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7月28日(真夏)  パり その秘密





SWEET MY LTTLE REAL LIFE
PARISその秘密

百歳堂 |  我が家的「食」のグローバリーゼーション。
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by momotosedo | 2008-07-28 04:17

7月27日(陰 真夏)  鰹節とコーヒー豆





SWEET MY LTTLE REAL LIFE
鰹節とコーヒー豆

百歳堂 |  我が家的「食」のグローバリーゼーション。


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誰にでも、ちょっとした「習慣」がある。
そのほとんどは、他人から見ると100パーセント、どうでも良いようなものなのだが、当人にとっては、なにしろ長年の習慣だから、万一それを妨げられでもすると、一日中、何だか気分も調子も乗らないこともある。

それが、麗しい一日の始まり、毎朝の習慣ともなるとなおさらだ。例えば、ベッドから抜け出す時いつも必ず左足から出るようにしているのに、今日に限って右足が先を越してしまったとか、そのせいでカーペットの端に躓き、クローゼットの角に足の小指をしこたまぶつけて、しかも寝ぼけまなこで気が付くと、家族の誰かの歯ブラシで歯を磨いていたとか、、、

、、、やはり、日常の習慣は大切にすべきだ、、、私の場合は、極く普通に、シャワーを浴びたあとバスローブをはおって目覚めのおいしいコーヒーのためにコーヒー豆を挽くというものだった。

一日中、何杯も紅茶は飲んでいるけれど、朝食のときだけはカプチーノを愉しむことにしている。きめ細かくミルクが泡だって、アラビカ豆の奥深い甘味を伴った苦さも麗しく、おいしいカプチーノが仕上がった時は、今日一日が楽しくなる予感がする。大切な「習慣」なのだ。


それが、今日に限って、スイッチを何度押しても、電動コーヒーミルが目覚めてくれない。つまり、この20年来使ってきた「電動コーヒーミル」が、ついに壊れてしまったのだ。

白いキッチンで沈黙するコーヒーミル。なんだか、「ミシン台の上のこうもり傘、、」みたいだ。シュールリアリズムに思いを馳せる前に、動かない家電というのが如何に ニヒリステイックなものかがヒシヒシと身に沁みる、、、

私は30数年間、ほぼ毎朝、コーヒー豆を挽いてきた。

そういうと、何か大変な事業を遣り通してきた風だが、既に「粉」に挽かれて売られているコーヒーというものに手を出さず、店頭でまとめて挽いてもらうこともせず、毎朝、必要な分だけを挽いてきたのは、そこに私の「生活」が在り続けたということで、褒めてやりたいという気持ちもある。

コーヒー豆を買うところも、決めてある。


バチカンにある「CASTRONI」という古い食料品店で、ついでに、隣の肉屋でクラテッロとか名前は忘れたがもっと旨いプロシュートもワンブロック買ってくる。
ここの名入りの袋を抱えていると、「あんたもアソコのコーヒーか、アソコのがローマでも一番おいしい。」と声をかけてくる人もいるから、一番かどうかは知らないが旨い。昔は、グリニッジビレッジのイタリア人がやっていた食料品店のアラビカ豆も同じように旨かったので、そこでも買っていたが、いまやその店は移転して経営権も他人に渡ったので買わなくなった。

つまり、私はこの何十年間、東京でコーヒー豆を買ったことがない。


コーヒー豆だけでなく、ソシソンもビクトルユゴーからピガールに上る坂道にあるリヨンのソシソンを売っている店で買うことにしている、この坂道にはチーズ屋、肉屋、チョコレート屋、パン屋など食料品店が軒をつらねていて、パリで大好きな通りのひとつでもある。フォワグラもこの食品通りの中腹にある店で買う。フォワグラは、他に有名な店があるのだが、この店で試しに買ったところ問題なく旨かった、ついでの便利もあるので、以来ここで買うことにしている。

