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10月31日  最高のスーツ



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スーツで思い出しましたが、この間、取材で面白い質問を聞かれました、「ところで、椛川さんにとって最高のスーツとはなんでしょう?」、

これが、何年か前なら、スーパー200のパシュミナのごく柔らかい仕立ての、、、てなことを云う人がいそうですが、私の考えはもとより違います、


これは、私の体験から言いますが、先ず「そのテーラーが面白い」ことです、

ビスポークは生地選びからはじまって、スタイルの相談、仮縫いとどうしても「付き合い」が生じますから、話していて面白いテーラーじゃないと信頼もできないし、続きません、
スーツはどうでも良いと言っているのではありません、ビスポークのスーツというのは、テーラーをも含めたもので、だからクセになるし、良いものが出来上がるのです、ビスポークスーツは、生涯着るべきものですから、そのメインテナンスもあります、


では、「面白い」というのはどういうことか、先ず、私は良いスーツが欲しい、そして、ビスポークすることによって、ストレス発散、できれば明日の活力、元気をもらいたい、

先ず、生地はうなるほど持っていてほしい、それも、熟成したクラレットのように各年代の優れものが揃っていて、時には、こんなものもありますと、棚の奥から秘密めいて逸品がでてきたりするのがヨロシイ、現行のバンチしかもっていないのは問題外ですね、前にも云ったかもしれませんが、バンチというのは選んでいる姿も何か貧相でイヤなんです、


それで、その生地たちが目の前で次々にサっと広げられる、手のなかで溶けてしまいそうなカシミア、逆にタイトに織られたビンテージの絵画のように美しいツイード、、、良いですね、良い生地をみるのはそれだけで愉しい、

採寸も終わった、生地も迷ったあげくビンテージのタイトに織られているが、アルパカが混ざって驚くほど柔らかいツイードに決めた、さあ、次はスタイルの相談です、ここでテーラー氏は、「生地を見続けてお疲れでしょう、まあ一服いたしましょう、」と拍手をポンポンとうつと、ぴったりしたチャイナドレスに身を包んだグレース・ケリー似のブロンドが、中国茶の一式を掲げてどこからか現れる、「最初は香りだけお味わいください、」とか、ブロンドが手づから入れてくれる奥深い茶を味わいながら、「実は、あのツイードはスコットランドのある一軒の家の屋根裏に眠っておりまして、、、」と、ツイードを手にいれた冒険譚を、テーラー氏が語り始める、、ふむふむと、その面白い語り口に引き込まれている間に、話はいつのまにかスーツのスタイルになっていて、シングルのウエストコートも良いけれど、ダブルのウエストコートを合わせるのも味わい深いものです、ポケットもハーフムーンで、そうそう、うちのハーフムーンポケットは、今のものと違って古のスタイルを守っています、、、などと、スタイルが自然に決まっていく、最後にサラサラとテーラー氏はスケッチを描き、私は、ツイードスーツでありながらエレガントともいえるスタイルに期待に胸ふくらませながらアトリエを辞す、



それからしばらくたって、庭でバサバサという音がするのに驚いて、何事かと思って覗くと、木の枝に小さな王冠をかぶった鷹が一羽とまっていて、鋭くこちらを見つめて私を確認すると、またたく間に、飛び去っていってしまった、あっけにとられて、区の保安課にでも電話しようかと思っていると、木の下に一通の封筒が落ちているのに気づいた、拾って、朱の紋章入りの封蝋をきると、達筆で、あのテーラーから、仮縫いができました、いつでもお越し下さいとしたためてある、

随分、大げさじゃないかと思いつつ、私はアトリエを再訪することにした、



Next「最高のスーツ 2」につづく
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by momotosedo | 2008-10-31 01:49 | ■最高のスーツ

