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11月28日(晴天)  「贔屓のひきたおし」 サムソン・フランソワと斉藤史



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贔屓の「引き倒し」、、、誰が何と言おうと、どうしても魅かれてしまうモノ、、私の場合は、サムソン・フランソワのピアノと斉藤史の歌とフォートナム&メイソンのエクレアだろう、エクレアはパリの皮が堅いものも旨いと思うが、サバランのようにしっとりと濡れたフォートナムのものは、子供の頃食べて世の中にコンナ旨い菓子があるのかと驚いた記憶がこびりついている、 
いまはどうか知らないが、フォートナムの地下食料品売り場は、ヨーロッパ中のハムやチーズ、ワインなどが並び、その色とりどりのタイル張りの床の意匠も含めて、子供心にもワクワクするエピュキリアンのスノッブな殿堂だった、


 「夜毎に月きらびやかにありしかば唄をうたひてやがて忘れぬ」 


フォートナムのエクレアは、子供の頃のまま、味が変わっていないような気がする、白状すると、いまでもロンドンに出掛ける度に密かに買い求めてしまう、「贔屓の引き倒し」は、多分、こんな風に何らかの錆びた記憶がどこかに引っかかていて、それを味わうたびに、ついでに遠い記憶もふと思い出して、小さなタイムスリップをする快感が忘れがたくするのだろう、


  
  「たそがれの鼻唄よりも薔薇よりも
            悪事やさしく身に華やぎぬ」



SLIP INTO、、、はるかな記憶にすべりこむ快感は、とりあえず時を重ねてしまったこの歳になった恩恵ともいえる、フレッシュなヴァージニテイは失ってしまったが、持て余すほどの体験は抱えている、サムソン・フランソワというピアニストが、現在どのような評価にあるのかは知らない、ソラーロさんも愛聴なさっていることで少し自信が持てたけれど、この天才肌で「快楽主義者」のピアニストは、誤解を覚悟でいうと私にとっては「フランス版グールド」ともいえる存在だ、享年46歳、酒好きで心臓発作で急逝した、


  
  「ほろびたるわがうつそ身をおもふ時
           くらやみ遠くながれの音す」


サムソン・フランソワは、もう二度と現れないだろうタイプのピアニストで、グールドと同じように彼自身の肉体が音楽を抱えていた、ダンデイで華やかなナイトライフを愛し、移り気で演奏にムラがあった、およそ模範的な音楽家ではなかった、
ただ、生まれついての天才で、メロデイーの申し子だった、楽曲の「解釈」という以前に、サムソン・フランソワという「音楽」がある、
恐れることなく、フランソワのラベルと、グリーグ(ドビュッシーは有名だが、あえて、、)については私は忠実な信奉者だと告白できる、とくに、ラベルのピアノ曲、夜のガスパールなどは、私にとっての「グールドのゴルデンベルグ」といえる、


  
「或る瞬間(とき)にひろげられたるわが指の五つの方向(むき)に色を失ふ」



そうして、斉藤史。日本語に飢えていた10代の私は、家の本棚にあった斉藤史歌集(第一歌集「魚歌」は昭和15年刊行)と何冊かの「荒地詩集」(鮎川信夫らの荒地同人による詩集、昭和26年から昭和33年にわたって刊行)を見つけた、

そこには、求めていた「格好良い」日本語があった、短歌や詩という何度も読める短いものであったのも幸いした、正直に言うと、斉藤史より「荒地詩集」の方に耽溺していた、ここにある日本語は、学校で学ぶものにない鮮烈さがあった、感受性ばかりで角立った10代の私は夢中になり、ほとんど毎日のように繰り返し気にいったページを読んでいた、空で言えるものもあったように思う、そして多分、私の日本語のコンセプトはここにある、


  

「さくら散るゆふべは歌を誦しまつる
       古き密呪のさきはひは来む」



斉藤史の「確かさ」は、言葉の組み合わせの意外性に頼ることなく、歌の鮮烈さを紡ぐことのできる「力」と「余裕」にある、それは、その「出自」と「生き方」の良さだと思う、(斉藤史は二・二六事件に連座した「歌人将軍」、斉藤瀏少将の娘、三島由紀夫の「豊饒の海」、鬼頭槇子のモデルといわれる)、
斉藤史の生き方の姿の「良さ」と「凄さ」は、二・二六の後、昭和15年に刊行された第一歌集「魚歌」が当時、歌は詩ではないと歌壇から無視されて以来、歌人としての豊かな「本物」を内包しながら常に先鋭であり続けたことや、その後60年に渡って、二・二六で無為の死を遂げた「仲間」である青年将校を詠い続けたことにも現れている、

  

「転生の緋芥子群落 血塗られて折れ易かりしかの若者ら」



ただ私が斉藤史になおさら魅かれるのは、歌のその先をいく「走者」としてだけでなく、歌を詠む人としてのその豊かな「余裕」にある、そこには優雅な「ユーモア」と呼べるものさえある、80歳のとき詠んだ歌を最後にご紹介しよう、

  

うす汚れたる花も花なれ

   「老いてなほ艶(えん)とよぶべきものありや 
                         花は始めも終りもよろし 」
                  






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by momotosedo | 2008-11-28 21:32 | ■百歳堂 a day

11月24日(陰、雨)  東と西



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東と西、 といっても何も私は深遠かつ博学な文化的考察をここで開陳したいというわけではない、ことは、もっと現代的、極めてマテリアルな話題である、

つまり、ニューヨークのアッパー「イースト」とアッパー「ウエスト」のことだ、
元来、セントラルパークをはさんで、イースト(東側)は東部エスタブリッシュメントを中心とする生まれついての「上流階級」の牙城として知られ、対してウエスト(西側)は、同じ金持ちでも成功したビジネスマン、ファッションデザイナー、俳優など、名もあげ金も稼いだが少しボヘミアンな部類の種族が住むという色わけがなされている、



アッパーウエストに住む、こうした金持ちにとっては、「いつかは」アッパーイーストに住むというのが根強い憧れ、イヤ、一種の強迫観念となっている、ここら辺りの感情は遠くはなれた極東の人間には、分かるようで正直分からない、
だが、これはニューヨークで成功するという「双六ゲーム」においては、一種の宿命、ゴールのようなもので、彼らはアッパーイーストに住むためにはあらゆる手段を使い、何年でも虎視眈々と待ち続けている、、
というのも、そこには簡単にはいかない「障壁」があるからだ、、、




