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2月25日 東京おぼえ帖 2. 「ジャン・ジュネに訊け、」






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dreams、、tears、、lament、、& You、、TOKYOSONGS、、
copyright 2009 Ryuichi Hanakawa









おもちゃ屋 (といっても、かなり大きい玩具問屋だった)の倅の土田くんと、文房具屋(といっても、これも大手の文房具屋だった)の倅の安田と、本屋(といってもこれも大きな本屋と喫茶店を何軒も持っていた大書店だった、ようは、全員「ボンボン」育ちだった、)の倅の平田と、

当時、外苑前にあった「ユアーズ」という終夜営業の気取ったスーパーマーケットの前で待ち合わせて、「レオン」に寄ったのか、平田がもっていた近くのアルフレックスの家具で飾ったショールームみたいなアパートに行ったのか、どっちだったか忘れてしまったが、私が東京に戻って来たと言うので、幼馴染の4人が久方ぶりに会うことになった、遊ぼうゼ、オォ、遊ぼう、遊ぼう、




平田は、ブルーと赤の縁取りのしてあるHと大きく編みこまれた白いレタードカーデイガンに赤いコーデユロイのズボンを履いて、すぐそこに住んでるというのに、自慢だったトライアンフに乗ってやって来た、平田は多分、4人の中では一番天才的で才能があったと思う、ただ、惜しむらくは頭と勘が良すぎて結局は一生を棒に振ってしまった、

平田は死んでしまったから、なおさら口惜しい、思い出しても、平田の才能は子供の頃から目立っていた、図画の時間で書き上げた「戦車」は、ほとんど少年マガジンの口絵にあるぐらいに見事で、「レーシングカー」が流行ったときは、同じキットを組み立てているにも関わらず、平田の車が一等、早かった、中学の時に音楽とギターにのめりこみ始めて、上手いのは知っていたが、東京に帰ってきたとき遊びに行ったら、ジョン・マクラグリン顔負けに早弾きを始めたので驚いた、






平田が、その才能のひとかけらにでも忠実であったなら、それなりの人物にはなれたのではないか、しかし平田は「飽きっぽかった」、それも途中でやめるのではなく、とことん突き詰めてしまって、次から次へと興味の範囲が広がっていく、突き詰める速度が常人わざではないのだ、


一度、土田くんが平田のことで、国際電話をかけてきたことがあった、土田くんは、「土田くん」としか呼びようがないほど、いつも穏やかで、学業でも安定してトップを保っていた、子供のときから優れたバランス感覚の持ち主で、どこか先を見越しているようなところがあった、4人のなかでは、一種の最新鋭の「制御装置」のような役割を果たしていた、そのときも、土田くんの敏感な「制御装置」が信号を出したのだと思う、


その電話で、土田くんは「平田は、ずば抜けて頭が良いのに、あのままではダメになってしまう、僕も直接、平田に云うつもりだが、君も平田に云ってくれ」という趣旨のことをいった、

私は、その頃は、なんでそんなことが大事なのかが分からなかった、平田は、たとえ学業ができなくてもリッパな家業があるから将来安泰なんじゃないかと思った、、、「分かるけど、それが平田じゃないのかなあ」






は、日本を離れていて平田の通夜にも、葬式にも間に合わなかった、一ヶ月後ぐらいに、ようやく平田の家と墓参りに行けたとき、土田くんもつきあってくれた、墓というのに友の名が刻まれているのはそれなりに感慨深い、そのあと、なんか食おうということになって私の要望で土田くんは近くの旨い蕎麦屋につれていってくれた、


二人で、蕎麦がきや、焼いた味噌をなめながら、菊正宗を熱燗にしてもらったのを飲んでいた、私は熱燗というのがあまり得意ではなかったけれど、暖められた日本酒の口に含んだときに広がる独特の匂いが今日は許せるような気がした、


土田くんは、最高学府を主席で卒業したらしくて、そのことを「スゴいね」と言うと、「いや、そうでも、、、でも僕より平田の方が本当は頭が良かったよ、、」「土田くん、一度、平田のことで電話をくれたよね」「うん、、」「あのとき、直接、平田にも云ってみるっていってたけど、あの後、平田とは話したの?」「うん、、」「で、そのとき、平田はなんて云ってたの?」その問いかけに、土田くんはたださみしく笑っていた、





お銚子を二人で一本づつ空けて、蕎麦をたぐって、またお銚子を一本づつ空けたところで、何だか、モヤモヤしたものが湧き上がってきて私は二人で話しているのに耐え切れなくなった、土田くんとは久しぶりに会ったし、話したいことは山ほどあって、昔だったら夜があけるまで話しても飽き足らなかったけれど、何故だか、居たたまれない気分が押し寄せてきた、それは、なんとも説明できない、

その気分が土田くんにも伝染したのか、「出ようか」とどちらともなく声をかけて、今日は僕がおごるよといって土田くんはさっさと勘定をすませてしまった、


別れしなに、何だか土田くんに悪いような気もして「また近々会おうよ、電話するよ」と云うと土田くんも「うん、絶対かけてくれよ、待ってるよ」そう云って我々は右と左に別れた、