10月28日(晴天)  長七郎さんへ



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長七郎さん

「博覧強記」というよりは、「錯乱狂喜」です、

錯乱していますが、幸いにも「狂喜」で、愉しく、喜びのある人生を送ることができているのは、とてもラッキーだと思っています、長七郎さんがいらしゃったのもラッキーでした、ありがとうございます、一緒に思い切り楽しみましょう、人生は一日づつしか進みませんが、終わってしまうと取り返すことは適いません、


植草甚一翁は、私もよく読みました、一番興味深かったのは、床が抜けてしまうほど書物をためこんで、「ド・セルヴイ主義」を貫いていた翁が、その果てに意を決してニューヨーク行きを決行し、やはりホテルに書物やガジェットを一日一日、積み上げていく様子で、それ自体が好奇心にとりつかれた老コラムニストを巡るヌーボーロマンのように思えて、「小説より奇なり」を後半生で思い通り実践した恵まれた人だなと思いました、

「いいモノを持つことは丁寧に生きることである」


実に良い言葉ですね、その通りだと思います、「丁寧に生きる」という言葉には、思わず反省させられます、


ただ、「丁寧に生きる」ことは「静的」に慎重に生きることとは違うような気がします、

植草翁の旺盛な好奇心に誘われた生き方も、ある意味で「丁寧に」自分を「生きた」ことだったと思います、


言葉は違いますが、私は、後半生を「リアルに生きたい」と思いました、そのとき考えたのが、自分がリアルなままでいられる「サイズ」についてです、人間ですから、場合によっては仮面をかぶりたがります、多分、その要因のひとつは「サイズ」だと思うのです、


植草翁は多分、自身の「サイズ」の選び方が、かなり特殊であるにもかかわらず、その魅力が幸いにも時代に受け容れられたのではないかと思います、本質を持っている人である限り、リアルな自分でいられ続けたとき、その人は強いと思います、


私の場合は、多分、「家族」とはリアルな自分でいられます、仕事場の隣同士の同僚とも、まあリアルでいられるでしょう、ただこれが大きな組織全体、数多い取引会社となると、少しおぼつかなくなってきます、



それで、「サイズ」を限定して生きることに決めました、


家族と大久保と、クライアントのみなさん、そして気の置けない友人たち、


多分、21世紀のリアルな社会では、こうした「やりたい」ことがハッキリしているライトウエイトの限定サイズのユニットからしか、「いいモノ」は生まれ出ないだろうし、リアルな「丁寧なつきあい」もできないような気がします、

手に余る大きな「サイズ」の組織は、そのサイズを生かすメリットよりは、ウソがバレていくだろうこの時代のなかで疲弊していき、機動性を失くし、言葉を尽くす割りには、つくるモノに迷いが出てくると思います、経済活動だけで本質を持たないユニットも同じ事で、本質を追い詰めるというのは生き方を変えない限り適うことではなく、なかなか大変なことです、


何故、こうもリアルになりたいかというと、もう後は死ぬだけなので、自分が思っている本当に良いモノ、コトをはっきり明らかに曝け出したいという思いがあります、それほど、格好をつけて自分を飾りたいとも思いません、ただ本音をうまく伝えたいと、その方法を探っています、

こういうことですが、

これからも、どうぞよろしくお願いいたします、




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by momotosedo | 2008-10-29 01:14 | ■百歳堂 a day

10月26日(陰)  Who did you think I was



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それにしても、「グラニー テイクス ア トリップ」の外装の変化にはいまさらながら驚いてしまう、
確か、オープン仕立ての頃は、ロンドンの店独特のつやつやした黒塗りにアールヌーボーの字体で赤くロゴマークが飾られていて、大きなショーウインドウがあったと思う、

ウインドウデイスプレイは、かなり凝っていたが、全体にはエレガントな「奇妙さ」と言えるものだった、

その後、ウインドウをつぶして外壁全体をグラフィックに使い出してから、かなり先鋭的になっていく、「グラニー テイクス ア トリップ」のグラフィック(ラベルとかも)と内装はメンバーのひとり、ナイジェル・ウエイマウスが担当していたが、この人は当時レコードのスリーブデザインもやっていて、アートスクール出のエッジーなセンスが光っていた、

