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8月17日 (雨、涼しく思ゆ)   イーヴイリン・ウオーの「教え」





言葉をめぐる冒険
Evelyn
Waugh
百歳堂 |  イーヴイリン・ウオーの「教え」





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猛暑の或る日、篭った空気にむせかえる私の書庫の書棚のもうひとつ奥から陽にやけて黄色くなった吉田健一訳のイーヴイリン・ウオー「ブライドヘッドふたたび」をみつける。その黄ばみも、この物語にふさわしい、折り角、映画化されたそれを見たばかり(海外では7月から上映、日本では未公開)という偶然もあって私は再読をし始めた。


イーヴイリン・ウオー、たしかに英国を代表する作家、そしてグレアム・グリーンと同じく英国の「カトリシスム作家」。



16世紀の宗教改革以来、英国国教会をもつ英国においてカトリックであることは、やはり少数派で、結婚するのにも影響があるのは今も同じ事情だろうが、19世紀あたりまでは異端として差別もされ、オックスフォード、ケンブリッジへの入学も許されず、公職につくことにも差し障りがあったと聞く。




そうしたなかでウオーは1930年に英国聖公会からカトリックに改宗している。この「ブライドヘッドふたたび」もマーチメイン侯爵というカトリックに改宗した貴族(彼は夫人と結婚するために改宗した、)の家族の行く末を主人公の回想で綴っていく。




このウオー自身の背景もあって、1945年に出版された「ブライズヘッドふたたび」はしばしばウオーの「護教的」作品と評されている。そして、もうひとつ。この物語は、実在の場所、実在のモデルに基づいて書かれたともいわれる、物語の舞台となるマーチメン侯爵の館ブライドヘッド城はヨークシャーにあるカーライル伯爵の邸宅 Castle Howard がモデルとされ、この物語の登場人物も、ウオーの身近にいた人物がモデルで、当然、そのひとつには、ウオー自身の影がある。(ウオー自身もオクスフォードに学び、妻は貴族の出自で、自身も上流階級にいた、)



実在のモデルを持つ登場人物たちと、改宗した「カトリック」を抱えて、ここでウオーは、何をどう語っていくのか、



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ウオーの作品に共通するのは、当時では度が過ぎるとも評された特有の皮肉や、ときにニヒリステイックともいえる救いの見えない物語の結末で、それはこの物語も例外ではない、


前半部分の輝くような20世紀初頭の貴族の館の生活と、大戦に至る前のわずかなベルエポックの時代に魅力的な美少年セバスチャンと主人公がオクスフォード、ベネチアに躍動する眩さ、それは当時の「輝ける若者たち」を最も美しく描写したひとつで、誰しも魅力を感ぜずにはいられない、




しかし結末にいたる物語の後半には、救いのない悲しみが待ち受けている。
主人公たちは、往時の眩さを無頓着に投げ捨て無為にそれぞれの悲惨な結末を迎える。その悲しさの種類は、大切にしていた繊細なベネチア細工を誤って床に落とし、粉々に砕いてしまうような行き場のないやりきれなさで、己の無防備さが招いた諸行といえる、それは、前半の眩さゆえに、存外、読む者の心に沁みて、思わず悲嘆の声をあげさせる。



イーヴイリン・ウオーという作家は巧みで、この物語もマーチメイン侯爵に最後の秘蹟をほどこすために呼ばれたマカイ神父の言葉「神は正しき者を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせようとして来るのです」で、眩いはずの登場人物たち全てが無為なまま悲惨ともいえる最後を迎える謎を解く。それが、この物語でウオーが用意した知的に捻じ曲がったカトリシスムの捉え方で、これは精神の物語を綴ったウオーなりの「教えの書」なのだ。




映画の方は、80年代にジェレミー・アイアンズ主演でグラナダTVでシリーズ化されたものの印象が強く、この物語を映画の2時間ほどという尺でまかなうのには不満が残るというのが正直な感想だった。ただ、貴族の館の設えなど映像は充分魅力をもっている。



この物語は、映像化されたとき前半の眩さが魅力を放つ、とくにTVシリーズは評判も良く、小説でもモデルとなったヨークシャのCastle Howardでロケを敢行している。

ただ、いまの私は、正直なところイーヴイリン・ウオーは少し苦手かな、その皮肉を読み続けるには他の作家の愉しみが多すぎる。


ただ、それだけ心に残る作家で、ちょうど再読し始めていた時期に、「テーラー六義」の 「Made to Measure」のプロジェクトを抱えていた私は、気が付くとノスタルジックな少し文学的(?)な英国の三つ揃いを作り始めていた。どうしても、それが頭について離れなかったのだ。