電車で帰ろうか車を拾おうか、しかし、いますぐ何かを決めるのがおっくうで、気がつくとあてもなく歩き始めていた、そこら辺りはただ殺風景な店やオフィスが並ぶ小道で、わざと路地に入っても同じように殺風景なのにかわりはなかった、

私は只々歩いていた、そうしたら、ふいに涙がでそうになった、


それは、平田の死が口惜しいといった単純なものではなく、あれほどがっちりしていた4人の友情が平田が欠けたことで、空の上で崩れてバラバラに落ちてゆくような予感だった、その時のことを言葉で辿っても何も明らかにはなりやしない、しかし、それをきっかけに若水のような私達の少年の時代は終わったような気がする、



でも、それはズット後のことだ、「ユアーズ」の前に現れた平田は、どの若者よりもお洒落で、我々も山の清流のように若く濁りを知らなかった、








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by momotosedo | 2009-02-25 03:59 | ■東京おぼえ帖

2月22日  「お知らせ」 A MILLION THANKS





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A MILLION THANKS
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100年素材」限定シリーズに、たくさんの方からお問い合わせを頂きありがとうございます、感謝しています、


しかし、いまの世の中で私の我侭の限りを適えるには、正直に云ってタフなところがあり、残念ながら、今回は数量にも限りがあります、、、




A MILLION THANKS
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”ビスポーク モールスキン スポーツトラウザーズ 「ハーベスト ゴールド」” 

なんと云われようと、残念ですがもうありません、自分のコレクション用に隠しておいた分も含めて完全に出ていきました、

幸いにも手にいれられた方は、「幸せなスポーツトラウザーズ」をいっしょにつくりあげていきましょう、その方たちにはご説明しましたように、ちょっと、今では手にはいらない本格的なクラッシックスポーツトラウザーズに仕立てあげます、

生涯、ご愛用ください、



極めて好事家用「100年素材」
「ブルー シルク・オクスフォード」ビスポーク シャツ


予定数量は完了いたしました、ただ、要尺を念のため余裕をもって計算していましたので、担当職人の話では、あと1~2着はとれるようです、迷われている方は、少しお早めにして頂いた方が良いかもしれません、
ただし、それは生涯、愛していただける方のみに、、、



幸いにも手に入れられた方は、、、このシルク・オクスフォードは只者ではありません、僭越ですが経験の浅い方は、この生地の本当の「凄さ」がまだ理解できないかも知れませんが、モノが分かってくれば来るほど、「つくっておいて良かった」と思われるはずです、唯一無二という意味で「貴重」です、私と美人助手の千リットル(?)の汗と涙が費やされています、襟、カフスの替えは一回分は、各クライアント用に予備をとっています、そして、それが失くなってもクレリックにもできます、生涯の愛用品、「コレクション」としてもご愛玩ください、





極めて好事家用「100年素材」
「ビスポーク ビンテージツイード スポーツコート」 ”鹿の園”19世紀 ホーン ハンテイングボタン



極めて好事家用「100年素材」
「ビスポーク ビンテージツイード スポーツコート」 ”ホースヘッド”1900年製 ホーン ハンテイングボタン



これも予定数量は終了いたしました、ただし、「ハンドウーブン シェットランドウール ツイード」では、あと数着のクラッシック スポーツ コートはつくれます、

リアル ホーン ハンテイングボタンは、他にもコレクションしているものもあります、その文様、種類についてはアトリエで直接、お尋ねください、



A MILLION THANKS
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100年素材」という、かなり我侭を尽くした、そして或る意味では「無謀」ともいえることに、具体的に時間と労力を割いて挑戦しようと覚悟したのは、


半世紀を越えて生きてきて、ある程度の美意識と経験も経て、どうしても、ここ数年の「クラシコなんとか」や、「なんとかスタイル」や、本当の体験もしたこともないのに囁かれる「ウソっぱち」に、もうウンザリしたからです、

今の世の中、正しい価値観をもった「眼」で、「本当の体験」をもとに、素材や質を「分かる」人は、表面は取り繕っていても、数少ないんじゃないかと思えて仕方がありません、


「100年素材」は、あの世に逝く前に(?)、真実に世紀を越えて愛せる、リアルに優れたものを選別し、残そうという私の思い入れがあります、これは、急に「長持ちする」というマーケテインワードに切り替えただけの「世の中のあれこれ」とは、別の次元にあります、私は本気です、





そして、マーケテイングとかに慣れすぎた現在の我々は、えてして「真実」や「本当」のことに妙に斜にかまえたり、茶々をいれがちなような気もします、しかし、世の中には真実があります、本物の素材や本物そのものも存在します、それは正当に評価し大切にすべきです、


「洗練」とは、うわべの取り繕いではなく真実に忠実であるということです、





今回お問い合わせをいただく度に、正直にいって嬉しかったです、このブログで述べていることには自信がありますし、アクセスカウント数は伸びていきますが、やはり、読まれている方の「顔」が見えないのは「筆者」としては不遜ながらいつも「手ごたえ」が実感できないものです、