コーヒー豆と同じく、ソシソンもプロシュートもフォワグラも東京で買ったことがない。


何故、そうしているかというと、我が家の「コーヒー」、「ソシソン」、「フォワグラ」、「プロシュート」の味は、この味で長年決まっているからで、それを変えるつもりがないのだ。
これらの店のものは、正当な価格でしかも何年来、味が変わっていない。フォワグラ、プロシュートは、本場で買っても確かに安くはないが、それでも「高価な食材」としての妥当な価格だ。


船場吉兆や、食肉偽装に代表されるように、残念なことに日本の食料品店にポリシーを持っているところは少ない。食料品店だけでなく、日本の小売店は間違ったデファクトスタンダードというようなものに取り憑かれていて、空虚なマーケテイング志向が強すぎて、およそ頼りになるとも、頼りにしたいとも思わない。


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そういうわけで、数十年来、我が家では、コーヒー豆はローマで買い、ソシソンはパリで求め、めざしを買うために高松に出掛け、からすみのために長崎に出かけてきた。
これは、主婦の大好きな「お取り寄せ」とは違う。生産現場に直接出掛けるというのが大切で、世界中を気軽に移動していくことに意味がある。

それに、ココ数十年をかけて、より川上の生産業者に知己を得て、私は世界各地の農村、漁場まで出掛けていった。ニヨンのオリーブ畑からペリゴールのトリュフまで、多分、下手な商社の食品担当よりはより細かな人脈を辿っていると思う。

この移動によって体感できるのは、単に安全で旨い食材がどこにあるかだけでなく、地域財としての食料と、一方で貿易財としての食料をめぐる様々なからくりである、例えば、メジャー投資機関が次に目をつけるのが食料で、実勢価格を越えた投機的な食料の高騰が起こるだろうなどということは数年前に既に予測できた。エネルギーと同じように、食料もサプライチェーンの上流を握っていた方が有利なのだ。

そして、どうしても気になるのが「水」で、今年の夏は、バカンスを兼ねて水源を巡る旅に出かけることにしている。

食料を巡って世界を散歩していると、当たり前だが良い食材の源は良い「水」にあることが分かる。それだけではなく、世界の水の7~80%が食糧生産に使われている事実は、「食料」の争奪は、すなわち「水」の争奪戦と置き換えることもできる。そして、例の如く、わが国は「水」に対する法規制の整備と戦略に遅れている。



この我が家的「食」のグローバリゼーションによって、我が家のキッチンは年々、巨大化しつつある。いま、一番興味があるのはやはり保存技術で、本当は専用の食料保管庫が欲しい。少なくとも、良い冷凍庫をもう一台は入れる「必要」がある。

私は、とても本気なのである。投資と同じように「食」についても個人レベルでグローバリーゼーションを行っていないと、日本の国際競争力において不親切な体制は、いまや「食の格差」を生み出しかねない。幸いにも私は、あのバター騒動の最中でも適正な価格で手作りの旨いバターが食べられた。


私は、このグローバリゼーションをテーマに一種の体感的旅行記を、少し前から別のブログに書き始めた、書き進めるたびに思うのは、結局、一番根本にあるのはその人独自のクリエイテイブな基準の持ち方だということで、日本の他の時代に比べ、より個人がクリエイテイブであることが、このグローバリーゼーションの時代には求められているように思う。


グローバリーゼーションの本質は「格差」にある。
その格差から生まれる利益を生かすことが21世紀の鍵だと思う。
そのために、必要なのは、正しく本質を見抜く自らの基準であり、これだけは、ウエブや、ブログや、本という情報から得ようとは思わない方がいい、体感がすべてだと言い切れる。


日本人のグローバリーゼーションの遅さは、多分、本物を見極める自らの基準をつくるための、リアルな体感や、経験値が絶対的に不足しているからだと思う。


そして、日本人独自の視点をもつことが望ましい。グローバリーゼーションの時代に、日本人が独自の競争力を築くためには日本の文化を今の感性で捉えなおすことも糸口のひとつかもしれない。