そんなことが思い浮かんだのも、ユニオンリーグクラブで知り合った友人が、先頃、或る著名人が住んでいたというアッパーイーストのプレステイジャスなアドレスのアパートが売りに出されたことを知らせてきたからだ、

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お値段は約2000万ドル(約20億)、広さと番地にもよるけれど、これは相場的にはそう高くはない、通常なら申し込みが殺到して、下手をするともう1000万ドルぐらいはプレミアがついていく値段だ、金融危機以来、こうした超高額なアパートの値動きにどう影響がでているかは知らないが、多分、そう変わりはしていないのではないだろうか、



こうしたアパートを購入する場合、ローンは許されないことになっている、すべてキャッシュで清算すること、
しかも、経済的な審査基準として、通常、購入価格の3倍の現金資産をもっていることが必要条件となる、つまり、20億でうまく落とせたとしても、その他に60億のキャッシュを持っていなければならないことになる、あわせて80億、そういうキャッシュを右から左に動かせる人間でなければ、そこそこのアッパーイーストの住まいは適わないということだ、


さらに、80億ぐらいのキャッシュなら、いつも押し入れにいれて用意しているという羽振りの良い貴方にも、まだ難関が残されている、むしろ、ここからがニューヨークらしい、双六ゲームの見せ場だ、


大概、こうしたアパートはCOOPという住民管理のシステムになっていて、「ボード」という委員会がある、こいつがクセモノなのだ、

そもそもパークイーストの名門COOPそのものが、ニューヨークの社交界、上流社会の牙城そのもので、「COOP」という言葉、それも「アッパーイーストの」COOPという4文字は、或る種のニューヨーカーには憧憬をこめた甘い響きをもつ、
日本ではアメリカには貴族がいないとか平気で云う人が多いが、現実にはアメリカ貴族というものは存在し、ヨーロッパの上流社会が歴史の長さに、いささか、中だるみしている昨今、ニューヨークの社交界カレンダーはかえって綿密に正確に運営されている、ニューヨークほどヒエラルキーがはっきりしていて、またそれを厳格に守ろうとしている街はない、


こうしたCOOPが、なんらかの理由で売りに出された場合、名門COOP(パークアベニュー東700番台番地など)になればなるほど、審査基準が厳しくなる、先ず、こうした物件をただ見に行くだけでも、不動産エージェントに納税証明書、ならびに財産目録証明を提示しなければ適わない場合もある、しかも、エージェントは、これら買い手の財政状態ならびに、「社交面」での背景を慎重に調べ上げ、はじめて内覧が許される、

「社交面の背景」という、この含みのある表現にこそ「ニューヨーク上流階級」の排他性と矜持が隠されている、アッパーイーストのCOOPの審査が俳優、女優、デザイナーなど「現代的」なセレブリテイーに厳しいのは、パーテイなどの人の出入りが頻繁なのは他の住民の迷惑となって好ましくないというのが表向きの理由だが、明らかに「新興成金」とは一線を引きたいという頑なな姿勢が見られる、


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ニューヨーク社交界のアイドルであったトルーマン・カポーテイは、イーストサイドの名門COOP「The Alexsander」に居を構えていたが、東49丁目250番地という「アッパーイースト」というには少し気がひけるアドレスだった、ちなみに、このアレキサンダーには、キャサリン・ヘップバーン、同じ南部出身のダンデイ作家トム・ウルフが住んでいた、

どうしても、アッパーイーストに住みたかったが、結局適わなかった有名人は枚挙のいとまもない、例えばその一人が不世出の歌姫、バーバラ・ストライザンドだ、私は幸いにも短いステージを見たことがあるがやはり素晴らしいといわざるを得ない、この人とライザ・ミネリはアメリカンクラッシックの最良のパフォーマーと云える、

ストライザンドは、アッパーウエストのCOOPにペントハウスを持っていたが、やはり「いつかは」アッパーイーストへという想いを抱いていた、

ストライザンド自身は、割りと知的な人らしく、パーテイに明け暮れることもなく、どちらかと云えばひっそりと自身のライフスタイルを愉しむタイプでCOOPの住民としてもふさわしかった、スッピンのまま早朝のセントラルパークを犬をつれて散歩したりという、そういう自身のライフスタイルへの自信もあったのだと思う、


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ストライザンドが、最初に目をつけたのは、1917年に建てられた5番街927番地のこじんまりとした、しかしグランドセントラルステーションを設計したワレン&ウエトモアの手によるアメリカンルネッサンス様式のエレガントなCOOPだった、
このCOOPを全国的に有名にしたのはレッドテイルと呼ばれる尻尾の赤い鷹が、12階の石作りのルネサンス風の飾り窓の上に巣をつくったことによる、朝のニュースショーで紹介されたこの鷹は一躍、ニューヨーク中の人気者になり、ジャーナリストのマリー・ウインは、さっそくこの鷹にPale・Maleという名をつけた、


実に趣味の良い、しかもボード審査を考えても最良の選択と思われた、


実際、このコープには女優、コメデイエンヌのマリー・タイラー・ムーアー、ニュースキャスターのパウラ・ザーなども住んでおり、多分にストライザンドとしては、エンターテイメントのキャリアとしては自分の方が格上と考えていたのではないだろうか、

ストライザンドは、用意周到に当時のニューヨーク市長の推薦状もつけて、ボード審査に望んだが、結果は芳しくなかった、これが躓きの始まりだった、

失意のストライザンドが次に向かったのが、「パークアベニュー740番地」だった、これは、相手が悪かった、このCOOPのかつての住人には、ロックフェラー、ヴァンダービルド、クライスラーというニューヨークを代表する政財界の大物が名を連ねている、世界でも富と名声が集中した稀なアドレスなのだ、

結局、ストライザンドは断られるのだが、その断り方も、この世界有数のプレステイジャスなアドレスにふさわしく、本人に悟られることなく不動産エージェントの巧みな誘導により、ストライザンド自身が自分には合わないと思わせるような工作がなされたという、


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こうして、結局ストライザンドは「アッパーイースト」をあきらめ、結婚相手の都合もあり、ニューヨークにも別れをつげロスアンジェルスに居を移すことに決めた、