今回、初めて お問い合わせを頂いた方(その中には、多分、問い合わせるのにちょっとした勇気がいったり、迷った方もいらっしゃると思います、ブログの印象で「怖い人」と思われている節もあるそうです、でも、ごく自然体でいきていますから安心してください、)と、お会いできたのはとても嬉しかったです、一緒にいっぱい愉しんでいきましょう、




人生は再生産が適いません、生きているうちに思う存分、愉しむことが迷うことなく一番大切だと、半世紀を生きてきた私は確信をもって云えます、そして、孤独では「愉しめ」ません、「ビスポーク」は文字通り共同作業でもあります、思いっきり、いっしょになって愉しみましょう、

「100年素材」も、次々に発表していきます、

映画の科白じゃないですが、「お愉しみはこれから」です、、






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by momotosedo | 2009-02-22 15:49 | NEWS

2月22日(晴天)  東京おぼえ帖 1.  「虹のむこうへ出かけよう、」





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幽霊坂の、昼なお暗い坂道を辿っていくと、細川の殿様の屋敷があって、それはモダンな洋館だったが、石造りの暖炉のある洒落た書斎や炉がきってある和室とともにどこかに座敷牢が隠されていると子供たちのあいだではもっぱらの噂だった、



































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by momotosedo | 2009-02-22 01:43 | ■東京おぼえ帖

2月17日(晴天、また冷え込んできた) 100年素材「Genuine HORN HUNTING BUTTON」限定3着






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誰しも好みの「素材」というのがあるのではなかろうか、私の場合だと「フラノのチョークストライプ」、「手織りのシェットランドのハウンドツース」、「トープのデピュオーニ」、そして「ホーン」=「」ということになる、


私はこの素材で、ウイーンではリーデインググラスをつくり、ロンドンでは傘をつくった、凍てつく冬にだけ着るルーポの毛皮のライニングを張ったギャバジントレンチコートのベルトバックルも、わざわざバッファローホーンを削りださせて特注したりもした、


それは、この素材が金や銀やプラスチックとは違う、天然素材に相応しい豊かな自然の色のふくよかさを持ってることに他ならない、

そして、もちろんスーツやスポーツコートのボタンは、「ホーンボタン」に限る、




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この私の「角」好きについて、フロイト流の分析を試みるまえに、私が、何故、「ホーン」ボタン、とくにホーンのハンテイングボタンに魅かれるようになったのかを探ってみよう、、、それは、一着のツイードのスポーツコートがきっかけとなっている、



私は27で、ロンドンはまだ70年代の音楽革命の余韻と快楽的な若者の匂いでそれなりに喧騒渦巻いていた、その日たまたまテーラーにスーツの仮縫いで訪れたとき、生地棚の奥の方にハウンドツースのツイードが眠っているのを発見した、

私はハウンドツース好きなのだ、航海士が海図に熟知するが如く、このテーラーの生地棚のドコにナニがあるかは知っているつもりだったが、それは忘れ去られた難破船のように棚の奥深く無造作に捨て置かれていた、


テーラー氏がいうには、それは50年代のもので、誰かが仕立てた残り生地だということだった、ハウンドツースの絶妙な大きさに魅かれて取り出してみたが、触ってみると自分が知っているツイードとは違う、けっこう柔らかく、ウエイトも軽めで、何だか頼りないような気がした、その頃は、ツイードといえば「質実剛健」、頑丈で重く、ザラザラしていてイッチーなものだという固定観念があったから、この生地の質が良いのかどうか、正直、見当がつかなかった、私にはなんだか目が粗いように見えたのだ、


それで、素直に、この生地は良いの?と問いかけると、テーラー氏は笑いながら、それはライトウエイトのシェットランドウールで出来ている手織りのツイードで年中着れると、仮縫いが終わった私のスーツをチェックしながら、興味もなさそうに答えた、


しかし、その頃は手織りのハリスツイードというのがオフ・ザ・ペグ(レデイメイド)でもロンドンの店中に溢れていた時代で、そのハリスツイードは私が「知っている」ツイードのように堅く、しっかりとしていて、同じ「手織り」というこれとは明らかに違う、例えて云うならこれは「目の詰まったセーター」のような質感で、ツイードというにはルーズなような気がするのだ、



それで、重ねて尋ねる、「で、この生地は良いの?」、私は確証が欲しかったのだと思う、


ようやくテーラー氏は、仮縫いのスーツから目をあげて私を見つめると、フンといった表情でもう一度ゆっくりと、「手織りの」、「シェットランドウールで」、「年中着れる」、と繰り返した、


私も負けじと、I say、、「で、これは良いの?」、

すると、テーラー氏は、I mean、、「何と比べて良いっていうんだね、それはそういうものだ、セーターのように軽く着られるツイードだ、だから、年中、着て良い 」(補足:年中というのは英国には夏がないからね)、


数秒あって、私は、「じゃあ、これでスポーツコートをつくる、」、、、私は、コウいうところがあるのだ、今後気をつけなければいけない、


テーラー氏は、またかという表情をしたけれど気を取り直して「じゃあ、これをプレゼントしよう」と、整理しきれていない引き出しをガザガサ引っ掻き回して、数個のボタンを取り出した、


