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11月24日  「Made in England」



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21st Century
Dandy

  


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Art&ClassiC

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六義の秘密
Made in England
ClassicEnglishSocks
Secret Pleasure only for client



「ソックスは足元のタイである」、
(copyright 2009 momotosedo R.H. )

5年前に「六義庵百歳堂」にそう記したように、「装い」は足元まで貫徹してこそ「装い」となる、
東京に戻ってきて街を歩いていて違和感を覚えたのも、先ず磨いていない傷だらけの靴を平気で履く男と、その足元のソックスだった、そしてソウいうヒトに限って「ブランドの情報」に左右されている、

「スタイル」とは「明確な意志」である、本当は「知らないうち」に身についていたというのが品があって望ましいけれど、そうでない我々はモノごとの本質を「知る」ことから「意志」を固め始めなければいけない、

靴文化が浸透して日が浅い我が国では、いまだ「ソックス」について体系的(?)かつ理論的(?)もしくは悦楽的にも説き明かした書物、先人は残念ながら見当たらない、


ClassicEnglishSocks



ソックスは「装い」を決定する「足元のタイ」である、これは、靴ズレを防ぐ防御のものでなく、オペラ帰りの真冬のウィーンの凍てつく舗道から忍びよる冷気を防ぐためだけでもない、ましてやサンタクロースのプレゼントを受け取るためのものでもない、


これは「タイ」として捉えるべきものだ、


ヒョンなことから「Bespoke Tailor」と「Bespoke Shoes」のパーソナルショップを開いた私が、納得できるソックスをつくろうと思うのは極く自然の成り行きに思えた、幾分、エゴイステイックに我儘な私は、それにかこつけて自分用の理想のソックスを手にいれようとしていた節もある、シメ、シメ、、、

しかし、これは「構想」から指折れば、、ひぃ、ふぅ、みぃ、、実に四年の歳月をかけている、ある意味では「Bespoke ClassicTie」より面倒なミッションだった、いくら、六義は「研究し続けながら、Bespokeを革新していく」(copyright 2009 momotosedo R.H. ) と広言していてもだ、、、



ClassicEnglishSocks



こと「ソックス」に関しては、我々は「危機的」状況にある、この4年間で掘り起こした現実を知れば、貴方も悲嘆にくれることだろう、

私が調べた限りでは、「ソックス」の転換期は16世紀後半にある、それは一台の「ニッティング マシーン」の発明による、それまでは、これは「手編み」のものだったのだ、そう、プルオーヴァーと同じく、ソックスの本質は「ニット」であることを忘れてはいけない、

ニットに限らず、織物も「機械」の改良とともに「歩ん」できている、「100年素材」の研究では、この「機械」の研究は外せないものだが、この数世紀、「機械」はヒトの手を煩わせるものから、「機械」が「機械」を制御するものへと「進歩」している、


誤解を恐れずに云えば、この「手を煩わせる」ところに「質」が生まれる、
いま「ハンドニット」と呼ばれるものの多くは、正確には完全な「手編み」ではなく「ハンドフレームド」ニットと呼ばれるもので、省略して云うならば機械で編まれたものを「手」で組み立てるというものだ、これは悪いわけでもなく、よく考えられたものは「手編み」では適わない精緻さと、「手」の処理によるクラフト性をもっている、


そして、私の「理想とする」ソックスを探し求める旅も、「そういう機械」を探すことから始まった、


ClassicEnglishSocks



何故、「そういう機械」が必要かというと、この機械ではソックスの「つま先」が未処理のまま出来あがるのだ、それをヒトが「手」で「繋いで」完成させる、、「繋ぐ」、、つまり、このソックスにはつま先に「縫い目」が存在しない、


大概の今のソックスは、つま先に「縫い目」がある、「縫い目」は履いたときにストレスになり、「縫い目」があるのとないのでは格段に履き心地が違う、

たかが「縫い目」と云うなかれ、それは大きく違う、「縫い目」のない良くできたソックスは、文字通り「ふわり」と貴方の足をくるむ、我々のゴツゴツと醜い足も王侯貴族のように丁重に包んでくれる、