「アッパーイースト」に住むことを夢見て、永らく市場価格を上回る値付けでマーケットに出されていたアッパーウエストのCOOPのペントハウスにも、新進ポップシンガーによる高値購入の申し込みがあった、しかし、やれやれと思っていた矢先、ストライザンドに「悲報」が届く、、、そのポップシンガーの申し込みはボード審査で撥ねられたのだ、、、




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by momotosedo | 2008-11-24 02:43 | ■百歳堂 a day

11月23日(晴天) クリスマス 近し 深夜特急便 





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美味そうなプラータチーズ(「ジャージの王様」さんのブログです)とハムの写真をみているとせっかく風邪で有り余るウエイトを少しでも落とせそうなことを忘れてキッチンに走りそうになる、なんとか思いとどまって、風邪の間にたまった郵便物を整理しはじめた、

白い封書はロンドンのクラブから。
アートコミッテイーのチェアマン、アントニーからメンバーのヘンリーがパリの叔父から譲り受けたMichael Pelopidovich Lattry (1875 Odessa - 1942 Paris 亡命ロシアの画家)の膨大なコレクションの我がクラブでのエクスビションについて、手助けを乞うとの依頼、

それにしても、こうした依頼文における英国人のボキャブラリーとイマジネーションには脱帽する、「思わず、、」というのを誘う、「偽善的ではあるが公明正大」という古からの英国外交ポリシーを想いだす、、、自分が割ける時間での協力は惜しまないが、むしろフランクの方が適任であると、自分でも関心するぐらいの優美で遠まわしの断りの文面を書いて、なんとかクリア、



クリスマスも近いせいか、それに類するDMも多い、取るに足りない色々の郵便物をくずかごに投げ入れ、次に目をひいたのが、ニューヨークのオークションハウスDOYLEからの「IMPORTANT ESTATE JWELRY」のお知らせ、クリスマス前に何らかの恩義のある女性には見せたくない郵便物の最高峰のひとつといえる、オークション日も12月10日というベストタイミング、

カルテイエ、ブチョラッテイ、ヴァンクリフそしてテイファニーなどなど往年の煌びやかな逸品が並ぶ、なかにはダリ デザインというものもある、私は割りと鉱物好きなので愉しく見るがうるさくもあり、カタログで気になるのは数点で(といっても、超高価)、やはり好きなファベルジェはこんなところには出てこない、



今週は、クライアントの方々のご来店の予定も多く、やっと風邪から抜け出せたのは幸いだった、
クリスマスといえば想いだす一曲を、天使の歌声とともに、、、、




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by momotosedo | 2008-11-23 02:59 | ■百歳堂 a day

11月21日(ようやく風邪から立ち直りつつある)  優雅な死は最高の復讐である  




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ヒックション、、、クシャミと咳は少し残っていますが、ようやく風邪から立ち直りました、「ジャージの王様」さん、「ソラーロ」さん、暖かいお気遣いをありがとうございました、元気づけられました、ホットカルピス、さっそく試してみました、美しい花の写真集、愉しんでいます、


風邪のおかげで、ここ何日間かはベッドでぬくぬくと読書を愉しむことができたのは幸いです、これこそは贅沢な冬の愉しみ、せっかくだから普段できない読書をと考えた末、英雄、王族、大富豪、プレイボーイ、などなど興味のある人物の「最期」=死に方をまとめて読んでみることにしました、瀕死(?)の私にこれ以上ふさわしいものがあるでしょうか、


「優雅」な死は最高の復讐である、、、、

死なないで良いならば、それにこしたことはありませんが、残念ながら生物としての人間には限界があります、加えて、ドラマチックな人生を好む豪傑には、ときにして運命の限界も襲ってきます、



例えば偉大なる王にとって、その死後の評価を高めるかどうかの決め手は、ひとえに最期の時への身の処し方にかかっているともいえます、一生をかけて築いてきた名声が、一瞬の油断で永遠に汚されることになってはいけません、

どちらかというと気の弱かった英国王チャールズ一世さえ、1649年1月30日午後2時、斬首刑へと向かうとき凍てつくような寒さに思わず身震いして、それが刑を怯える震えと誤解されるぬよう、慌ててシャツを2枚重ねて着込んだといいます、優柔不断なルイ16世でさえ、ギロチン台では、感動的な演説とともに毅然として首を差し出したといいます、ただ、その毅然とした態度は、もっと早く在位中に見せるべきでした、


逆に最期の時に失敗してしまったのは、ルイ6世で、狩猟の際に飛び出してきた豚に驚いた馬に振り落とされて命を失くしています、シャルル8世にいたっては室内テニス場に向かう途中で転んで、かいば桶に頭をしこたまぶつけたことが命取りになっています、

さあ、ここまででも、もうお分かりでしょう、「在位中は優柔不断な王であったが、最期は毅然としていた、」と云われるのと、「幸せな王だったが、転んで頭をぶつけて死んだ」と後世にわたって云われ続けることを考えれば、いかに最期の時が大切であるかが、




私は特別、憧れの対象となるようなドラマッチックな死に方を望んでいませんが、少なくとも正当な死は迎えさせて欲しいと望みます、


いかにもその人物らしい最期といえば、あの世紀のプレイボーイ、ルビローザを想いだします、夜通し続いたパーテイの後、愛車フェラーリーを全速力で飛ばしたあげくの、朝まだきのブローニュの森での事故死、不謹慎ですがルビらしい最期といえます、ルビの伝説と「名声」は守られました
逆に、大富豪であり、世界的な大馬主でもあった「プラチナ王」チャールズ・エンゲルハートは病床にあってコカ・コーラを飲んで心臓発作を引き起こして命を落としています、せめて、年代モノのシャンパンを選ぶべきでした、


こうして考えると、死への準備と油断ない気遣いをする人間の少ないことに気づきます、できれば考えたくない分野なのかもしれません、
しかし、この分野における、コンセプト、美学、具体的なノウハウにおいて世界で最も優れていたのは、云うまでもなく戦前までの日本です、英国紳士がいまだ最後は「ヘベレケ」になるまで酔っ払うというコンセプト以上のものを持ちえていないことを考えると、その綿密ともいえる具体的な「作法」は異次元の芸術とさえいえます、