「ターン オブ センチュリーのものだ、スポーツコートは2ボタンのシングル、袖にはワンボタン、少し変わったボタンのつけ方をする、いいね、」


そのボタンは、飴色をしていて、鹿が一匹と田園を思わせる草花や樹木のモチーフが細かく浮き彫りにされていた、その頃、ノーマン・メーラーがブームで、私はその著作の一冊「鹿の園」というタイトルを想いだした、

それは、ホーンを削りだしたもので、メタルボタンのハンテイング ボタンは見たことがあるけれど、ホーンボタンのものは見たことがなかった、その19世紀末つくられたホーンのハンテイングボタンは、ひとつひとつが微妙に斑の入り方がちがっていて、何ともいえない優雅な色をしていた、

昔、鼈甲でボタンをつくらせてジャケットにつけていた好事家がいたそうだが、このボタンを陽にかざすとその飴色は薄く透けて、使うほどに艶を増して、私にはもうひとつの宝石のように思えた、

そして、この精緻に浮き彫りされた図柄が、小さな円に19世紀の小世界を閉じ込めている風にも思えた、


そして、たったこれだけの小さな円が野趣あふれるツイードのスポーツコートを特別、優雅でいわれのあるものに変えて見せる、


それから、私はこの「ホーン ハンテイング ボタン」の魅力にとりつかれていった、


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このボタンは、イギリスよりむしろ19世紀フランス貴族に愛されたようだ、それはこれを蒐集してみると分かるが、英国のものがフォックスや、ハンテイングドッグなどの顔だけをとりあげたモチーフが多いのに比べて、フランスのものには、ハンテイングドッグが野を駆ける様子や、精密なエクストリアン(乗馬)シーンなどより細工の緻密で美しい凝ったものが見受けられる、


ただ、これはメタルボタンに比べて見つけるのが難しい、当時でも好事家向けのものではなかったか、

ホーンという素材は、プラスチックが出回るまで様々なものに使われている、特に、ドイツやスイスのものが良質とされた、この天然素材は、軽く、非アレルギー性であるため、いまでは眼鏡フレームの高級素材としても使われている、



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「100年素材」のスポーツコートを考えていて、思いついたのがこの「ホーン ハンテイング ボタン」だった、

21世紀にふさわしい、特別なストーリーを持った、世紀を越えて愛されるスポーツコートには、この精緻に美しく小世界を閉じ込めた「ホーン ハンテイング ボタン」が不可欠だという思いがつのった、


それで、あらゆるボタンメーカをあたり、ついには大部分のバッファローホーンの眼鏡フレームがここでつくられているというスイスの工場を探し当てて打診もしてみたが、

古のスタイルのフラットボタンまではつくれても、それに図柄を彫り込むことは適わなかった、

今の世界ではどうしても無理なのだ、それで、気持ちを切り替えることにした、所詮、できたとしても私の理想のものは適わないかもしれない、それならいっそ納得のいく「本物」でつくろう、

つまり、「本物」=アンテイークボタンを使うことにした、ボタンがアンテイークならスポーツコートの素材も、「本物」=ビンテージにすべきだと思う、


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そして、選んだのが、忘れられない「100年素材」、「手織り」のハウンドツースツイードである、

さんざ探し回ったあげく、正真正銘「シェットランド島」で「リアルシェットランドウール」で織られた60年代の「ハンドウーブン」のツイードを手に入れた、いまは、織られていない、


この「手織り」のハウンドツースは、私が迷ったように多分、貴方が思っているツイードという観念を覆す、


あくまで柔らかく、軽く、まるで「目の詰まったニットセーター」のようにしなやかで、味わい深いドレープを生みだす、着心地もセーターを羽織る感じだと思う、「年中着られる」という感触がここにはある、







そういうわけで、上の写真の19世紀「鹿の園」ホーンハンテイングボタンは一着のみ、生地は、黒とベージュのビンテージハウンドツースツイード(3シーズンいける)、


やはり1900年製「ホースヘッド」アンテイークホーンハンテイングボタンは、シェットランド島で織られたリアルシェットランドウールのツイードで2着のみ、極めて好事家向き、






極めて好事家用「100年素材」1着のみ
「ビスポーク ビンテージツイード スポーツコート」 ”鹿の園”19世紀 ホーン ハンテイングボタン

(仮縫いつき、フルハンドメイド)

¥240,000-(税込価格¥252,000-)

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極めて好事家用「100年素材」 2着のみ
「ビスポーク ビンテージツイード スポーツコート」 ”ホースヘッド”1900年製 ホーン ハンテイングボタン

(仮縫いつき、フルハンドメイド)

¥240,000-(税込価格¥252,000-)



(ホーンハンテイングボタンに拘らなければ、このビンテージハンドウーブン(手織り)シェットランドウールツイードでは、あと数着はスポーツコートがつくれる)




問合せ先 e-mail bespoke@rikughi.co.jp
phone 03-3563-7556
telefax 03-3563-7558







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by momotosedo | 2009-02-17 17:04 | ■100年素材

2月13日(陰) 100年素材 「Blue Silk Oxford Bespoke Shirts」 限定5着





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私は、「 美しいシャツ 」が好きです、これは、「男の愉しみ」です、