ナバホ族(?)の戦士が、ポップで強烈な色のストライプとともに現れたときは、さすがにショックをうけたのを覚えている、外壁から半分、車が飛び出ているというアイデアは後年、色んな店にパクられるが、最初にやったのはグラニーだと思う、これを、はじめて見た時もやはり驚いたけど、「グラニーだったらソレぐらいヤるだろう」という、この店の「評価」がすでに我々仲間内にはあったように思う、そういう位置づけの店だった、



グラニーは、ウエイマウスのガールフレンド、シーラ・コーエンが服のデザインをし、ジョン・ピアスが仕立てと男物、やはりデザインを担当していた、多分、当初は担当がはっきり分かれているというより、それぞれのセンスが融合したところに、あの店の特異性が成立していたのだと思う、

60年代後半か、70年代には、成功したオリジナルメンバーは、ピアスは映画作りに走り、ウエイマウスはたしかバンドを組み、コーエンは本格的にファッションへと歩んでいって、権利は知り合いのニューヨーカーに売り渡してしまったらしい、それでも、しばらくは面白い店に違いなかったが、私は、ヨーロッパ中を転々とし始め、それ以降はそういう店には行かなくなった、

私にとっては、唯一、時代のトレンドに影響をうけた時代だったが、目一杯面白かった、






後年、 しばらくソーホーのメアードストリートにアパートをもっていた私は、或る日、出掛けていったら、家の目の前にジョン・ピアスがテーラーを開いていたので驚いた、


それで、懐かしさもあって、店を覗いたらマルカム・マッカレムがいて、また驚いた、



以前のパートナーがその何年か前、ワールズ・エンドの最後のショーを東京の「ベストシックス(フェレとかカルバンクラインなど6人のデザイナーの合同ショー)」で行うのを仕切っていた関係で、彼とは東京で何日間かを一緒に過ごしたことがあったのだ、マッカレムはその時、プライベートではビビアン・ウエストウッドと別れたがっていて、当時、ロスアンジェルスにいた彼と連絡をとってもなかなか来なかった、東京でも未練がまだ残っていたように見えたウエストウッドとは、全く別行動だった、ワールズ・エンドは、マッカレムがコンセプター、それをウエストウッドが形にするという連携だった、


マッカレムは、当時、波に乗っていて「アイフル(目を見開く) タワー」というエッフェルタワーにひっかけたネーミングの自身の会社(コーポレートロゴが、コミック調で描かれた、エッフェルタワーに足をかけた少年が目玉をひん剥いて手をかざして周囲を見渡しているというもので、いかにもマルカムらしいマスっぽい才気が感じられて象徴的だった)を設立し、ワールズ・エンドには、もう興味がないようだった、

「チューブドレスというコンセプトを考えたとき、それをビビアンに伝えて、ツアーで何ヶ月もしてロンドンに帰ってきて、アトリエを覗きにいったら、ビビアンはまだ、それをやっていたんだぜ、」と、マッカラムは嘆息まじりに漏らしていた、
マッカラムの時代を読む「スピード」と、ウエストウッドのクラフトへの「拘り」に開きが出て、マッカラムとしては先を急ぎたかったのだろうが、本当はその融合が「ワールズ エンド」というアートや音楽と同じ地平で語られる稀有なユニットを生んだのだと思う、



マッカラムは時代のホンの小さな兆しからアーテイステイックなアイデアを掬い上げ掴むのが上手く、またそれが、アーテイでありながらマスをも巻き込むというほとんどマジックのようなことを、身体能力として身につけていた、

短い来日時に、当時の「11PM」(懐かしい)というテレビ番組にプロモーションでマッカレムをゲスト出演させた、出演者のひとりの今野雄二がファッション好きだということもあった、彼は、往時、キース・リチャードの白いスーツに憧れて「グラニー テイクス ア トリップ」につくりに行ったことがあったと話していた、為替の関係もあってそれは驚くほど高かったと漏らしていた、

