり「幸せ」そうには映りません、みんなそれにはウスウス気づき始めているのではないでしょうか、


「情報」は消費され、ヴァーチャルな「知識」は増えていくかも知れませんが、それは貴方の「経験(キャリア)」ではありません、

ここしばらくの時代の流れを辿ると、多分、「Re-Model」というよりは「Re-Set」の時代に突入するのは確実で、その速度も思っている以上に早いと感じます、「総入れ替え」の時代では、現実がドンドン先行していき、「情報」は現実の後追いに過ぎず、そのウエイト(影響力)は次第に弱まって、「情報」だけでネットワークしているものは意味をもてなくなるのではないかと思えます、


私も置いてきぼりになる前に、2010年に向けて「愉しい現実」をもうひとつ生み出そうと考えました、




Founded 2009
R.G.Y.C.
RikughiGinzaYachtClub




六義の「ヨットクラブ」です、
(ウエブサイトは2010年1月にオープンする予定です、)



どうぞ、お愉しみに、


R.H.







Missed Suturday night,,,

Don't get around much anymore.

Darlin' I guess
My mind's more at ease
but nevertheless
why stir up my memories


土曜の夜のバカ騒ぎも忘れ、、、
この頃はヒキコモリ気味で、出かけるのがチョットおっくうなんだ、

思うに、僕の心は前よりズット穏やかなものさ、
でも、、、それにも拘らず、なんで思い出を断ち切れないんだろう、
(百歳堂意訳)
 


みなさまに素晴らしい2010年が訪れることを願ってやみません、

百歳堂



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by momotosedo | 2009-12-08 20:44