例えば、鰹節。削られて袋にはいっているやつではなく棒状に硬く固まった鰹節。昔は、それをカンナがついた箱で毎朝削って味噌汁をつくっていたものだ。

これは、私の時代にはごく当たり前で、子供の時、ときどき私もカツカツ削らされた記憶がある。これは、保存に優れ、必要な分だけ削れるという用途に優れ、しかも日常の美しい習慣を生み出してくれる。理想の食材として感嘆するにあまりある。

、、、ところで、この鰹節、何かに似ている、そう毎朝のコーヒー豆とまさしく相似ではないか。










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鰹節とコーヒー豆

百歳堂 |  我が家的「食」のグローバリーゼーション。
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by momotosedo | 2008-07-27 20:09 | MY LITTLE REAl LIFE

7月24日(真夏日) パジャマ そして ヨーロッパの贅沢品というもの



SWEET MY LTTLE REAL LIFE
Pajamas そしてヨーロッパの贅沢品というもの
百歳堂 |  手間がかかるという「贅沢」。



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ワードローブのなかで、私が愛してやまないものに、パジャマがある。
私としては、パジャマは下着の一部なんかじゃなくて、積極的にワードローブのひとつだと考えたいと思っている。
つまり、やっと約束をかわせた彼女とのデートに出掛ける時のように、或いはお気に入りのレストランにデイナーに出掛ける時のように、それと同じぐらいの気構えで、安らかな眠りのために、毎夜、お気に入りのパジャマに着替えるべきだと思っている。


だから、寝室にある私のクローゼットの一番良い場所を占めているのはパジャマである。一週間分がアイロンをあてられ、揃いのズボンとともに行儀よくハンガーにかけられて整列している。中国絹のものや、シャツ地に負けないくらい上質のコットンのもの、上品なパウダーブルーとか、ゴールド、目にも鮮やかな赤、クラッシックなストライプ。
毎晩、この整然と並んだ姿を見るのは何とも頼もしく、麗しい。




パジャマの良いところは、それが眠るためだけにあるということだ。なかなか、潔いと思う。大体、「こうにもなります。」「ああにもなります。」というものにエレガントなものがあった ためしがない。
純粋に、眠るための装いで、めったに家人以外の目に触れることもない。パジャマに凝るというのは、きわめて個人的な愉しみで、誰かがほめてくれるというわけでもない。しかし、こうしたものにこそ手を抜かないのが本当の生活だと思う。



だって、考えてもみてほしい。
統計をとってみたわけではないけれど、多分、人類の多くは寝床で最後を迎えるのだと思う。脳溢血か、心臓発作か、逝き方は様々としても、古びたTシャツとジャージ姿で死に様を晒したくはないでしょう。ソノトキニ、ナッタラカンガエル?いやいや、この21世紀、いつ何時、何があるか分からない。日頃の心がけが大事です。第一、あなたも私も、人生の3分の一は眠っているわけだから。


昔のジャーミンストリートには、エレガントな実に良いパジャマが売られていた。


ジャーミンストリート、そしてブリッグがまだあったころのオックスフォードストリート、つまり今のようなブランドストリートではなくて、紳士の細々したものを売る古い店で、この通りが成り立っていた頃には、誰が身に着けるのかと思うような、異常に質の良い(単純な用途に対して驚くほど高価だったりする)、且つ、けっこうエキセントリックなものが平然と売られていた。

ブリッグの一階のガラスケースには、もはやアンテイークではないかと思われるような、真珠貝の柄がついたマニキュアセットなどが並んでいたし、傘を買う場合には、必ず「シルクのものか、ナイロンのものか」を聞かれたりもした。


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ためしに尋ねてみた、「シルクの傘は、強い雨には水漏れしないものなのかね」、70年代後半のブリッグの店員はこう慇懃に答えた、「もちろん、漏れることもございましょう。」「ところで、お客様は、強い雨の中をお歩きになるための傘をお探しでございますか。」