紳士のソックスには「縫い目」があってはならない、「素材」や「柄」も大切だが、ここがソックスの「本質」だ、



そして、簡単に「手で繋ぐ」という作業にも当たり前だが熟練を要する、その技を習得するのには少なくとも5年の鍛練が必要だそうだ、

多分、この5年という月日と、ヒトの「手」がかかるという理由によるのだろうが、我々がノンキに構えている間に「ソックス」さえ、その「本質」をひっそりと葬り去ろうとしている、


「ソックス」に限らず21世紀は、そろそろ「流行」でなく「本質」に気づくべき時代だと思う、「星ステッチ」や「キスボタン」など、奇妙に的外れな「情報」を「質」と勘違いし惑わされがちな我々が「真実」に気づいてさえいけば、モノごとの「本質」も「当たり前」のコトとして健全にあと一世紀ぐらいは残っていくかもしれない、


ClassicHaberdasherを立ち上げた理由も、実はそこにある、「情報」ではなく、より具体的な「モノ」を形作り届けることで「本質」を探る「愉しい」訓練をみんなと分かち合いたい、

ただ、そうは云っても「情報の檻」から出られない人も多い、


ClassicEnglishSocks



当初、私は「このソックス」を国内でつくろうとしていた、何故ならば「インダストリー」に組しないと決意した私には運賃や関税など「制作原価」に関係のないコストがかかるのも歯がゆかったし、もうひとつは、これは私の勝手な我儘かもしれないが、そういうものを国内に残しておきたかった、

しかし、結果は残念ながら「構造的」に無理だと判断せざるを得なかった、



国内の「靴下」工場は、兵庫県の加古川市に集まっている、私は先ず「そういう機械」が工場に残っているかどうかを確認し始めた、この過程で多くの工場の担当者の方とお話をさせて頂き、とても興味を持って頂き、丁寧にご対応頂いたが、根本的なところではやはり噛み合わなかった、


多分、私が「変わった柄」のソックスを作りたいだけだろうと捉われたのだと思う、「縫い目がない」ことはさておいて、「素材」(私はコットンではなくメリノウール、それもシルキーなハイゲージのエクストラファインメリノで作りたかった、)、「ボデイ」(日本人の小さな踵にしっかりフィットさせたかった)、「長さ」(とにかく、日本のソックスは短すぎる、ロングホーズのことではなくレギュラーソックスそのものが異様に短い、)、と話が進むにつれ、これはソックスそのものの「捉え方」が違うのだなと気づいた、


例えばこんな具合、

「アノ、コットンじゃなくてメリノウールでつくりたいんですけど、、、」

「ウール?、冬物ですか、、」

「イヤ、一年中履けるエクストラファインのメリノが、、、」

「エキストラ?」


「イヤ、イヤ、ともかく縫い目がないのが良いんですが、、、」

「縫い目?ですか、、」

「履き心地が良いンですよ、、」

「アっ、じゃあ5本指のソックスとかはどうですか、、」

「5、本、指、ですか、、、」

一瞬、クラシックバーズアイの5本指のソックスが浮かんでクラクラしたが、慌ててそのビザールなイメージを打ち消した、、、



「履き心地」の追求というよりは、我が国ではせいぜい「良い消耗品」ぐらいにしかソックスは捉えられていない、しかし、これは我々のせいでもあると思う、


ClassicEnglishSocks



というわけで、私はイングランドの片田舎まで赴かざるを得なかった、
ここには、今だにキルトに合わせるニーハイのハンティングソックスが、ガーターと呼ばれるタッセルがついた紐とともに「ビスポーク」できるソックスメーカーが存在する、