かつての日本の死生観は各個人の勝手ではなく、普遍化された美学に昇華されているのが特異です、


それは、美しいもので、内実のある哲学に裏付けられたものですが、21世紀の私が心酔できるかというと、今はそう思えません、




4日間、人の最期ばかり読みふけったヘソ曲がりの私にとって、ただひとつだけ感心した「最期」がありました、1959年2月3日に亡くなったニューヨークの富豪、ヴインセント・アスターの最期です、

別段、変わった死に方をしたわけではありません、家族に見守られ清潔なベッドで安らかに亡くなりました、
ただ、遺言ともいえる一言を、その妻ブルック・アスターに残しました、

この莫大な資産を、、、、


「頭を使って社会の本当に必要なところに還元し、すべて使い切ること」



そして、事実、その妻ブルックは、夫の言葉に真摯に従い、その後の48年間の半生をこの言葉通りに生きました、総額約2億ドル、しかも彼女は、ただ寄付するのではなく、ハーレムでもブロンクスでも自分の足で歩いて、確かめた上で、寄付を自ら届けました、


ブルック・アスターは105歳で、昨年、夏、惜しくも亡くなりました、100歳をすぎた辺りから認知症がでて、遺産相続で家庭内のもめごとが起こったことは残念ですが、彼女の半生は祝福されたものだったといえるでしょう、そして、ブルック・アスターのいたニューヨークも、

それを導いたのが、夫ヴインセントが最期に用意した言葉です、、、どうですか、実に「優雅な」死にっぷりです、自身だけでなく、妻を祝福された人生に導き、かつ愛したニューヨークも、、、
これ以上は云いません、噛みしめてください、、、



ところで、「優雅な死は最高の復讐である」、、、何に対する「復讐」かって? もちろん、この愉しい人生に別れを告げなければいけなくなった死=死神への「復讐」です、、、、







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by momotosedo | 2008-11-21 03:00 | ■百歳堂 a day

11月18日 (晴天、風邪気味)  風邪とグールドとサイダー





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Marika Bournaki
百歳堂 |  風邪とグールドとサイダー



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金曜の夜から、久しぶりに風邪をひいてしまい瀕死(大げさか)状態です、
幸いにも大病を患ったことがないので、その分、病気との付き合い方を知りません、


かかりつけの医者はあっさりとしたもので、薬を4日分処方して手渡されただけです、扁桃腺を確かめるために、喉をみるときに上手く口が開けられずあきれられました、

でも、まあ風邪も愉しまなければなりません、

そうしたわけで、薬以外に風邪をひいたときの私の定番は、三ツ矢サイダーとグレングールドです、

サイダーは幼児体験でしょうね、子供の頃、痛めた喉に炭酸が心地よかった記憶がこびりついています、グールドは微熱っぽい頭に、これも心地良い、

私の風邪の定番にグールドが登場したのは、大昔、ニューヨークで風邪をひいてしまったときです、このときは、三ツ矢サイダーもあるわけでもなく、立ち寄ったユニオンスクエアのファーマーズマーケットでアップルサイダー(りんごを絞ったアメリカンホームメイドの定番の飲み物です)を初めて買いました、アレって、サイダーというのに、炭酸じゃないんですね、試し飲みして訝っている私を不審に思ったのか、売ってるオバさんが声をかけてくれて、事情を説明すると、「ホット アップル サイダー」(後で聞いたら、これもニューヨークの冬の定番の飲み物で、逆に知らなかったのかと驚かれました)という飲み方を教えてくれました、つまり暖めて飲むと、ホントに身体の芯から暖まるよ、と、オバさんの純な心配顔にほだされて、安かったので数本を買いました、



アパートに戻って、試してみるとシナモンが入っているせいか、確かに汗をうっすらかくぐらい暖まりました、それに、ニューヨーク近郊の農家の人が売っているだけあって、りんごが新鮮で、頷くほど旨くて、元気が出ました、

元気が出た私は、音楽でも聴こうと思って、セロニアス・モンクのLPジャケットを取り出して、ライナーノーツ(大昔のジャズのライナーノーツはどれもしっかり書いてあって、面白かった)を何気なく読んでると、もう裏覚えですが、「このレコーデイングのモンクは、まるで日曜日の午後に聞くグレングールドのように、、、」とかいう言葉があって、それで例のゴルドベルグを手にとったというわけです、そのころは、ニューヨークではグールドは異端という賛否両論の声がまだあったと記憶しています、ゴルドベルグはそれほどのセンセーションだったということです、

グールドについてここで言葉を費やすことは無用だと思います、判官贔屓という言葉があるように、「グールド贔屓」という言葉を生み出す稀有なピアニストです、


そのかわり、近頃贔屓にしているピアニストをひとり紹介します、長七郎さんからワイアットをほめてもらい、仲間が増えたようで嬉しかったので、図にのりましょう、


ワイアットと違って、このピアニストは1991年生まれという俊英です、グールドと同じカナダの人で、今年5月にカーネギーホールでガラデイナーとともにセンセーショナルなニューヨークデビューを果たしました、17歳です、しかもかわいい女の子です、ただ、すでにアーテイストとしての貫禄と気構えを身につけています、「将来を約束された」という形容詞がつく17歳です、

映像は、グレングールド財団の記念館で、グールドが愛用したスタインウエイをひく、俊英、マリカ・ブルナキです、、、ゴホン、ゴホン、、、寒くなってきました、どうぞお体をご自愛ください、、、














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by momotosedo | 2008-11-18 22:03 | ■百歳堂 a day

11月14日  満月とROBERT WYATT


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百歳堂 |  満月とRobert Wyatt






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あまり、自分が聞いている具体的な音楽家の名前をだすのは好まない、
それは、もうCDを意識的に手にしないで、極力、コンサートに出掛けるようにしていることや、それに好きな音楽家から自分を探られるのも違うような気もして控えられるからだ、

ただ、こんな私でも新譜がでれば必ず買うようにしている贔屓は、極めて数少ないがいないわけじゃない、その一人がロバート・ワイアットで、久しぶりにワイアットを思い出したのは、あまりに満月が見事だったからだ、

夜明け前の公園を散歩していて木立の向こうにいる満月と、雲と空をみているとワイアットの、あの「声」を想い出す、


ワイアットは、一種、フランク・ザッパともいえる人で、出すアルバムに駄作がない、そしてどれもワイアットそのもので60年代以来、音楽に対するある種の信念を保ち続けている、
この人の魅力は、優れたソングライテイングとその声にある、ワイアットは声の人なのだ、そして、それには訳がある、