わりとまともに出演時間を割いてくれていたが、あくまで「話題のデザイナー」としてのボキャブラリーしか持たない番組側と、「あくまで」自然体で本音を語ろうとするマッカレムとの開きが徐々に明らかになっていくのが興味深かった、マッカレムは深刻ぶって「デザイン」を語るファッションデザイナーとは違う、マッカレムはクレバーだから適度に収めていたが、

殺到する雑誌のインタビューの申し込みの幾つかに立ち会っていても、当時の日本のファッションジャーナリズムのボキャブラリーの薄さはどうなのかなと思った、インタビューする側のプランが見えてこない、だから破綻もなく予測通りのものになっていくのは安心するが、逆に刺激を受けるジャーナリストに出会う興味は少なかったと思う、今はどうかは、分からない、



来日した時には秋だか冬の始まりで、マッカレムは前回のワールズエンドのコレクションの「ホーボスタイル」のネイビーフラノ(こんなアバンギャルドな服のくせにやけに質は良かった)にバッファロホーンのトッグルのついたこのラベルらしいアバンギャルドなジャケットを着ていた、ホテルの部屋に迎えにいったとき、やはりワールズエンドの長いタンのついたスニーカーを変形させたような靴と、シュークリームが床に転がっていて、こんな靴でもやはり磨くのかと思った、

ニューロマンテイックスとか、けっこう巷ではファッションが崩れていたさなか、しかし私はというと、やはりプリンズ オブ ウエールズのイングリッシュドレープのダブル前のスーツを着ていた、もう自分のスタイルがあったし、ワードローブも揃っていたのだ、ただデザイナー連中は、いつの時代も仕立ての良いビスポークの仕事に憧れと尊敬を抱いているから、これはこれで評判が良かった、




ジョン・ピアスは当時、テーラーをオープンしたところで、少しツイストのあるスーツをサビルロー仕立てで作り始めていた、生地も、あの頃は自分で捜し歩いたビンテージの極めて上質のしなやかなモヘアなどを揃えていた、今はどうかは知らない、



私は、その濃紺のモヘアを使ったフィットさせたシャープスーツや、極めて軽いシルクウールで夏用のフロックスーツ(?)、これもビンテージの茶のソラーロでモダンウエスタン(?)スーツなどを仕立てた、シャツも昔、「クローラ」(これもスタート当初は面白い店だった)が使っていたというオイル流しのマーブルのコットン地で昔っぽいロングポイントのものを仕立てたりしていた、ちょっと面白がっていた気味がある、これも、もう14~5年前の話になる、それからしばらくして「ニュービスポーク」という言葉とともに、ロンドンのメンズファッション誌で若手のテーラーが取り上げ始められた、






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by momotosedo | 2008-10-26 15:21 | ■百歳堂 a day

10月25日(陰)  「バーチャル」 : 「リアル」



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f0178697_14364898.jpg以前、何かのインタビューでポール・スミスが、かつてロンドンの街には魅力的な小さな店があったのに、それがいまでは姿を失くしてロンドンの魅力が無くなった、というようなことを話していたように思う、


全く同感で、それはロンドンだけでなく今のあらゆる都市にあてはまる、






f0178697_14392368.jpgこのことには、「メガブランド」とか「マーケテイング」とか色んな説明が思いつくけれど、いつも気になっているのが、ここしばらくで
「バーチャル」:「リアル」
のバランスが狂っていったことだ、