私を出迎えてくれたのは、英国が誇る「ヒネった」コメデイアンのステファン・フライを少し小太りにしたような担当者だった、、、

「アー、縫い目の無い、手でつま先を繋いだソックスをつくりたいんだけど、、」

「もちろんですとも、紳士のソックスに縫い目があってはなりません、、オオ、縫い目のあるソックスなんて、、考えただけでもオぞましい、、」
担当者氏は、本当に苦悶の表情を見せ、放っておくと悶絶死しそうに見えて、私は慌てて話題を変えた、


「アー、コットンじゃなくて良いメリノウールでつくりたいんだけど、、、」

我が意を得たりと、先ほどまで今にも悶絶死しそうだった担当者氏はガバっと起き上がるやいなや、稲妻のようにまくし立てた、

「もちろんですとも、紳士のソックスは極上のファインメリノであるべきです、、、最上のものはシルキーで、とくに、我が社独特の編みは、冬は空気を含んで暖かく、夏は湿気を放出して涼しい、ワタクシどもでは専用の牧場の専用の羊から特に繊維が細く長いエクストラファインのメリノを選び、アァタ、その肌ざわりの心地良いことといったら、、、」
終には「極上の肌ざわり」を想い出したように両手を握りしめ「天国の方」を夢見る目つきで見上げはじめた、


「アー、カシミアのソックスもつくりたいね、、」

「フ、フ、フ、旦那、良いカシミアがありますゼ、モンゴル産のとくに内側の細い毛だけを集めたホワイトカシミア、旦那もワルよのう、
しかも、ナイロンファイバーの周りにカシミアをツイストさせてますから、肌ざわり、風合いはカシミアそのままで丈夫ときたモンダ、」


「アー、クラシックな柄が良いんだよね、近頃のアーガイルなんか変にデザインされてて、、」

私の質問を手で制し、担当者氏は急に襟を正して、
「もちろんでございます、我々のソックスは歴代の王様にもご愛用頂き、本物のアーガイル、本物のバーズアイ、ご希望とあらば我が社のアーカイブを全てお見せします、
どうぞ、なんなりとお申しつけ下さい、」
、、、、


こうでなくっちゃ!

ClassicEnglishSocks



良いソックスは、良いラストで仕立てられたビスポークシューズのように履くと「気持ち良い」、

ソックスは「二の次、三の次」の「消耗品」ではない、実はここに「装い」の愉しみが潜んでいる、ソックスは「足元のタイ」である、


そして、この「良いソックス」は、気軽に適正な値段で手に入るべきものだ、

そのためには、そういうシステムを一緒に創り上げる「仲間」が必要だ、ClassicHaberdasherのメンバー諸兄、どうぞ、よろしく、





ClassicEnglishSocks」 

¥2,800~(税込み¥2,940~)
(ClassicEnglishSocksは、「ClassicHaberdasher」と銀座アトリエにて、、ただ、銀座アトリエは僭越ながら「完全予約制」です、)





*僭越ながらアトリエは完全予約制です、お越しになる際には、eメールかお電話での事前のご連絡をお願いしております、

問合せ先 e-mail bespoke@rikughi.co.jp
phone 03-3563-7556
telefax 03-3563-7558




『*「ClassicHaberdasher」も早や半年目を控え、色々考えたのですが、やはり「ブログ」とは一線を引いた会員を限定した愉しい「クラブ」のようなものをつくりたいと思っています、
ただ、「クラブ」ですから「ルール」が存在します、
僭越ながら、第一期のメンバーにつきましては、12月2日をもちまして締め切らせていただきたいと存じます、

2010年からは、少しシステムを変えて、「ClassicHaberdasher」へシンパシーを感じていただき、会員登録をご希望され、仲間になってやろうという方は、

bespoke@rikughi.co.jp

まで、ご連絡を頂ければ、ご説明のうえ「ID」と「パスワード」を発行させて頂きます、


いっぱい愉しみましょう、

R.H. 』






copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2009-11-24 12:00 | ■六義の秘密

11月16日(冬空)  「BespokeClassicTie」




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六義の秘密
BespokeClassicTie
Secret Pleasure only for client