ギャツビーのクローゼットに溢れる色鮮やかなシャツが宙に舞う印象的な場面を思い出す方もいらっしゃるでしょう、
「なんて、美しいシャツなの、、」と呟くミア・ファーローのその台詞がいまも脳裏にこびりついています、
クローゼットに並ぶ美しいシャツはそれほど「魅惑」といえます、


そして、私は特に「シルクのシャツ」に弱いところがあります、

ところが、「シルクのシャツ」というのは、全世界的にいまや「壊滅的」といえます、先ず、まっとうな「男のシルクのシャツ生地」というのがありません、(これは、経験としてハッキリ云えますが「見つからない」のではなく、「無い」のです、)

「100年素材」で、私がこのまっとうな「シルクのシャツ生地」、もっといえば「理想」のものをつくろうとしたのは、至極、当然の成り行きでした、、、


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私が考える「理想の」のシルクのシャツ生地とは、

先ず、「20匁」です、1匁は約3.75gです、ですから20匁=75gとなります、いわゆる絹のシャツ布地は今は大体93cm幅です、ですから20匁というのは93*93=8649cm平方が75gということです、(ちなみに昔の日本の匁は、1寸(3.788cm)の幅、六丈の長さ(一丈3.788m)の目付け(重さ)をいいました)、

通常の2plyコットン地は、海外のもので150cm幅、1mの長さで160~180g(15000cm平方)程度です、分かりやすく20匁の絹を150cm*1mの重さに直すと、129gとなります、

大概のシャツ用のシルク地はせいぜい10匁から15匁です、15~16匁というのは高級品の部類にはいります、
20匁のシャツ地というのはそうそうありません、(絹は綿より軽く、織りによって違いますが匁の重いものほど高級です、綿は100双、200双と番手があがるほど軽くなります、)


15匁でも充分なのですが、私が20匁にこだわるのは、その量感とドレープ感です、20匁のシルクは、素晴らしく豪華なドレープを生み出します、

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200gのシルク・オクスフォード」

しかし、「100年素材」で目指したのは、1m*150cm= 200gというものです、

そして、今回は、シルクで本格的なオクスフォードを織ってみることにしました、

私は「100年素材」のシャツ生地を考えていて、先ずは様々な「織り」について再考しました、

検証してみると、「オクスフォード」はなかなか優れた織り方です、
タテ、ヨコ2本づつ糸を織り込んでいくことにより、「丈夫」で、シワになりにくく、通気性も良く、
かつ美しい光沢がでます、
2本づつ織るときに、色糸と白糸を混ぜていきます、そのことによって、「玉虫」に似た光線の具合で微妙な色の変化を見せてそれも味わい深いものです、ふっくらとした質感も趣き深いと思います、

ただ、私の偏見ですが、この生地はかなり高番手の糸に適していると思います、
番手が低いと、ちょっと野暮たくみえてしまいます、なかなか、この織りを生かした生地には出会いませんでした、


今回、200gという厚手のシルクで織らせたのは、ウエイトをしっかりさせても、シルクという超細番手の糸ならば、洗練されたものになるだろうということと、逆にシルクの光沢を織りが抑えもして、独特の質感が単なる織りよりもシックに仕上がるだろうという目論みでした、

しかも、ブログの「デュピオーニ」の項でも、ご紹介したように、シルクは綿より丈夫で、吸湿、放出性に良く、最も人の肌に近い極めてオーガニックな素材です、

このシルクと「オクスフォード」という織りの掛け合わせは「100年素材」にふさわしいはずです、



そして、今回仕上がったシルク・オクスフォードは、結局1m*150cm=約210g以上のものになりました、

私がこのシルクを織るために選んだミルは、イタリアのいまや、まともな「デユピオーニ」を世界でただ一軒、織れるといわれているミルです、
その「まともな」デユピオーニは、悪くはないのですが、そう納得もできませんでした、

それはともかく、私がこのミルを選んだのは調べてみると50年代に、シャツ用のシルク生地を得意としていたことを聞きつけたからです、

ただ、現在は、「ソンナものは誰も買わない」のでシャツ生地の生産はしていません、
いま生産していないものを、もう一度「生産させる」のは、いまの世界では思っている以上にやっかいなものです、

先ず、200g以上のまっとうな男のシャツ用シルク生地というのでもめました、そんな重さは厚手のスカーフ地でも必要ない、100gあれば充分過ぎるというわけです、そして、色です、実は、この「ブルー シルクオクスフォード」は、或る色を同素材で織ろうとした「副産物」として生まれたものです、そこで試したかったのは色の「淡さの上品さ」です、

シルクオクスフォードの「ブルー」は、その「淡さ」に貴族的な品が潜んでいます、そしてこの淡さを実現するためには、何回もの試し織りが必要でした、



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できあがった、この「ブルー シルク・オクスフォード」、

まさに、「オンリーワン」の風格を持っています、
しなやかでいて信頼に足る100年素材の「男のシャツ地」の顔をもっています、
たしかに、親父さんがいったように、もう少し薄手でも充分だったでしょう、ネクタイを作ろうとしているのか、といわれた意味が分かります、
しかし、10年たって身体になじんだときの愉しみを思わせもして、そしてやはり「唯一無二」のものになっているのが、新鮮な驚きです、
私でさえ、こんなシルク・オクスフォードは見たことがありません、