私がもっとも音楽にひたったのは、60年代後半から70年代で、ロンドンの街自体が音楽に溢れていたし、先鋭的な音楽としてロックが登場し、毎夜のように新しいバンドが生まれていった、レコードになるのを待つよりは、新しい、格好良いバンドの噂に導かれ、ライブを見に行くのが主流だったのだ、実に幸せな時代だった、



ワイアットは、そのころダダ的ともいえるジャズロックバンド「ソフト マシーン」で、ドラムとボーカルを担当していた、

ソフトマシーンは、先鋭的なバンドで面白かったし、上手かった、或る意味プログレッシブロックといわれるものの先駆けだったといえる、当時、ロンドンのUFOクラブとかでライブを何回か見たことがあるが、ワイアットのドラムは、シャープで先鋭的でカッコよかった、かなり上手かったのだ、
この当時から、ボーカルにもワイアットは拘りがあったようで、声を楽器のように使い、ちょっと新しいコンセプトを感じさせた、

ただ、ソフトマシーン自体は、やがてジャズロック的な楽曲中心になっていき、ボーカルにも拘りたいワイアットと乖離していって、結局、ワイアットは脱退し、当時としては、かなり精鋭的なメンバーで「マッチング モール」というバンドを結成する、(マッチング モールというのは、ソフトマシーンのフランス語訳を、むりやり「英語読み」して名づけられたらしい、シェルシェミデイを「チャーチ ミデイ」というようなもんだ、ちなみに、こういう英国人は60年代、私の周りにもいた。当時、ソフトマシーンはパリでも人気があった、こういうバンドは意外とパリの知性的な若者に受ける)

数枚アルバムを出し、そして、ここからがワイアットの特異な音楽人生がはじまるのだが、何とワイアットはパーテイでテキーラーとラムをしこたま飲んで、酔っ払ったあげく建物の5階から落下し、脊髄を損傷して、半身不随となる、生きていられたのが奇跡なぐらいだ、



もちろん、ドラムプレイヤーとしての生命は絶たれたわけで、これは当時のロックファンにはショッキングなニュースだった、これでワイアットもおしまいかと思われたが、デイビッド・ギルモアをはじめとする仲間の手助けで、車椅子のミュージシャンとして74年に傑作「ROCK BOTTOM」を発表する、ここでのワイアットの「声」は先鋭的でかつ素晴らしく美しい、同時期にロイアル ドリユリー レーンで行われたそのアルバムと同メンバーによる復活ライブは永らく伝説となっている、下に貼り付けたBBCでのスタジオライブ「Sea Song」はそのアルバムに収められていた名曲だ、

車椅子というハンデイを背負って、むしろワイアットの「声」がよりクローズアップされたのは幸いだった、神様も捨てたものじゃない、

ワイアットは、いまも独特のポジションで、ヨーロッパには彼のファンは根強く、「大御所」として尊敬されてもいる、不世出の女性トロンボーン奏者アニー・ホワイトヘッドなど常連のサポートメンバーとともに音楽活動を続けている、












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by momotosedo | 2008-11-14 04:02 | ■百歳堂 a day

11月13日(晴天、そして見事な満月あらわれる)  「 Correct Style 」





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「Correct Style」、訳せば「正しい姿」となる、なんとシンプルで力強い言葉か、
ただ、これを説明するとなると、とたんに捉え難く、説明しずらいものになってしまう、

例えば、テーラーを選ぶコツは、この「Correct Style=正しい姿」をつくれるかどうかを確かめることにある、その服を生涯、或いは少なくとも十数年間かは着続けねばならない訳だから、これは仇や疎(おろそか)かにはできない、男にとっては婚姻に次ぐ重大な決定ともいえる、できれば何も云わないでも、そういう服がサッと出来上がってくる信用のおけるテーラーが有難い、

しかし、ここで

ややこしいのは、名の通った老舗だからといって「正しい姿」がつくれるかといったら、今や残念ながらそうではなくなったというところにある、私の時代でさえそうだから、今や推して知るべしだろう、

もっとややこしいのは、悲しいかな端(はな)から「Correct Style=正しい姿」を知らないテーラーがいることで、これはもう技術以前の問題といえる、



こうした結果、現在、我々は本物を手にするためには、逆にそれを見抜く知恵を身につけなければ適わないというメンドウな状態に陥っている、

そういう方のために、ひとりの老テーラーをご紹介しよう、



1999年まで私はジョージというパーソナルテーラーと付き合っていた、何故99年までかというと、この昔気質(かたぎ)のテーラーは2000年元日を期して完全に引退してしまったからで、それは、何年も前から計画していたことだという、ここら辺りが古の英国人らしい、

ジョージにお世話になっていた有名(その中にはあのベッカムなど著名人も多く含まれる)、無名のダンデイたちは、当然引き止めたが、彼の決意は固く、しかも彼は、律儀にも引退パーテイまで用意して親しい顧客を招待してくれた、それは、小雨模様の12月の或る日、デュークストリートにあるフレンチレストランで行われ、大げさなサプライズはない分近年稀な心温まるパーテイだった、

その招待状には、「皆さんとお別れすることは寂しいけれど、、、Correct Styleに半生を捧げたことは誇りに思う、、、」とあった、


その文面通り、ジョージは、「Correct Style」に厳しかった、
あらゆるスタイルとテーラリングについての生き字引であり、時にその着こなしにも口をはさんだ、
事実、成功したニュービスポークの旗手といわれる或るテーラーのテーラリングの顧問もしていて、ジョージがいなければその成功も成り立たなかったろう、


いまから10年前の私は、半引退生活ともいえる気ままな生活を送っていて、東京に居を移してはいたが、毎月、ロンドン、パリ、ローマ、ウイーンなど、どこかの街に出掛けていって、そこを拠点としてウロウロさ迷っていた、大した目的もない分、人やものをゆっくり味わえた時期だった、

この時期に私がしたことと云えば、、、そう、エレガントなスーツを着て、エレガントなレストランへ行き、エレガントなものを見て、、、という、どう贔屓目にみても人に誇れるようなものではないが、瞬く間にすぎていった時間のなかで、見過ごしたもの、もう一度、しっかり見ておきたいものを、心行くまでみておけたのは、その後の、急速度の時代の変化を考えれば、今となっては貴重な財産になった、