考えてみれば、あの時代にはネットの掲示板も、ブログも無かった、テレビでさえ番組数が限られていた、
我々は、愉しみをみつけるためには仲間をつくって、街に出掛けざるをえなかった、そして、貪欲に街をさ迷った、




f0178697_14374843.gifこれは、バーチャルが良いの悪いのという以前に、リアルな世界を愉しむのが下手になった、或いはリアルな世界を愉しむライフスタイルの幅と余裕が何らかの理由で、実質上、狭く、浅くなったということだと思う、






f0178697_1438305.jpg「情報」が無い分、我々の世代は自分の足と目で確かめ、比較しなければならなかった、

「情報」に埋まっている今、逆に本物を見抜く目をもっている人は少ない、このパラドックス、

昔の少年は結構目利きだった、

「情報」量の割りに、面白い「体験」を持っている人が少ないのが、この時代の特徴なんだろう、
しかも、「情報」というのは、聞いてても本人のものではないので面白くも何ともないので困ってしまう、







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それにしても、「グラニー テイクス ア トリップ」の外装の変化にはいまさらながら驚いてしまう、



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by momotosedo | 2008-10-25 15:05 | ■百歳堂 a day

10月24日(秋雨)  small talk in a rainy day



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午前中、クライアントのAさんとの電話で、さっそく「あの ブライアン・ジョーンズモデル良いですね」と云ってもらえて、白いコーデュロイでつくると格好良いですよね、と盛り上がる、

そのせいもあって、電話のあと納戸を引っ掻き回して、あの当時つくったスクラップブックや古い雑誌を読んでいたら、これが面白くて、止まらない、雨が降り続く一日、私の頭のなかはスインギングロンドンがパレードしている、


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「グラニー テイクス ア トリップ」は1966年にオープンしたとある、壁一面に描かれていたのは、マリリン・モンローではなく、ジーン・ハーローだったらしい、その後、改装されて、窓から飛び出ていたのは、ミニクーパーではなく、1947年製のダッジサルーンだったらしい、記憶もあいまいで、少年の私はそこまで気がつかなかった、

こうしてあらためて記録を辿っていくと、この時代の店がいかに「個性的でインデイペンデント」で、街にパワーを与えていたかがわかる、それは、いまのメガブランドの方法論とは違う、シンプルな力強いストレート球の魅力ともいえる、

「グラニー テイクス ア トリップ」は、フレンドリーな店というわけではなかった、どちらかというと客を選ぶ、ちょっと威嚇的な店だった、来てる客層も特殊で、若いエリート層やロックスター、テレンス・スタンプ(彼は、Mr.フィッシュの常連でもあった)などのムービー関係者など実に華やかで、たまにそういったスターと出くわすのも愉しみだった、

スインギングロンドンの魅力、30年以上たってもなお、あの時代に魅かれるのは、人の魅力、街のパワー、つまりはクリエイテイブな力の溢れ方だと思う、いまと違うのはそのパワーの方向性と集中力でしょうね、人が迷っていると思う、


それで、なじみの床屋から「そろそろ髪の毛がのびています」と電話をもらうまで(私は、つい忘れてしまうので床屋に髪の毛が伸びてしまう時期を見計らって電話をかけてもらうよう頼んでいる)読みふけっていた、すでに夕飯時だった、、




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by momotosedo | 2008-10-24 20:44 | ■百歳堂 a day

10月23日(秋雨)  21世紀スタイル




百歳堂日乗




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2008年、21世紀初頭において、20世紀のスタイルが目に分かる姿で終わり、リアルに21世紀が始まるというお話でした、


そして、21世紀スタイルというのは、「マーケテイング」とか様々な言葉で納得させていた実体の無いウソがバレて、シンプルに「リアル=本物」しか残れないだろうし、それを見つけることだろうと私は思っています、

これは、やっぱり感じていました、私は経済学者でも金融学者でもないので、自分の範囲内で語ってみましょう、半世紀を生きてきて、経歴からもその「マーケテイング」の世界に加担していたようなところもあり、これからの生き方を考えていた私は、もう「ウソっぽい」ものにはウンザリしていました、



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「ウンザリ」していた、というのを少し説明すると、



いま、「実体経済」に比して「高度な金融経済」の、ここ数年でのバーチャルな量の拡大が今さらながら指摘されていますが、「マーケテイング」に誘導されてきたここしばらくの「実体経済」の本質も、その内実という事を考えれば同じようなものです、