それは、そのシルクが張られた傘は、強い雨の中を「歩く」人には不向きな傘だということで、これは、「傘」という形をしているが、別なものなのだ。


つまり、昔のヨーロッパの贅沢品は、それが我々が慣れ親しんだ或る物の形にいくら似ているからといって、その実用性を期待すると裏切られる、あっさり壊れてしまうのだ。

高価だからといって頑丈だと「身勝手にも」思うのは、そもそもソウイウものに「慣れていない輩」「非常識」なのであって、ソウイウいくらでも代わりはあるようなものに大金を出すのは、当然、それを許し、メインテナンスに手間ヒマを惜しまない余裕の或る人、つまり「エレガントな」人だ、、、という独自の考えが20世紀末までは確かにヨーロッパに根強くあった。

例えば、、、

私が自分で最初に買ったパジャマは、きれいなブルーに赤いパイピングが施してあるもので、袖口のカフや少しラウンドした襟にも赤いパイピングの縁取りがしてある、ズボンの前は共地の紐でしばるクラッシックなタイプだった。特質すべきはそのコットンの質で、絹のような光沢があって、一目で気にいった。


ところが、これがすぐにダメになった。襟のところが、ボロボロにほころんでしまったのだ。それで、もう一枚、同じものを買うべくジャーミストリートの店にでかけていった。幸い、色違いだが同じ質のパジャマが一枚残っていた。


勘定しながらも、私としては文句のひとつも言いたいところだ、「ところで、このパジャマはすぐにダメになってしまうね。」「この間買ったのに、もう襟のところが台無しだ。」

ピンクのポケットスクエアを胸にさした店員は、慇懃に「お持ちくだされば、修理できるものでしたら、襟など早速直させていただきますが」と請け負ってくれたが、話し込んでいくうちに、店員は何かに気づいたようで、おそるおそる私にこう聞いた「失礼ではありますが、お客様、もしかして、あのパジャマを洗濯機でお洗いになったのでは、、、」、そりゃそうさ、日本人は清潔好きなんだ、一日使うごとに洗濯機に放り込んださ。

店員は、「オウ、、」と短い悲鳴に似た小さな叫びをあげると、隣にいたヴァイオレットのポケットスクエアを胸にさした店員に、「リチャード、このお客様は、品番TA8865のシーアイランドコットンのパジャマを洗濯機で洗ってしまわれた」と小声で告げた。リチャードも、また「オウ、、」と口元に手をあてながらも短い悲鳴をあげると、その隣にいたハウンドツース模様にライラックの縁取りがしてあるポケットスクエアを胸にさした店員に、小声で同様に囁いた、その店員もまた、「オウ、、」、、、、。小さな叫びが店中を伝染していった。

そのフロアの一角にいた店員全員から哀れみに似た視線を浴びながら、私だって思わず叫びたくなった、、、

つまり、これほど上質のコットンのパジャマは、大切に手洗いされるべきもので、それを洗濯機に放り込んだ私は、大英帝国に攻め込んできたローマ人以来の暴挙の徒というわけだ。


もっとコワイ話もある。

私は、ロンドンでの足代わりに、ロータスエランという小さなスポーツカーを使っていた。ルノーアルピーノとさんざ迷ったあげく、地元の車の方が何かと便利で、街にもなじむだろうと選んだのだ。ところが、これが油漏れする。


危険を感じて、ロータスのガレージに持ち込んだ私に、そこのエンジニア氏は平然とこう答えたものだ「アア、あれは、わざと油が漏れるようにしてあるンです。自動車というのは、完璧なものだと間違った考えを持たれると困りますからね。信用できないと思わせておけば、事故も故障も少なくなりますから。」、、、

アレは、英国人特有のユーモアだったのだろうか、それとも本心だったのだろうか、、そういえば、当時のロンドンには自動車修理工場がやたらあって、車をもつ友人は常に優秀な修理工を探していたようにも思うが、、、


それから、21世紀へと月日は流れ、ブリッグはモダンな店へ移転し、シルクの傘は、よっぽどの酔狂者の特別注文品となり、店頭からはとうに消えた。そして、あのロータスでさえ、タッチスクリーン式マルチメディアシステムなどというものがつき「ラグジュエリーカー」をめざしている。