確かにシルクの糸と、オクスフォードの織りが本格で、厚地なのですが手触りはシャツ地としてのしなやかさを持っています、
「世界でただ一軒」というミルの評価はウソではありませんでした、
実に見事なドレープを生み出してくれそうで、色も理想に近い「淡いブルー」です、
そして、考えていた以上に「独自」です、
私がいったことをほぼそのまま実現するとこうなるという「事実」が衝撃で、このシルク・オクスフォードで仕立てたシャツは多分、いままでのシャツ経験を覆すと思います、どこにも無いという意味では極めてビスポークらしい、そして極めて好事家向きのものです、


云えるのは、こんなものは、後にも先にもこれっきりだというものに仕上がったということです、


ただし、そういう事情から、今回は5着限定です、
それと、この生地はポケットスクエアにしても素敵だと思います、どうせ良いポケットスクエアを
探そうと思っても苦労するでしょうから最初から合わせてつくります、重宝すると思います、


極めて好事家用「100年素材」
「ブルー シルク・オクスフォード」ビスポーク シャツ

(別布で仮縫い、手縫い、そしてポケットスクエア付き)

¥65,000-(税込価格¥68,250-)

問合せ先 e-mail bespoke@rikughi.co.jp
phone 03-3563-7556
telefax 03-3563-7558







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by momotosedo | 2009-02-13 21:22 | ■100年素材

2月10日(晴天)  100年素材 「Harvest Gold Moleskine Trousers」 限定5着






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Harvest」という言葉が好きだ、語感も良い、ニール・ヤングのアルバムタイトルにもあってそれは名盤だった、

なにより、実り多い黄金の穂がゆれる田園を思わせて、ゴールドともイエローともベージュともいえるその色は、何か豊かで幸せな記憶を呼びおこす、そんなに思い当たる具体的な記憶を持っているわけでもないけれど、一番幸せそうな色をしていると思う、

私はこの豊かで幸せな記憶を持ち歩こうとして、旅のジャケットもなんとかそう思えるツイードを探し当てて仕立てみたりした、しかし、この豊かな色を探すのは幸せを探すのと似て案外手こずる、、、



「幸せ」というものが結局探しているだけでは手にはいらないと気づいていくように、探しあぐねた末に私は理想のこの色をつくりあげるということに気づいた、

つまり、織ってみることにしたのだ、


そして、この色に相応しい素材をと考えたとき、思いついたのが「モールスキン」だった、

「100年素材」としての頑丈さ、その素材がもつ「意味あい」もそうだけれど、その短い毛足に覆われた小動物の毛並みを思わせる質感と光沢を見せて微妙に色を変える表情がこの「ハーベスト ゴールド」にぴったりだと確信したからだ、


そして、それからが大変だった、、、


モールスキンという素材を研究してみると、その歴史の意外な深さと汎用性に気づく、乗馬用ズボン、カントリートラウザーズをはじめ、その耐久性、「保護性」の高さから兵士の前線用の軍服にも採用されている、強度からいえばデニムジーンズよりも確実に高いパフォーマンスと保温性を持っている、

英国でモールスキントラウザーズが愛用されるのは、耐久性とともに、この保温性もあるのではないかと思う、冬の凍てつく雨降る暗い田舎の田園では、なにか守られているようなホっとする暖かみと肌触りをこの素材は持っているのだ、

そして、コットン100%のワークウエアとしては最強の素材であると同時に、なにより柔らかい、身体になじんでくるのだ、これは、同じ最強の素材、「キャバリーツイル」より優れた美点だ

しかし、私にはその「柔らかさ」は、それでもまだ「不満足」だった、織りとしての高いパフォーマンスは分かる、しかしそれを生かして生涯にわたって愛用するスポーツトラウザーズとなるためには、より、身体になじんでくれる「柔らかさ」と、優れたテーラリングに相応しい最上質が必要なのだ、



今回、焦点をあてたのも、その「柔らかさ」と「毛足の美しい均一性」だった、
かなり密な打ち込みにしてあるが、我侭の限りを尽くして、糸を厳選して織ってみたのだ、
参考にしたのは60年代のビンテージの西独製のコットンヴェルヴェットのクオリテイーで、それは糸が違うのか今のものと比べるとかなりの柔らかさをタッチに残す、



この西独製のヴィンテージヴェルヴェットの驚くべき柔らかさは、前々から気になっていた、どうしてこの「柔らかさ」は生まれてくるのか、昔と今とで、そう織り方が違うようにも思えない、
そこで今回は、かなり良質で繊維の長い或る綿糸を使ってみたわけだが、結果的には成功だったのではないかと思う、いままでにない「しなやかさ」が出たと思う、触れば違いが分かる、