つまり、「マーケテイング」という、ある一定期間で最も効率良く利潤をあげるというコンセプトによって、販売技術だけでなく、「服」とか「食品」とかモノそのものを「製造効率」とか「商品企画」という名のもとに我々は変質させてしまったということです、




言い換えれば、そのモノが元来もっているべき「本質」と、実体として流通している「モノ」に差がひろがっているのです、


店頭に並ぶ「服」や「食品」は、それは商品であって、もしかしたら服や食品の本質は、もはやそこにありません、悪いことに、長くそれに慣れ親しんだ眼には違いは分からないし、それを教える人もいないから通用してしまう、その循環が「服屋」は服屋ではなく、「肉屋」は「肉屋」ではなく「インダストリー」と化して、昨今のように、「偽装」さえおこってしまうわけです、

近頃では、どう見ても、この質でこの値段はないだろうと誰しも疑問を抱くものさえ堂々と店頭に並んでいます、

そこで、例えばまっとうな靴をつくり、服を仕立てるために、そして、その意味での進化と先鋭を保つためには、簡単にいえば構造を変えなければ適いません、




つまり、「インダストリー」というコンセプトは捨てる、毎年、前年比で何%の売り上げという呪縛から脱っして、年間のビジネスサイズを当初から限定し、そこでのバランスを考える、それ以上は受けないという潔さから逆にモノづくりの「強さ」は生まれます、「マニュファクチャリング」、或いは私はこれを「コテージ インダストリー(山小屋経済)」と呼んでいます、

そして、昔のクリームとかジミヘンドリックスとかの最小ユニットで最大限の音をめざすバンドにも似て、いかに先鋭的な資質をもった最小のユニットがつくれるかが問われるような気がします、
付け加えれば、経験からいってひとりの優れた人間が、組織全体の舵取りをする時代も終わったように思います、その意味ではデジタルに囲まれた「オタク」的世界も終わったように思います、
ユニットとしての化学反応とか、気軽に現場に出掛けていく移動性とか、健全な実体験の多さがモノをいう時代になると確信しています、「インダストリー」は、意外に本物の専門家を育てませんでした、


つまり、我々がつくったものですが、どこからかの時点から、経済構造体としての「インダストリー」は本当の我々の味方ではなくなってしまったのです、



これは、21世紀の個人のライフスタイルにもあてはまります、つまり当てにならない「インダストリー」には組みしない、それとの付き合いを可能な限りやめる、例えば、スーパーなどで買うのではなく、生産業者に自ら出向いて「地域財」を買う、「産地直送おとり寄せ品」とは違います、それはすでにマーケテイングされています、

とにかく、自ら生産の川上に向かって、手間を惜しまず出掛けていく、それを我々が面倒がらないで続けていく限り、もう一度、商品ではなく、モノの本質が戻ってくるように思います、

(つづく)


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by momotosedo | 2008-10-23 02:59 | ■21st Century Style

10月21日(秋晴れ)  ブライアン ジョーンズのストライプスーツ



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百歳堂 |  ブライアン・ジョーンズのストライプスーツ





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遠い日々のお話をしましよう、それは、私がまだ10代の頃、ロンドンの街がきらきら輝いていた時代です、いま、多少美化されて思い出せば、それは少年の私にとってルイスキャロルの「不思議な国のアリス」のように、街自体がわくわくした驚きと冒険に溢れていた時間でした、