だから、ロンドンに辿りつけば、翌日、手持ちのスーツに念のためアイロンを当ててもらうために、ジョージのワークショップで午後の数時間を過ごす余裕はたっぷりあった、



或る秋の日、メイフェアの我がクラブに辿りついた私は、荷解きをする間もなく、どこで嗅ぎつけたが悪友につかまり14時間のフライトの後にも関わらず、通りの向こうにある「ブルックス」(1764年設立のジェントルメンズクラブ)のバールームで深夜までつきあわされるハメになった、

このホイッグ党のエリートの牙城「ブルックス」のロンドンにおける高名は、そこに集うメンバーのハイエストぶりという理由だけでなく、もうひとつ、カードルームの異常ともいえるハイレートにある、


それは、健全なる我がクラブのメンバーの多くが、ブルックスのカードルームには近づくなと、まるで貴重な処世訓のように繰り返すことでも、それがどれほどスリリングなものかが察せられる、

しかも、そのスリルは大概一晩中、或いは一日中続くのが「常」ということだ、しかも、ブルックスには独自の「清算システム」もある、



通常、クラブのメンバーはそれぞれのアカウントを持っていて、クラブ内の支払いにキャッシュが現れることはない、すべてサインで処理され、適当な時期に請求書が送られてくる、紳士は金のことを口にだすのは下品だというありがたい伝統がいまのところは続いている、
何でもブルックスでは、このハイレートのギャンブルの勝ち負けも、机上でキャシュが飛び交うことなく、すべてメンバー間のアカウントで清算されていくという、つまり、負ければマイナスが増え、勝てばその分だけマイナスはアカウント上で清算されていく、いつメンバーがそれを現金で清算することになっているかは知らないが、なかなか紳士的(?)なシステムではあると感嘆せざるをえない、


そのせいもあって、翌朝、私はベッドから這いずり出すのに苦労した、それでもボリュームたっぷりの英国式朝食と格闘した後、なんとか人並みの活力を取り戻し、いくつかの用事を精力的(?)にこなして、ひと休みも兼ねてジョージのワークショップを訪れることにした、


このときすでに、ジョージは2000年には引退すると公言していた、
ジョージとはとにかく長いつきあいで、向こうは私の無茶な若い時代も知っているわけだし、一種の戦友に似た空気があって、お互い気取ることなくイギリスらしいピリッと皮肉の効いた冗談の応酬も、昔話も愉しめた、

たまたま持っていったクニーシェのハイツイストウーステッドのスーツにアイロンを当てながら、ジョージは冗談めかしてテレビショッピングのアナウンサーを気取り始めた、

「本日、ご紹介する製品は、英国人の大半がそのスペルさえ忘れてしまった、古のエレガントな古都ウイーンのものです、、、古めかしいですが、ほぼ正しく縫われています、、ただ肩のつくりなどには若干修正が必要でしょう、、スタイルとしては、ごくオーソドックスな3つボタン、シングル、もし貴方が1910年代に何らかの理由で拘りがおありなら、お勧めいたします、しかし私ならこうはつくりません、、、ああ、いい忘れましたが、この製品の最大のセールスポイントはなんと云ってもしっかりした『英国製』の生地をつかっていることでしょう、、」

私が数えている限り、ジョージは「Correct」という言葉を最低5回は使ったように思う、

確かに、ジョージがつくるフラノのチョークストライプには味わいがあった、シンプルなネイビーの三つ揃いにさえ着る者を豊かな気分にさせてくれる紳士のシルエットがあった、こうしたものは、ひとつの男の貴重な財産だ、もしかしたら、有価証券よりは持つものと持たざるものの差を、男の人生においては大きく生み出す、



「スタイル」は、自己の内なる強い「Commitment」から生まれる、責任のある関わり合い、或いは信念とも意訳できる、つまり、自己の在り方に責任と強い信念をもちはじめて、ついにスタイルというものが生まれる、



モノの良し悪しについてはハッキリしていたジョージは、近頃のサビルローは「Dead fish(死んだ魚)」同然だ、正しいスタイルを知るテーラーがいない、正しく縫える職人さえいない、と云って憚らなかった、スタイルに拘り抜いたジョージにとっては、仕事に信念のないテーラーたちが歯がゆかったのだろう、


そのジョークはときに辛辣だったが、ジョージはスタイルと強い信念をもったテーラーだった、
信念(Commitment)を貫くことは、それなりにタフなのは確かで、勇気を持って生きたい男にとって、こういうテーラーがつくる服がクローゼットに何着も控えていると頼もしい味方がいるような気がするだろう、



そんなことをジョージがつくったチョークストライプのスーツに袖を通しながら思った、、、ところで、ジョージ、、、確かに、良いスーツだが、、いまの私ならこうはつくらない、、、、



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by momotosedo | 2008-11-13 15:08 | ■百歳堂 a day

11月7日(晴天)  ノアの箱舟



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1916年、ロシア人パイロットが、アララト山斜面に広がる氷河の奥に巨大な船影を発見し、その報告はニコライ皇帝に届けられた、ただちに科学者、神学者を含む大探検隊が組織され伝説の山へと旅立った、探検隊によるとやはりそれは「箱舟」だと結論され、皇帝への膨大な報告書が作成されたということだが、それは翌年起こった革命によって消失し、その詳細は闇に消えた、


翻って、1990年、現代の「箱船」としてアリゾナ砂漠に建造された巨大な密閉されたドーム、「バイオスフェア」は人工的に大気、生態系をつくりだすといういわば「第2の地球」として、当初、100年間継続する実験を計画していたが、実際には2年6ヶ月、2度にわたる実験のみで問題点は解決されることなく、今は砂漠の中で行き場を失くしている、


「ノアの箱舟」は、旧約聖書以来、興味深い「救いと罰」のコンセプトとして未来の予感にこびりついている、


そういうことを思ったのも、ここしばらく世界中から届くメールや、電話で最後に必ず話題にのぼるのが米国大統領選だったことがある、

さすがの私も、TVのニュースにつきあって、街角の印象を伝える映像のなかで黒人のおじさんが、やっとこれでアメリカが自分の国だと実感できた、と話していたのが印象的だった、