ClassicHaberdasherのメンバーの方はすでにご存知の通り、銀座のアトリエでは「BespokeClassicTie」のサービスを始めている、

メンバーサイトで「BespokeTieをつくる」と宣言してから約一年、構想から指折り数えると約2年を経ている、この間、黄金期のA.Sulka & Co.の200本に及ぶタイコレクションを一本づつ精査し、今は無きリヨンの自社ミルの驚くべき「質」と「技術」で織られたSulkaSilkに迷い、ロンドンやウイーンの古の名店で仕立てられた1920年代からのタイを解体し続けた、


そして、結局は自分が抱き続けていた「想い」に戻っていった、これは、テーラリングやビスポークシューズへの「まっとうなアプローチ」をはっきりさせたいと探っていたときと同じだった、



六義の秘密



それは、簡単な言葉で綴れば「生涯寄り添って」くれる「味わい」とでもいうべきもので、時代に古びない「永遠性」と置き換えることもできる、

それを、どう説明すれば私が考えているそのままを伝えることができるのか、この「味わい」というのには、「素材」、「仕立ての考え方」、「技術の質」などすべてが細かく確かに関連している、

或る意味では、「Bespoke」というもののこれが本質なのかもしれない、


そして、さらに分かりにくいだろうことを云えば、この「永遠性」は見た目は自然で優雅でも、実は「かなり突出した」モノでなければ適わない、これは、私自身がこの半世紀で「Bespoke」した経験からはっきり云える、


「突出した仕立て」、「突出した質」、「突出した想い」、そういうものでないと「永遠性」を持ちえない、これは、考えてみれば当たり前のことだろう、


つまり「永遠性」は、かなり「先鋭的」な「クラシック」から生まれる、単なる「古い服のコピー」からは「生涯寄り添ってくれる」実質は何も生まれやしない、

「Bespoke」はフレッシュな生き物で、極めてオリジナルなものだ、

「Art&Classic」を六義のモットーに据えている想いも、そこにある、



六義の秘密



古の紳士たちのワードローブを探り、クローゼットを覗いていくと「クラス(或る階級以上)の紳士たちが身に着けるべきタイ」は極く限られた種類のものだったことが分かる、「スピタルスフィールド」、所属を現わす「クラブタイ」、カントリーやスポーツの時に締める「ウールタイ」、原則としてはこれだけだ、

あのウインザー公の「柄合わせのマジック」と云われるグラマラスな装いさえ、良く見るとタイそのものは極くクラシックなものを合わせている、

そして、ダンデイたちのタイは良く「使われ」ている、それらは、「今年流行の」パープルでもなく、「ナポリ製のナンタラ」でもないが、不思議にいまだ「輝き」を保ち続けている、今それをとりだして締めてみても、何よりスーツによく馴染んで「装い」を上品にしてくれそうに見える、事実、それらは、味わいをもって何にでも合う、

これが、生涯「寄り沿って」くれて、時代に古びない「味わい」を持つ「タイ」ということだと思う、

考えてみれば分かることだが、「タイ」に「永遠性」を求めるにしても、「流行」を求めるものではない、



そして、研究してみるとこれらはその「仕立て」にも共通した秘密があり、或る種の「法則」とでも呼べるものがあるのが分かってくる、



六義の秘密


私が蒐集した200本に及ぶ黄金期のA.Sulka & Co.のタイは、奇跡的にもプライスタグもそのままに(未使用の)「今、店頭にあって」もオカシクない完璧なコンディションのまま、A.Sulka & Co.と朱で刻印された白いボックス、10数個に入って残っていた、