この「ハーベスト・ゴールド モールスキン」は、「コムド・コットン」で織られている、
綿糸をつくる過程で、短い繊維を除き、繊維を引きそろえる工程を「カード」というが、「コムド・コットン」は、この工程のあとに、さらに精度の高いコーマという工程を経る、一般に、より番手の高いものをつくるときにこの「コーマ」を通すが、この「ハーベスト・ゴールド」は、一般のモールスキンの常識を、はるかに越えた高番手で織られているのだ、


多分、これほどの「コムド・コットン」で織られたモールスキンは、いままでに無いと思う、
しかも、かなり密にタイトに織って、毛足の均一性に拘ったので、或る意味で「贅沢」な表情を持っている、、、いわば、「羊の皮を被った狼」、いや、しなやかだから逆か「狼の皮を被った羊」、いやウールではなくコットンだから、、、まあ、例えはいいとしよう、、、






と、ここまで読まれると、いかにもスムーズに作業が行われたかのような印象を持たれるだろうが、モノをつくる、或いは我侭な思いを貫いてモノをつくるというのはやはり、大変なことデス、

この間、私といつもヨーロッパでのリサーチャーを頼んでいるノルウエーとイタリアのハーフの「美人」助手は、それこそ一遍の小説にもなりうるような苦労を分かち合ってマス、

しかも、これだけでなく、いくつかのミッションを同時進行させていたので、その苦労は只々笑うしかない、アッチの問題をなんとか収めれば、コッチの作業が滞っているという文字通り、「モグラたたき」のインターナショナル版だった、それでも、我々は妥協しなかったのは手前ミソだが誉めてやりたい、


そして、このモールスキンの最大の難関であり、「モメごと」は、 「色」だった、

これは、次回ご紹介を予定している「100年素材 限定シリーズ」の「ブツ」にもいえることだが、色を「説明」するのは難しい、印刷用の色見本、或いは自然界にその見本となるものがあれば、それでも基準を示すことができるからまだましだが、この「ハーベスト ゴールド」は、私の頭のなかにある、

それに、私は人一倍拘るタチなのだ、センス オブ (ヒ)ユーモアは解するつもりだが、信念を通すのには遠慮を知らない、


私が欲しかったのは、いつまでも生命を持ち続け、愛用できる「ハーベスト ゴールド」だった、いつの時代でも新鮮で、しかし飽きのこない色、そしてクラッシックなスポーツトラウザーズとして上品に魅力的に納まること、、まあ「戦い」とも呼べるものがあり、なんとか(しつこい)、納得のいく幸せな色が生まれたのではないかと思う、




ただし、そういう経緯もあり、残念ながら再び織ることは難しい、「効率」には合わないのだそうだ、そして限られてもいる、このモールスキンは昔ながらのシングル幅(普通のウーステッドは150センチ幅)で織られてもいる、通常より仕立てるのに長さがいる、


そして今回は、この「ハーベスト ゴールド」を極めてクラッシックなスポーツトラウザーズ(ブレシーズ仕様と内ベルト仕様の2種、ハウススタイルの詳細はアトリエにお問い合わせを、ただし、ビスポークなので好みのスタイルでも、)に仕立てたい、ただし、そういうわけで限定5着のみ、

このクラッシック スポーツトラウザーズは、履きなれたジーンズのように愛用して欲しい、ウエイトから云えばジーンズとそう変わりはないはずだ、季節を気にせず、そして生涯、愛して欲しい、




”ビスポーク モールスキン スポーツトラウザーズ 「ハーベスト ゴールド」” 
(限定 5着 )
¥75,000(税込み価格 仮縫いつき、フルハンド、そして好事家向き)


問合せ先 e-mail bespoke@rikughi.co.jp
phone 03-3563-7556
telefax 03-3563-7558








copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa
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by momotosedo | 2009-02-10 00:17 | ■100年素材

2月8日(晴天) 100年ラスト 「コードバン」









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(コードバンの靴の「下敷き」になっているのは、祖父の残した往年のWashington Tremlettのカシミアと小紋柄のシルクとのダブルフェイスになったスカーフ、カシミアには少し虫食いの跡があったりするのですが、祖父の代わりに今でも私は愛用しています、)



コードバンの靴は多分、5~6足持っている、旅が多かったので「履けばはくほど美しくなる」という注文靴屋のその言葉に魅かれて、どこへ行くにも必ずトランクの底に一足は携えていた、一時は一週間すべて「コードバン」というのも試してみた、


この「コードバン」は、その中でも愛着があるもので、その店にあった100年前のラストをもとに、少し変わったつくりにしてある、ウエストもフラットウエストで、ベベルドにしていない、出来上がった当初は、靴屋が凝って「古文書(オールドペーパー)」のような質感に特殊な方法で染め上げてくれていたが、当時(もう30年近く前になる)の私はまだものが分かっていなかったので、染め直させた、もったいないことをした、


しかし、100年前のラストとどこかノスタルジーを誘うコードバンという素材の組み合わせは愛着をわかせて、冬の季節はづれのドーヴィルの砂浜も、マラケシュの迷路のようなマーケットでさえこの靴で歩かせた、


愛用してみて分かったのは、コードバンというのは「ドレス シューズ」には向かない、或いは「ドレス」的な生活には不釣合いで、やはりどこか少年っぽい気まぐれにまかせられるライフスタイルに向いている、