、、、そして、まともなパジャマで眠りにつく人は、稀になった。











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Pajamas そしてヨーロッパの贅沢品というもの
百歳堂 |  手間がかかるという「贅沢」。

copyright 2008 all reserved by Momotosedo, Ryuichi Hanakawa

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by momotosedo | 2008-07-25 08:15 | MY LITTLE REAl LIFE

7月22日(夏日)  書とネーム




MOMOTOSE
DO A DAY







f0178697_19173816.jpg秋から展開する、ハンドメイドのオフ ザ ペッグ(レデイメイド、最初はシャツとネクタイの予定)、「GINZA 1」(銀座一丁目だから、、)のネームのサンプルがあがってきた。
書は、義理の姉に頼んだ。この人は書相が良い。


姉は、職業書道家ではないが、ずっと好きで書をやっていて、大学のときには、わりと有名な先生にもついていたらしい。ついた先生は唐様だったらしいが、このごろは、高野切りとか、かな文字をはじめていて、それが良い。

思い出すのは祖母のかな文字で、いくつかいまも残してあるが、とても良い書相をしている。



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by momotosedo | 2008-07-22 19:29 | ■百歳堂 a day

7月21日(夏日)  真夏の夜のフロイト






MOMOTOSE
DO A DAY





今夜は、刺繍入りの中国シルクで仕立てたゴールドのパジャマで眠ろう、お気に入りのパジャマで眠るためにエアコンをきかせ、秋の夕べのようにドライになった寝室で本を読みふけっていると、だんだんとまぶたが重くなってくる。

先を読み進みたいのだが、何か特別な麻酔薬を打たれたように抗いがたく、意識は文字と夢のあいだを右往左往している、それで、ついには観念して、目を閉じてまどろんでしまうのだが、抱えたままの本の重みに気づいて不意に目が覚めたりもする。

そのとき、何か夢をみているような、、浅き夢見し、夢の断片を抱えているのだが、ほんのささいなことなのだ、、、


フロイトが、無意識の記憶としての「夢」を発見してから、今もその断片から心の中を覗こうという努力が続けられている。

そのおかげで、「夢」まで気にしなくてはならなくなった、フロイトが書いた「夢判断」(1900年)は、いまや、それを書いたフロイトの心理を分析することが心理学者のテーマになっている、この永久の螺旋、当のフロイトは晩年にモーゼに取り憑かれ、自身のオリジンであるユダヤ総体を自らの心理学の理論の枠のなかにおさめようとする「モーゼと一神教」を書き残す、、「誰がモーゼを殺したのか。」、それを著したハンデルマンをはじめとしてフロイトの精神分析はいまやユダヤの民族的事項として語られ始めた。フロイトの存在自体が、分析さるべき20世紀の「夢」として残った。

はたして、私は今夜、どんな夢を見ることやら、、、










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by momotosedo | 2008-07-22 02:33 | ■百歳堂 a day

7月15日(晴天) ライブリーボタンとアンライニングブレーザー



百歳堂日乗



dandy style
Button
百歳堂 |  ライブリーボタンとアンライニングブレザー



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よく、かって在った(例えばヨーロッパの)クラッシックな服と、いまの服とどこが違うのですかと聞かれることがあります。
どこが、違うのか?これは言い出せばきりがないほどちがいます。一番違ってしまったのは、実は、いまや服をつくるという気構えが違ってしまっている、ということに尽きるのかもしれません。
気構えがちがってしまったので、もうサビルローでつくろうが、どこでつくろうが満足できるものに当たるのは稀です。もはや、システムそのものが違うのです。
ズット、それが不満でした。