ただ、すでに一種の「達成感」があるのが気になったところで、確かに歴史を塗り替えることで喜ばしいが、それがゴールに辿りついたことではないように思う、


「We can Change 」のweが常に問題で、全く、思いつきの仮説だけれど、ウソがバレていって、何か「ノアの箱舟」現象といえるものが次々に各フィールドにやってくるような気がする、








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by momotosedo | 2008-11-07 21:05 | ■21st Century Style

11月3日  SECRET AGENT





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百歳堂 |  我が愛しのスパイ



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シークレット・エージェント、、、司会のショーン・コリンズ(ショーン・コリンズはイギリスを代表する元祖「セクシー女優」で、いまでも年配の人は当時の思い出もあり、この人には弱い、いまだゴージャスでパーテイなどにも現れます、)が云うように、私の子供時代は、カーナビーストリート、ビートルズ、そしてシークレット・エージェントというのが時代の華で、少年の憧れの職業NO.1でした、

ジェイムズ・ボンドをはじめ、「Danger man」のジョン・ドレイク(これは、後年、一種の後日譚としてカルトTV「プリズナー No.6」に引き継がれます、)、若きロジャー・ムーアの出世作、クールな「ザ セイント」のサイモン・テンプラー、などなど、多分英国をその発祥として、その後、アメリカをはじめ全世界に飛び火し、いまさら云うまでも無く、一時はTV,銀幕を埋め尽くし、名手ジョン・ル・カレをはじめ、あのグレアム・グリーンでさえ題材にとりあげて街の書店のメインカテゴリーにさえなる勢いでした、


シークレット・エージェント物語に我々が心奪われるのは、ワクワクするストリー展開や、アクションシーンの面白さもありますが、なんといっても主人公の魅力です、

その華やかで愉しそうなライフスタイル、、、



ところで、私は、これから始まる「ウルトラフラット」(この言葉の私なりの捉え方は後ほど)な21世紀を「愉しく」生き抜くスタイルを、本気で探索しているところですが、



そこで、思い至ったのは、「シークレット・エージェント」として練り上げられたライフスタイルこそが、21世紀スタイルに近いのではないかなということです、我ながら、冗談のような仮説デス、、、フ、フ、フ、

「ダンデイ」というのは或る種、精神世界を漂うもので20世紀的だといえますが、物質世界を愉しみながら逞しく生き抜く「シークレット・エージェント」は、検証すればするほど、21世紀の理想のパーソナルモデルに見えてくるのです、まあ、話半分でおつきあい下さい、


「その壱」ウルトラフラットな世界観

先ず、「シークレット・エージェント」は、政府の手先でありながら、政府、或いはどんなオーソリテイもあてにしていない、
しかも、税金を払っている様子もみえない、税制にも国境にも囚われない、或いはあてにしないで生きようとしている、これは、すでにウルトラフラットな世界観を持っていたということになる、



「その弐」世界中を移動しながら真実をつきとめる

陰謀蠢く、その生活環境から、先ず、自分の目と足で真実をつきとめようという行動原則を持っている、「真実」のためなら、明日は香港、明後日はペトロスブルグというハードスケジュールも厭わない、この凄まじい移動性は尊敬できます、パワフルな体験主義者です、


「その参」本物を知っている

ここが泣かせるところで、料理、酒、髭剃りクリームにいたるまで、本物を知っている、
そして、本物以外は、身につけない、寄せ付けない、


「その四」客観的なユーモアをもっている(死生観に至る哲学をもっている)

逆境にあっても、ユーモアで人を和ませる、そして勇気をもってそれに立ち向かう、これはフィクションだから可能だという人もいそうですが、なに、慣れです、自分を客観的に見ることのできるユーモアというのは一種潔い死生観から生まれると思います、その意味で「哲学」を持っている、


「その五」娯楽の天才である

人間にとって一番大切なのは娯楽です、これだけは確かです、「愉しみ」のない人生は不毛です、「シークレット・エージェント」は、どこに行っても愉しそうに見える、結構、危険なミッションの合間にも、ブロンドとよろしく、愉しみを味わっている、娯楽の役割と位置づけを熟知している、これがサヴァイヴするコツだと思います、、


さてどうでしょうか、「シークレット・エージェント」、21世紀スタイルを探るにはなかなか面白いサンプルです、
あ、そうそう、これを忘れてはいけません、


「その六」クールなビスポークのスーツを着ている

世界中を飛び回り、愉しくサヴァイヴするためには、エレガントで魅力的な正しくフィットしたビスポークのスーツでなければいけません、、、、






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by momotosedo | 2008-11-03 04:27 | ■21st Century Style

11月2日(晴天)   最高のスーツ3







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(つづき)


その日、銀座は充分な陽光が街に溢れているわりには肌寒かった、秋から冬へ向かおうとする街には人をノスタルジックにさせる魔法がふりかけられている、こんな日に、記憶の遠くにある草原とそこに咲く草花を思い起こさせるツイードの冬服をとりにいくのもふさわしい、


傷ついた自慢の木の文句のひとつも云いたいところだったが、ブロンド美人の笑顔にはやはり勝てなかった、

階下に下りると、テーラー氏と職人さんが、うやうやしく出来上がったスーツをトルソーにかけて私を待ち受けていた、

トラウザーズには、預けておいたシルクのパープルの水玉模様のブレイシーズがきちんとプレスされて既にとりつけてある、

ツイードにもかかわらずシルクのような履き心地に驚き、トラウザーズをよく見ると裾までフルライニングになっている、ロングホーズを履いていても変にすそで絡まることもなく、ストンと腰から裾に向かって優雅に落ちていく、クリースはあのパープルのウインドウペインのラインにそって慎重に折られ、腰周りにはシルクのライニングがはってあって驚くほど柔らかく仕立ててある、トラウザーズのサイドには側章のようにシームがいれられ、その両脇には細かくハンドステッチが配されている、驚いたのは腰で切り返しがなく、美しいウインドウペインは、切り替えしに妨げられることなく腰まで伸びていくことで、テーラ氏は切り返しのあるトラウザーズは、クラッシックビスポークではないと忌み嫌っていた、



ダブルブレストのウエストコートを羽織ると、ぴたりとトラウザーズの腰まわりに沿っていて、これだけで美しいクラッシックだと思った、ウエストコートの背には少しダークなパープルの厚手のシルクツイルがはられていて、それも趣き深い、