それを見つけたのは幸いだった、

この黄金期の「SulkaSilk」は当時リヨンにあった自社ミルで織られている、
「SulakSilk」とワザワザ呼ばれるようにビスポークシャツとともに、これはA.Sulka & Co.のシグネチャー(看板)であった、
「看板に偽りなく」、この黄金期の「SulakSilk」は、「糸の質」、「設計」、「織り」、「考え方」ともにウルサイ私でも唸るぐらいに素晴らしい、
何より「最上」のものにしようという気概が伝わってくる、なにしろ、一番シンプルな「ダブルストライプ」さえ、ストライプによって畝の方向を違えて織られているのだ、(つまり例えば「赤」のストライプはホリゾン(水平)の畝で、「白」のストライプは斜め63度の畝でジャカードで織られている、)


この「SulakSilk」の織りのテクニックを語り出すとキリがない、大袈裟でなく、それほど驚愕するものが本当に存在していたのだ、



六義の秘密




そして、この黄金期の「SulakSilk」のタイと「今のタイ」を比べてみると明らかに「シルク」の「質」が違う、これらのタイを締められたクライアントの方がいみじくも漏らした、「なんか、スーツへの馴染みが違うんですよ」という言葉にいみじくもそれが現れている、

私もうすうす感じていたのだ、どうも光沢とか「味」が違う、今のタイはどんなに高価で「上質」と囁かれようと、「SulkaSilk」と並べてみると何だか光沢も不自然に見え、安っぽく感じさえもする、調べていくとそれは、「糸」の違いによるものだと分かっていく、



六義の秘密



今は知らないが当時は「チャイニーズシルク」が最上とされていた、70年代のロンドン、ハンソンストリートに古から続く一軒のシルク専門の生地問屋があり(今はもうない)、私はいつもスーツを仕立てるときには、懇意にしていたパーソナルテーラーとそこで裏地を選ぶことにしていた、

この当時のロンドンは今思えば生地好きには「天国」のようなところで、少し変わった柄モノのシルクを裏地にしようと思いついたときには、ピーターストリートにシルクに拘る小ぶりな店があった、そこにはナント1930年代のシルクが手つかずのままボルトで残っていたりもした、この店はウエストエンドのシアターを上得意としていて、1930年代の珍しい生地をオリジナルとそのリプロダクションの両方を揃えて、さながら店は「ファブリック ライブラリー」だった、

この時代に、レアなシルクを見て、触ったことが私のその後の「財産」になっている、しかし、白状すると当時はまだ私も若くモノをまだ知らず、それに「天国」にいたのでそれが「当たり前」だと思い込んでしまった、今、そこへ戻れるならば買い占めたかったモノがズイブンある、



六義の秘密


この2つの店が、口を揃えて云っていたのが「糸は上質のチャイニーズシルク」に限るという言葉だった、ハンソンストリートの店は、前世紀から「シルクの原糸」を中国から直接取り寄せていると自慢してもいた、この良い時代の極上のチャイニーズシルクは調べてみたがもう無い、繭や蚕そのもの、育て方、餌となる桑も違うらしい、或る人が桑から拘って、中国で紡ごうとしたがダメだったそうだ、

シルクを知る人ほど、今のシルクを嘆く、それが現状らしい、


六義の秘密


A.Sulka & Co.の黄金期は意外に短い、オーナーが頻繁に変わりせっかくのリヨンの自社ミルも途中で手放してしまった、A.Sulka & Co.という織りネームがついていても数年の黄金期以外は時代に引きづられた迷ったモノづくりをしている、「Sulka」とだけ記されたネームのものにはもはやその面影もない、そして最後はイタリア製のカジュアルウエアに成り果て消えてしまう、


果たして、我々は「進化」しているのか、「退化」していっているのか?