細かいことでいえば、例えば、ボタンです。

タウンスーツのボタンは、ホーンボタンであるべきです。ところが、いまや大概のテーラーでは、「ホーンボタンにしといてね」といわない限りはプラスチックがついてきます。これが気構えの違いです。
ナットボタンやホーンボタンは確かに良質のものはなくなりつつあります。が、それでも探せばまだあります。バッファローホーンは色も表情もさまざまで、そのどれを合わせるかというのもスーツの妙味のひとつです。
ボタンを選ぶ段階で、付属屋さんのサンプル見本ではなく、奥にしまってあった古びた箱から大切そうにボタンが出て来たら、しめたものです。そこは、気構えの良いテーラーです。


気構えというのは、精神論で終わるものではなく、何を具体的にし続けているかということです。

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最近、ご注文を受けたネイビーブレザー。ご要望は、「いつでも、どこでも着たい」「女房は変えるかもしれないが(?)、これは死ぬまで着たい」というブレザー。

生地は英国のジョン・クーパーの「DISCO」という少しドライな、表情の良いダークネイビーを選びました。70年代のものです。
少しウエイトがあって、タイトに良く織られていて、これなら真冬を除いて3シーズン着られます。

スタイルは、、、と言いかけて、或るブレザーを思い出しました。

シングルの3ボタン、3パッチポケット。ココまでは、普通です。しかし、アンライニング。つまり芯地がない、しかも胸のダーツもなし。ダーツがないので、アスレッテイックな型紙とアイロンワークでくせをとり、立体をだします。ほぼ立体裁断。しかし、芯地なし。
肩パッドはパッドの綿を抜いた特性の極く薄いものを入れ、自然で美しい撫で肩のライン。ベンツはなし。


これは、30年代のクラッシックなリゾートブレザーで、例えば、ケイリーグラントもライトウエイトのグレー地のものを「泥棒成金」で愛用しています。

ダーツがなく、芯地がないので、微妙に胸元にドレープが生まれて品の良いカジュアル感があります。クラッシックです。決してナポリ風とは違います。




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、、で、ボタンは?

このブレザーに似合うのは、、、ここは、ひとつ奮発して、とっておきのアンテイークのライブリーボタン、ハンテングボタンをつけましょう。

ライブリーボタンというのは、各家の歴史を表すボタンで、動物モチーフ、各家のモットー(多くの場合ラテン語で記される)を刻んだもの、ユニコーン、ドラゴンなどの想像上の動物のモチーフなど、そのデザインは文字通り多岐にわたりユニークで、コレクターアイテムになっています。欧米には、事実、ボタンコレクターというのが根強くいて、古いものは当然セットにはなってないですから、一個づつで取引されているのです。

ハンテイングボタンもライブリーボタンの一種といえますが、これは自身の領地でおこなわれるハンテング=狩猟を表す領主のボタンです。通常、イニシャルのみか、イニシャルと動物などの絵柄の組み合わせがあります。

とっておきのボタンは、19世紀のもので、珍しくセットになっていたので随分昔に買っておいたものです。良いボタンほど、ちゃんとセットになっているものを見つけるのは難しいのです。


私は、ボタン集めが好きです。この世界は奥深い。単に文様だけでなく昔のものは、ゴールド、シルバーのプレートの仕上げの質感が違います。マットな黒の仕上げもあって、なかなか見つかりませんが私の好みです。
ファーミンとか渋いところではシンプソン&サンとか、いまはないロンドンのボタン屋の仕事を見ていると宝石の老舗にひけをとらない気構えとクリエイテイブを感じます。もう話し出せばきりがない。今度「テーラー六義」のサイトの方に詳しく書き残しておかねばと思っています。


そして、残念ながら日本にはない歴史で、実に良い予想外のボタンがあるにもかかわらず、知っている人が少ない。まして今のテーラーにおいておや、です。

男の「生涯の友人」となるべきブレザーには、こうしたボタンがつけられるべきです。







実はこのブレザー、私もネイビーのものを一着もっています。もう30年近く前にパリのテーラーで仕立てました。いま思えば、このテーラーは、ロンドンのテーラーとは違った意味で男の粋というのをよく知っていたように思えます。
当時のパリは、テッド・ラピドスやスマルト、カルダンが全盛の時期で、私には時折このテーラーがやけに頑固で保守的に映ったものです。しかし、気が付けば、そのブレザーは本当に「いつでも、どこでも」着ていました。いまだに、現役です。