テーラー氏がうやうやしく上着を着せてくれる、優雅になで肩を描く肩、そこから胸のボリュームがあり、ウエストへとシェイプしていくイングリシュドレープ、ダブルのウエストコートだけど、今回はテーラー氏のアドバイスに従って、あえてノッチドラペルのふたつボタンにしたのが、かえってこの生地とスタイルを生かしたように思う、

アルパカが入った本格的なツイードはビンテージでも珍しいという、それも色違いの2~3種でなく、30~50種の少し思い切ったデザインまでもが揃っていたので、正直、ひとつに決めるのに迷いに迷った、テーラー氏は、愉しそうに、よけいに迷うようなことを云う、迷ってください、それがビスポークの愉悦です、

それは驚くほど柔らかく、アームホールと仕立てのマジックで、違和感なく体の一部になってくれる、これなら、デイナーのときも、オフィスでも一日中、着ていることを忘れることができるはずだ、思いのほかパープルのウインドウペインが上品に見え隠れして効いている、

プリンセスのキスを待ちわびていたカエルが、やっと王子の姿に戻れた気分で鏡を覗きこんでいる私のそばで、テーラー氏と職人さんは細部にわたって、もう一度修正が必要な箇所はないか、最後のチェックに余念がない、

そして、ついにテーラー氏はリーデインググラスを外すと、「問題はないようです、、」と頷いた、良いタイミングで、私のプリンセス、ブロンド美人が茶を運んでくる、今日は煎茶か、その清清しい後味がいまの気分にふさわしい、

ツイードのスーツは、折角、このまま着て帰ることにした、テーラー氏は、私が着てきたスーツをガーメントケースに収めながら、絶対にドライクリーニングに出さないこと、ブラシも極力あてず、プレスはこちらでいたしますので、ご自宅でのアイロンはご不要と存じます、など諸々注意をこと細かく説明する、

私は、この前の仮縫いのときから気になっていたゴールデンフォックスのネイビーチョークストライプのビンテージフラノで、今度は、ピークドラペルの三つ揃いを頼み、ブロンド美人との縁に一縷の望みをかけることにした、


三人に見送られて、外にでるともう陽が落ち始めていた、歩き始めると頬にあたる空気が思いのほかひんやりしている、ツイードスーツを着て帰ることにしてやはり良かった、ビルの硝子窓に映る姿に少し嬉しくなりながら、家路を辿るにはまだ時間がある、今日は銀座をそぞろ歩くかと思った、

それにしても、矢文もよしてくれといったときにテーラー氏が何故かニヤリと笑ったのが、どうも気になるのだが、、、



これが、まあ長くなりましたが、私にとっての「最高のスーツ」です、

そして、「最高のスーツをつくるには、やはり才能と経験と努力がいる」と一度は書いてみましたが、よく考えてみれば、むしろ「当たり前」のことを積み重ねていくことなのだなと気づきました、



21世紀はリアルな社会になってくると思います、「当たり前」を積み重ねるというのが、これからのスタイルだと思います、それが大切で、ウソは通用しなくなります、


「バンチにとらわれない、足と目で探した良い生地が迷うほど豊富にある、」

「充分経験を積んだ補正能力にも長けた、優れたテーラリング技術がある、」

「クラッシックなスタイルを包括する知識と、豊かな美意識がある」

「丁寧にスタイルをつくっていく、仮縫いの労苦を厭わない」

「そして、値段が適正である、」

「おまけで、テーラーが話題豊富で、自分の人生に彩りを加えてくれる」


これらは、シンプルに当たり前のことです、


例えば、バンチよりも、ちゃんと店主が目と足で選んだ生地が揃っているべきです、

ここでは、「目と足で選んだ」というのが重要で、ビンテージならなんでも良いというわけではありません、
しっかりしたプレイドのツイードが、紳士のワードローブに必要だと思うこそ、そのバリエーションと質を追求したコレクションを揃える、良い本格的なチョークストライプに想いがあれば、納得するものを何度も試作し織らせる、自分の仕事とクライアントを思えば、これが当たり前です、


「現行のバンチ」は、リスクは少ないでしょう、極論すれば何種類かのバンチを揃えれば格好がつきます、インスタントにテーラーのフリができます、しかし、それでクライアントに判断を押しつけるのはどうなのかなと思います、バンチで判断するのはプロでも難しい、
なにより、今のミルのバンチの品揃えは限られていて、どこのミルも似たり寄ったりで、選択の幅はそうない、自分で選ぶとしたらそう魅力的なものはあるように思いません、これに頼るのはテーラーとしてはどうなのかなと思います、まともなツイードの品揃えさえ限られています、


テーラリングについても、やはりすぐれた補正の能力をもつには30年以上の経験が必要だと思います、テーラーは経験です、そしてどの分野でもそうですが、優れた人は数少ない、私はテーラリングについては厳しいので、ハタチ前後から始めたとして50歳ぐらいからがテーラーのピークだと、経験上思っています、
これも、考えれば当たり前のことです、


良い職人さんほど、一生が勉強ですと云われます、これは、ある程度、実力があって自信のある人じゃないといえない言葉だと思います、そうじゃない場合は、寝る間も惜しんで勉強してください、厳しく言うといまのサビルローでも、人材不足から実力が伴わないような場合もあるような気もします、


それと、やはり愉しさ、魅力ですね、クラッシックというのは奥が深い、意外にスタイルの幅があって愉しく長持ちする、先ずはここを押さえるべきだと私は思っています、
テーラーはクラッシックを知り尽くしていなければなりません、これも当たり前のことです、


しかし、これは、案外に日本、或いは現在においては未経験の「分野」に近いのかもしれません、ここしばらくで、まともにクラッシックを語った人がいない、頼りない寄せ集めの「知識」しか見当たらないのが不幸だといえます、

バーチャル:リアルの比率のおかしさが、「当たり前」のことを忘れさせたのでしょうか、バーチャルは崩れだすと早いと思います、




ビスポークというのは、愉しい、面白い、そうでなきゃいけない、魅了するようなテーラーでありたいなと思います、生憎、我がアトリエにはブロンド美人はおりませんが、、、、でも、ホントはそばにいると愉しいだろうなあ、、、









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by momotosedo | 2008-11-01 23:33 | ■最高のスーツ