今のメーカーや、百貨店やセレクトショップや雑誌を見ていると、いまさら「小売業の販売革新」とやらにつきあいたくもなく、私は残された時間をモノづくりにドップリ浸りたい、



六義の秘密


タイの本質は、「装い」に馴染み、深みを与える「味わい」と、時代に古びない「永遠性」にある、これが私が欲しいタイだ、

研究していくと、タイづくりに抜け落ちていたのは、「裁断方法」だということに気づいていく、素材の良さを「自然」に生かし、生涯の愛用に答える「タイとしての構築性」の両面を適えるためには、生地の動こうとする流れに沿って裁断し、丁寧に仕立てることが大切だと気づく、これは、テーラリングそのものだ、

この「BespokeClassicTie」は今までの既成概念に拘らない、かなり独特のパターンと仕立て方で、ビスポークシューズがすべて革でできているのと同様、すべてが同素材で作り上げられている、






BespokeClassicTie」 

¥18,000~(税込み¥18900~)
(パーソナルパターンを「Bespoke(話し合い)」しながら作成します、、長さ、幅、ノットの大きさを指定しながらご自分なりのエレガンスをおつくり下さい、)



*僭越ながらアトリエは完全予約制です、お越しになる際には、eメールかお電話での事前のご連絡をお願いしております、

問合せ先 e-mail bespoke@rikughi.co.jp
phone 03-3563-7556
telefax 03-3563-7558




『*「ClassicHaberdasher」も早や半年目を控え、色々考えたのですが、やはり「ブログ」とは一線を引いた会員を限定した愉しい「クラブ」のようなものをつくりたいと思っています、
ただ、「クラブ」ですから「ルール」が存在します、
僭越ながら、第一期のメンバーについては、12月2日をもちまして締め切らせていただきたいと存じます、

2010年からは、少しシステムを変えて、「ClassicHaberdasher」へシンパシーを感じていただき、会員登録をご希望され、仲間になってやろうという方は、

bespoke@rikughi.co.jp

まで、ご連絡を頂ければ、ご説明のうえ「ID」と「パスワード」を発行させて頂きます、


いっぱい愉しみましょう、

R.H. 』




copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2009-11-14 14:25 | ■六義の秘密

11月3日 (寒くなってきた) 「HOLD ON I`m Coming」



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21st Century
Dandy




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Don't you ever feel sad,
Lean on me when times are bad.
When the day comes and you're down,
In a river of trouble and about to drown 、、、


HOLD ON I`m coming


悲しんデちゃダメだ、苦しみの海に飲み込まれそうになって、ツラくてヘコんだときは、俺を頼りにしてくれ、、
待っててくれ、スグ駆けつけるから、、、「Hold on I`m coming」は友情についてのシンプルに本質的な衝動といえる、

「感動」とか「衝動」とか素直な心は、良い運動神経を持っている、

幸せになるのも、幸せにするのも「心の運動神経」がその核にあるのは間違いない、

この「心の運動神経」には何の「規制」もなく「無限大∞」で「常識」に囚われることもない、貴方の好きなように育てることが出来る、そして、知っての通り、人間の「心」ほど魅力に溢れるものはないが、これほどヤッカいなものもない、「格差社会」といわれる21世紀の「格差」の本質は「心の格差」として潜行している、





「21世紀」を語る時、多くの人は経済指標を軸に「これから」を解析しようとするが、21世紀で未来を本当に指し示すのはヒトの「心の指標」だと思う、20世紀においてヒトの心を永い間「牽引」し「規制」してきた社会構造や産業構造は今やその力を失い、あからさまにその存在意義があるかどうかが問われ始めている、空っぽの「権威」はドンドン、これからも崩れ続けていくだろうから、そういう意味では21世紀は「ルネサンス」的な時代と云えなくもない、



足枷をはずされた「心」は自由に飛び立てるが、その分、自分自身で行く先を示さなければいけない、つまり、本当の意味で「生きる」ためのパーソナルなクリエイテイビテイが問われるのが「これから」だということになる、

忘れていけないのは、「心」は内にある「かたちの掴めない」ものだが、それを包む外側の硬くニヒルな「環境のかたち」に結局、大きく左右される、良い「心の運動神経」を育てるためには、「環境」を意識してつくることだ、
つまり、「内」を意識するよりは、「外」を良く整備する方が実は有効だと云いきれる、