先ず、品が良い。ファッショナブルな集まりでも、保守的な集まりでも自信をもって着られます。
本当は、もう一着欲しいと15,6年前に思ったのですが、そのときにはテーラーは既に引退していました。
それで、いくつかのテーラーで頼もうとしたのですが、不思議なことにイヤがるんですね。やはり、胸のダーツがなくて、芯地がないというところと、微妙なドレープのあり方に難しさを感じるようでした。確かに、仕立ての技術とセンスいかんで本物にもなれば、薄っぺらにもなってしまう怖さがあります。

ところで、私のブレザーについているボタンですが、これにもブロンド美人が絡んでくるチョットしたお話があって、、、、。イヤイヤ、ボタンの話はつきません。



(そのお話は、六義庵百歳堂の「モンマルトルの恋人」の項にあります。)

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by momotosedo | 2008-07-16 00:40 | ■dandy style

7月12日(夏日)  言葉の魅力2 




言葉をめぐる冒険
言葉
の体力
百歳堂 |  話す言葉とグロバリーゼーション





私の場合、「話す」言葉と「読む」「書く」言葉をくらべると、「話す」言葉へシフトしている期間が長いように思う、それは旅を続けているからで、徹底的に旅に明け暮れた合間にその反動で「読む」「書く」言葉へ戻るインターバルがある。


よく、何ヶ国語しゃべれるのですかとか、英語がお上手ですねとか聞かれることもあるが、そんなことは実は意識にない、きわめていい加減で、語学教室に通ったことすらない。すべて旅で覚えたもので、それは私が知る限り、いかなる言語も文法が良い加減で例外が多すぎる、だから言語を文法から入るのは混乱のもとで、時間がかかりすぎる、むしろ大事なのは発音と言葉の選び方、言い回しで、それがクラス、階級によって違うのは当然で、意味は同じでも美しい言葉もあれば、そうでないものもある、これは日本語のことを考えればすぐに納得できる、苦労して文法を覚えるなら、美しい発音でヴェルレーヌの一遍でも丸覚えしたほうが尊敬されるかもしれないし、そのほうがよりフランス語という言語に近づける。



こと英語の教育については、日本は悔やんでも悔やみきれないほどの誤りを続けてきた、「受験英語」という実際の英語とは全くかけ離れた「英語」は「しゃべる」ことへの恐怖心をもった人を増やしただけで、これは日本の「個人レベル」でのグローバリーゼーションを決定的に遅らせた。事実、その教育では教養があると思わせる英語を話すのはほぼ不可能だと思う。


この3~4年で世界は変わった。その予兆は10年前にあった。当時は、「グローバルスンダード」という言葉が日本でももてはやされていた。それは、世界が同一線上にあるということで、もはやそれは10年前の話である、にもかかわらずいまだ日本の大勢は10年、5年前と同じスタンスで物事を考えようとしている。

すでに、世界は新しいブロック体制に向かっている。



















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by momotosedo | 2008-07-12 01:19 | ■言葉をめぐる冒険

7月11日(晴天)  言葉の魅力 1





言葉をめぐる冒険
言葉
の魅力
百歳堂 |  簡潔という呪縛






書棚に残る古い本を再読しはじめて気になったのは、自分がどんな物語を或いは書物を探し求めていたのかということだった、多分、若い私の場合は自分を刺激してくれる魅力ある言葉を追い求めていたように思う。

日本語があまりうまくなかった私は、学生の頃、一時某新聞社の社会部デスクだった方に私淑したことがある。私淑といっても、相手は忙しい社会部のデスクだから、きわめて気ままなもので、新橋の高速道路下の台湾料理の屋台とか銀座のルパンとか酒場めぐりの記憶の方が多い。