スインギングロンドンを語るには忘れてはいけないポップなデパート、BIBAのルーフトップには不思議な屋上庭園とレインボーレストランがあり、その食料品フロアにはウオーホールのポップアートから抜けでたような巨大なスープ缶を模った棚に本物の缶詰スープが詰め込まれていて、「レコードショップ」にはサイケデリックというキーワードでカラフルに描かれたワクワクするような紙のレコードジャケットが並び、道端ではキノコやエアプレーンなどのポップなバッジがキャンデイのように売られていて、ソーホーのライブハウスの暗闇でジミ・ヘンドリックス&ジ・エクスペリアンスが衝撃的なデビューギグを披露するや、アっという間にロックヒーロに駆け上り、、、私の世代はそれらをリアルタイムで体験したジェネレーションです、「不思議の国」というのも強ち大げさとも云えません、




なにしろ、ビートルズがサージェントペッパーをレコーデイングしている様子を「ライフ」などの店頭に並ぶ雑誌で眺めていた世代です、10代の少年が影響を受けないはずはありません、

そして、街にはそんな少年を魅きつけてやまない今まで見たことも無いような店が、この時代のアイコンのひとつマッシュルームのように原色の笠も鮮やかに現れ始めていました、(もちろん、10代の私にお小遣いの余裕もなく、実際には「ケンジントン マーケット」などの屋台の店で、ファッション学校やアートスクールの学生が手づくりした服やキノコを模ったポップなバッジなどを親に隠れて買っていました、ただこれはこれで面白いモノが多かったし、その中の幾人かはデザイナーとして有名にもなっていきました、)

私のお気に入りは、キングスロードにあった「グラニー テイクス ア トリップ」という店で、なにより店が格好よかった、或る時は壁一面にポップなマリリンモンロー(ジーン・ハーロー?)が描かれ、またある時はナバホ族の戦士、ダッジサルーンの前半分だけが飛び出ていたりと外装がころころ変わっていくのも刺激的でした(この外装がテーマーに合わせて変化していくというのは、後年のマルコム・マッカレムとビビアン・ウエストウッドの店、「セデイショナリーズ」とか「ワールズエンド」に影響を与えたとのだと思います)






f0178697_3301813.gifこの店は、仮縫いなしのビスポークもやっていて、ホーズ&カーテイスにいたジョン・ピアスが腕を振るっていました、

トミーナッターをはじめ、キッパータイという幅広のネクタイを広めたマイケル・フィッシュの「Mr.フィッシュ」、優れたテーラリング技術を持っていた「ブレイズ」とか、「ロックセレブリテイー」のためのテーラーたちが生まれたのもこの時代です、後年の「ニュービスポーク」という言葉は、正確な意味と、その革新性から考えれば、むしろこの時代にこそあてはまるものだと思います、


旋風のように舞うスインギングロンドンの街に巻き込まれていた少年時代の私が、憧れていたのがストーンズのブライアン・ジョーンズの颯爽としたストライプスーツです、


ブライアン・ジョーンズ自体には、個人的な思い入れはあまりありませんが、居並ぶ「ロックセレブリテイー」の中では、当時、何かオスカー・ワイルドの系譜を継ぐ「ダンデイズム」を異質に匂わせていました、確かに時代のデカダンとファッションデイレッタントも納得させるエッジーな洒脱を着こなしに感じさせて他のロックスターとは違っていました、多分、本人もそれを意識していたのだと思います、






ブライアン・ジョーンズのリージェントスタイルのリーファダブルのストライプスーツもこの時代の魅力を感じさせますが、写真のちょっとエドワーデイアンなシングルスーツが気に入っていて、後年、多少のノスタルジーからソーホーのテーラーで作らせたことがあります、

つくってみると、デイテールは少し違いますが、意外にバニー・ロジャーのスタイルに共通する、エドワーデイアンクラッシックなのですね、ブライアン・ジョーンズの本物も、しっかりとしたテーラリングのビスポークです、

時代へのトリビュートも込めて、「Made to Measure」の第3弾としてこの「ブライアン・ジョーンズ モデル」を取り上げることにしました、請うご期待を、、、


百歳堂日乗





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by momotosedo | 2008-10-21 02:58 | ■dandy style