100年素材」のひとつとして、コードヴァンを研究していて、半年がかりで納得のできるものも手にいれたが、

それを説明しようと思って、この愛用の「コードヴァン」を取り出してみると、いや、本当にコードヴァンという素材に必要なのは、この極めてエレガントでクラッシックなラストなのではないかと思えてしまう、




いま見ても、100年前のラストは、チゼルだ、フィドルだ、という以前に有無を言わさずエレガントな姿をしている、それは、歴史の時間のなかで具体的に人が生きた「エレガントな生活」を背景に生まれたものだからだと思う、


服も靴も、結局、それが必要で、人が美しさに魅かれる理由も、モノが確かな美しさを持つ理由もそこにあるように思えて仕方ない、


つまり、あっさりと言ってしまうと、我々の届かない遠い時間にこそ時の流れに風化しない「美しさ」というのは眠っていて、それが何かの拍子に発見されると、その美しさを見て、今の自分の浅はかで薄っぺらな美意識を呪ってしまう、



「100年素材」というのを研究していて、祖父や叔父が残した、ドーヴァストリートに居を構えていた頃の職人の魂の残った「マックスウエル」や、ロシア王朝の極めて精緻なエレガンスを偲ばせる「モイコフ」や、いまはない、ブダペストの靴屋の仕事をあらためて見つめ直していると、実はいまみるべき実体はその歴史の向こうにあるのではないかという思いが強く残る、

大久保も、いまになってもっともっと昔の良い靴を見ておけば良かったと思うんです、といみじくも繰り返しているけれど、何を「見てきたか」、何を「愛用していたか」というスパンが、いまのモノをつくる人は案外、短くて、それがつくれるモノの美しさを限定し、迷わせているのではないかと思う、


「コードヴァン」の美しさの力強さは、持ち主とともに記憶を確かに残していくことにある、この革は時を経て表情を素直に映し変えていくのだ、それが愛着をさらに誘う、そして、その「時の移ろい」はそれに相応しい完結した美しいラストを必要としている、


やんちゃな少年の気分をもった人に愛して欲しい「コードヴァン」だからこそ、その記憶は美しい白鳥のような外連(けれん)のないラストに閉じ込められるべきだ、とそう強く思う、










copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa
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by momotosedo | 2009-02-08 06:02 | ■100年素材

2月5日  「歪んだ真珠とAimee Mullins」







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大久保は一日中、靴のことを考えているそうです、私はもう少し大きく靴を捉えて研究し続けています、六義は「変わっている」とよく言われますが、アプローチの奥行きをより深く持っているだけです、アインシュタインが言うようにいつも同じやり方では解を望めないことがあります、

その意味で、ここでご紹介したいエイミー・ムュリンズのアプローチも彼女独特のものといえるでしょう、
そのキャリアを手短にご紹介しましょう、ムュリンズは、アトランタパラリンピックでの世界記録をもつスプリンターであり、女優、そして伝説となったアレキサンダー・マックイーンのショーで衝撃を与えたファッションモデルでもあります、

そして生まれながらにして腓骨が欠落しているというハンデイを背負い、そのため幼いときに両足を膝下から切断しています、


しかし、彼女の微笑みに曇りは見出せません、人生を愉しんでいるようにみえます、これは、我々が思っている以上に相当なことです、


義足をつかって歩くことを覚え、そして走る喜びをみつけ世界レベルで競争できるスプリンターとなり、地元のジョージタウンの大学では外交と歴史を専攻しました、2008年にはトライベッカ/ESPNスポーツフィルムフェステイバルの公式親善大使にも選ばれています、
なにより、彼女は新しいコンセプトの義足の開発に情熱的に取り組んでいます、MITとも共同でロボット工学を駆使した電動くるぶしも開発しています、


アプローチとはこういうことです、良いアプローチはまっすぐに解に向かっています、





そして、いまほど「テクノロジー」の恩恵をはじめアプローチの多様性を得られる時代はありません、私は、その意味でいまの時代は「バロック(『歪んだ真珠』と18世紀には揶揄されてそう呼ばれました)」だと思っています、


バロックが宗教戦争によって国家や社会が分裂していく「闘争」の時代の不安を背景として、秩序を超越するマニエリスムのうねりに身を委ねたように、いまもまた、過剰なまでに、これまでの「秩序」を越える「革新」と「流動性」を求めていく時代だと思っています、

アプローチの方法をどこまで進化させられるか、そういう時代だと思います、


ただ、歴史をみるとマニエリスムは必ず新しい「秩序」に収束していきます、18世紀の合理主義が17世紀の「バロック」を悪趣味と侮蔑し、それを20世紀で何故か再評価したように、この時代もまた、批判され、「新しい秩序」に収束していくのでしょう、


そして、その世界の「新しい秩序」というものが「誰の」手によってどのようにつくりあげられるのかを見極めていくべきで、バロックというのは、どちらにしても短く終わらざるを得ないものだとも思います、
























copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa
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by momotosedo | 2009-02-05 04:12 | ■21st Century Style