実は私は、これまで「言語的危機」に2回陥っている、日本語がうまくしゃべれないのだ、努力すればするほど変な翻訳調になる、危機というのは大げさだから一種のスランプに陥る時期があった、言語的な「スランプ」。歩行するのに、右手、左手と交互にでるところが、両手が同時にでてしまうようなもどかしく、やるせない気分。

このときも、そういう時期で、旅が過ぎたのだと思う。

「これでも読んでおいて」とデスク氏に最初に手渡されたのが、「日本語の作文技術」だった。これは、とてもよくできた画期的な書物で、わかりやすい文章を書くという意味では、日本語が明確に定義されている。
しかし、はたして言葉はわかりやすさだけで成り立っているのだろうか。
























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by momotosedo | 2008-07-11 19:39 | ■言葉をめぐる冒険

7月10日(陰) うなぎ ふたたび



MOMOTOSE
DO A DAY




気になって、うなぎ屋の「青葉」をしらべてみたら、神戸元町にある「青葉」の枝分かれらしい。
神戸の本店は、昭和10年から続いているらしいから、結構な老舗で、おもしろいのは関西にあって、この店はかたくなに蒸した関東風のうなぎを焼き続けている。

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by momotosedo | 2008-07-10 09:49 | ■百歳堂 a day

7月9日(陰) うなぎ





MOMOTOSE
DO A DAY




今日は、銀座に出て六義で大久保と既成靴の打ち合わせ。大久保のコンセプトと考えはおもしろい。

その後、新富町の「青葉」という うなぎ屋によって、遅い昼食。

うなぎには、各人、好みがあって、綺堂は新聞記者時代は新富町の裏にあるうなぎ屋に通っていたそうだが、番町の知人宅でとってもらったうなぎが気にいってそれ以来、うなぎのつきあいはそこに限ったとか。

旨いうなぎはクセになる。

子供のころは、大人の決めたうなぎを食べるわけだから、好みといっても、そう気にできなかったが、この歳になって確かに好みは出てきた。

好みとはいっても、いったい、人はうなぎのどこに違いをもとめるのか,ちょっとアンケートでもとってみたいところだが、思いつくのは、まずタレ、タレは意外に店によって味の違いがある、そのタレのせいで、なじみを変えないという人もいるのではないかと思う、江戸前のタレは辛めだが、私は少しあまいのが良い、そのほうが旨いうなぎのコクにより合うように思う。

それに蒸し方もふくめた焼き方、焼くのはやはり備長炭でお願いしたい、蒸しは店の腕の見せ所で、程の良さ、うなぎのコクを残していて、かつクドイ後味が残らない蒸しが良い。
それとやはり、最後はうなぎそのものになってくる、昔、うちでは夏はうなぎがやせていて良くないから土用のうなぎは食べるもんじゃない、うなぎは9月の声を聞いてからと決めていた、魚に産地があるように、当然うなぎにも、どこそこのうなぎというこだわりがあるはずで、夏は柳川の黄腹が良いとか言っていた覚えがある。
これは、見た目ではシロウトにはわからないから、うなぎ屋さんには是非、良いうなぎを選らんでもらうようお願いしたい。



ところで、「青葉」のうなぎは、関西風かもしれない、なぜなら店の人に薄く関西のアクセントがある。しかし、関西のうなぎは蒸さないというけれど、厨房をみると蒸し器があるし、出てくるうなぎも柔らかく蒸してあるように思う、大体、関東と関西のうなぎの違いが私にはよく分かっていない。考えれば、関西の人が東京で関東風のうなぎを焼くこともありえることだし、しかし、板さんも女将も関西弁で、それも新富町のわかりにくい裏手に店がある、私はいつもただ注文して、食べて出てくるだけなのだが、気になるといえば気になる。
あと、ここはタレのかかったご飯そのものが旨い。そして、どんぶりを頼むと、なぜかうなぎといっしょに、ご飯のうえに肝焼きがひと串ついてくる。この肝焼きも、気に入っています。







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by momotosedo | 2008-07-09 16:05 | ■百歳堂 a day