2000年に及ぶ人間の歴史でも、いまだ我々は「心」を思いのままにする術を見つけていない、
「心」は制御不能のものと早く諦めて、愉しいことがあれば「愉しい心」になるというシンプルな「環境の浸透圧」として割り切るべきだ、誰もが知っているというけれど、「失敗」の多くはそこにある、





自由でチャンスに溢れているが、剥き出しのタフさを露わにしていく21世紀では、よほど骨太で無頓着にしたたかなクリエイテイブパワーを持つ「心」でない限り、何らかの拠り所が必要だろう、多くの「心」はさ迷っている、


同じ様な状況が、英国の民主主義の黎明期にもあった、<今の時代は、むしろ現代社会の礎となった19世紀に似ている、1873年10月に端を発した金融パニックが、その後、65か月に及ぶデフレを生み出しているのも今とその姿が重なる、21世紀は時代の本質としては次の時代に繋ぐ「プチ礎」エイジ(copyright 2009 momotosedo R.H. ) だと思う、>そのとき、志を持つ「紳士」たちはどうしたか?

「倶楽部」をつくったのだ、同じ志をもつ仲間を募り自分たちの意見を強固にし、なんとか愉しく逞しく生き延びようとした、だから、いまだ英国の「クラブ」の本流にはポリテイカルなクラブが多い、

「クラブ」は或る意味で、社会と個人の間にある「ソフト ソサィエティ」(copyright 2009 momotosedo R.H. ) だと思う、ここでは、メンバーは老若に関係なくファーストネームで呼び合い、メンバー同士という「信頼感」で結ばれている、ただし、金ではなく誰でもがメンバーになれるわけではない、クラブの「質」と「格」はメンバー自身がつくっている、

当たり前だが、クラブそのものは「古い建物」と「その歴史」に過ぎなくて、今を支えているのはメンバーの「質」に他ならない、このことを良い「クラブ」はよく覚悟している、だからメンバー選びには慎重にならざるをえない、





毎年送られてくるクラブのメンバーリストの後ろには「affiliate club」の項があり、古いクラブは世界中のクラブと繋がっている、ひとつのクラブに入れば、事実上、メンバーは世界中のクラブを訪れ、その地のクラブのメンバーと交友し、旅の根城とすることができる、

しかし、クラブに「メンバーカード」に類するものはいっさい存在しない、ただ、所属クラブを告げるだけで済む、多分、裏ではクラブ同士の連絡確認が行われているのかもしれないが、紳士はそんなことを気にする必要はない、
考えてみれば、クラブの読書室に保管されている「キャンデイディト ブック」にはこれはクラブが存続する限り名前が残るだろうが、ついぞメンバー証明書などというものももらったことがない、

メンバーになったときもクラブの壁に張り紙がしてあったぐらいで、特別な認定式みたいなものもなく、メインダイニングのメンバーデイナーの席でいい加減なスピーチをしたぐらいだ、請求書は忘れずに送られてくるというのに、、、
生きている本人がいればそれが何よりの証明ということか、死んだ場合は、近しい仲間とコミテイーメンバーで「お別れの会」が催されるらしい、もし、それだけの人徳があればの話だが、、

(このaffiliate clubのリストを眺めていて興味深いのは、どんなに歴史の古い国でも「敗戦国」には「ジェントルメンズクラブ」は存在しないことだ、多分、かつてはあったはずなのだろうが、、、)



今どき、珍しいシステムだが、考えてみれば歴史上、どこでも「仲間づくり」は行われてきた、
ただ、我々は20世紀の中途半端な「ミーイズム」の解釈で去勢され仲間づくりのノウハウの充実と実行力を失い、或いは、それだけ求心力のあるコンテンツ(志)が「八方美人なマーケテイング」や「本物を知らない社会」によって生まれにくくなっていた、



質の高い、刺激的でワクワクする「ソフト ソサィエティ」は、タフな21世紀において本当の意味での「心」の「贅沢」といえるのかもしれない、










copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2009-11-04 03:26 | ■21st Century Style