10月19日(晴) 「天使がいるにちがいない」 オープンハウスに来てくださった方有難うございました 


百歳堂日乗



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オープンハウスも無事終わり、いまは、お気に入りのパジャマとガウンでくつろいでいます、初めての試みで実のところ心配していましたが、来てくだすった方が、品の良い方ばかりで助かりました、ありがとうございます、


オープンハウスなので、できるだけオープンマインドの寛いだ雰囲気を心がけたかったのですが、一度に4人の方と話す場面もあり、やはり混乱します、うまく説明できたでしょうか、ただ、想いのほか「100~ビンテージ生地」が好評だったので助かりました、

本当は、一人一人の方とゆっくり、テーラリングや生地以外のお話もしたかったのですが、上手にはできません、


嬉しかったのは、ブログのご感想などを直接聞けたことで、意外に六義庵百歳堂「愛人」を面白がっていただいていることで、励まされました、


きわめてマイペースの六義庵百歳堂は、大げさにいえば、私にとってのプルーストの「失われた時を求めて」のようなもので、私が過ごした時間をごく自分の興味を惹くテーマで断片的に綴っているものです、実のところ、自分が死んでいくときに、寝床のなかで読み返そうと思って書いている節もあります、

愉しくても、つらくても、生物としての人はいつか終わりを迎えざるをえません、めぐり逢える人の数もかぎられています、どうせなら愉しいほうが良いに決まっています、ただ、そのためにはちょっとした思い切りが必要です、

ちいさな思い切りでしたが、いまはオープンハウスをやって良かったとおもっています、もういくつかの出会いもできました、次回、機会があれば貴方と出会えることを願って、私のお気に入りのデイーバの一曲を、、、感謝を込めて、、

(このところYoutubeが貼れることを覚えて、ちょっとしつこいですが、ブログから音がでるのが面白くて仕方ありません、でも、これでしばらく止めます、、)

 百歳堂日乗









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by momotosedo | 2008-10-19 01:29 | ■百歳堂 a day

10月16日(秋晴れ) パリー東京  



百歳堂日乗



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秋晴れも心地よい一日、今日は、30年(!)ぐらい前のカシミアのボーテイングストライプのブレザーを取り出して、クライアントのMさんとのアポイントのために店に出向きました、

Mさんと、最近みつけた「100~ビンテージ生地」と格闘しているとき(とにかく種類が多いので、愉しいのですが、だんだん混乱してきます、)、パリにお住まいのKさんから、うれしい電話、このところ海外にお住まいの方からご連絡を頂くことが相次いでいて、不思議な気持ちで、かつ、とてもうれしく、色んな縁があるなあと大久保とも話しています、

そのこともあって、今夜、思い出したのが、フランスのギタリスト Maecel Dadiです、このブログの最初の頃にも少し触れましたが、私は、ギターを趣味のひとつにしています、聞くのは様々ですが、自分で弾くのは、ジャンゴ・ラインハルトとか、マール・トラビスとか、リチャード・トンプソンなど古いスタイルや奏法を自分なりに調べて、スコアをつくり愉しんでいます、

Marcel Dadiはフランスでは珍しく(?)、マール・トラビスの奏法を取り入れたりしている不思議なギタリストで、気にいっています、なにより、特注のギターの音色が豊かで美しい、ちなみに、私のギターは、ギブソンのフルアコで3年間ぐらい限定でつくられていたものです、

では、秋の夜にふさわしい一曲を、、、  百歳堂日乗


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by momotosedo | 2008-10-17 00:15 | ■百歳堂 a day

10月14日(雨)  PROJECT 10*100  より多くの人に役立つアイデイア


百歳堂日乗


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Googleがその10周年を記念したProject 10^100(10 to the 100th)、選ばれた5つのアイデアには、1,000万ドルの資金を提供するそうです。

締め切りは、この10月20日、間近です。どなたか、チャレンジを、、




project 10 to the 100


 百歳堂
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by momotosedo | 2008-10-14 02:45 | ■百歳堂 a day