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さて、TIさんからコメントを頂きました。TIさんありがとうございます。



「Made to Measreとは興味深い。ビスポークでないと表現できないものかと思っていましたが。
さらにイヴリン・ウォーというのも更に興味深い。劇作家中心のようですね」。



「Made to Measure」の自分なりの解答を見つけ出すのには、手間がかかりました。ただ幸
いだったことは、日本のテーラーの製図能力の高さと緻密さです。これは、再認識いたしました。


そして、気が付いたのは、フィッテイングの精密に迷うよりは、むしろ服の雰囲気をどこまで表現できるか、守れるかに集中した方が、「Made to Measre」としての効果と魅力が生まれるということです。そのなかで、フィッテイングの問題は自ずと解答を見いだしていきます。


とくに、今回は、イーヴイリン・ウオーのおかげで(?)、ノスタルジックな英国の三つ揃いという明確な方向があったので、仕事の集中の的が絞れました。それと、形見分けで取っておいた祖父の当時の服も、その時代のテーラーの仕事を確認するのに助けてくれました。(物持ちの良いのは、我が家の伝統です。)

機会があれば、一度お試しください。




「劇作家中心」というよりは、「カトリシズム」つながりですね。

若い時分、ヨーロッパに遊んでいた私は、自分なりにヨーロッパを捉えようとしていたのですが、そのなかで自分の体感として欠けているもの、つまり宗教を捉えるために、カトリシズムの作家を意識的に読み続け、各地の教会や聖堂に通い続けたことがあります。

ウオーの「ブライドヘッド ふたたび」に登場する、英国におけるイエズスの牙城、メイフェアのファームストリートチャーチにも行ったことがあります。一時のことで、どこまで、理解できたかは疑問ですが、得るものはありました。


イーヴイリン・ウオー、心に残る作家ではあります。

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by momotosedo | 2008-08-17 18:13 | ■言葉をめぐる冒険

8月4日(熱帯夜) コミュニケーションの浪漫的な解釈




言葉をめぐる冒険
Communication
の浪漫的な解釈
百歳堂 |  ユイスマンスの写実、マンデイアルグの描写






書棚からマンデイアルグをとりだして、ついでに隣にあったロアルド・ダールもとりだして、両方を見比べてみました。ズイブン、乱暴な比較だなって?その通りです。しかし、机の上に複数の作家の本を同時にひろげて読むとズイブン色んなことが明確になります。

この二人は、作品はともかく、人間的には共通する部分を持っていたんじゃないかと思えます。昆虫とか家具とか、モノに対する偏執、エロス、怪奇、夢、諧謔への嗜好。違うのは、一方がパリジャンで、もう一方がウエールズ人だということ、なにより「作品」というものの考え方、「読者」というものの捉え方、そして、その「読者」へのコミュニーケーションの仕方です。つまり、質は同じものをもっていても生き方でこうも違ってくるものなのですね。
ちなみに、マンデイアルグの奥さんは画家のボナ、ダールの奥さんは女優のパトリシア・ニールです。そして、両人とも美人です。


TIさんから、コメントを頂きました。TIさん、ありがとうございます。ユイスマンスも、マンデイアルグも理想的な読み方ですね。足の故障はいかがですか。


「デジタルでもコミュニケーションはかえって断絶する」


その通りですね。もっと言えば、ズイブン前から「コミュニケーション」の質自体も、「共感」とか「感動」とかから、「選択」と「決定」へ移ってますね。あと、モウひとつ言えば「削除」かな。

「選択」、「決定」、「削除」という割合が、すでに我々の生活の80%を占めていて、あとの20%に、「感動」「共感」を求める行動をしているかというと、大概の人は単に身近な「退屈しのぎ」をしていますね。

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ユイスマンスとマンデイアルグに共通する「読者」へのコミュニケーションの仕方は、徹底した細密な描写、写実です。物語を語るのではなく、主人公の心理を探るのではなく、そこにある事物を執拗に描写していくのです。先ず、このことを、覚えておいてください。

ユイスマンスの「写実」から探っていきましょう。マンデイアルグの「描写」については後述します。

例えば、ユイスマンスの「大伽藍」は、ただ、シャトル大聖堂の緻密な描写とその謎解きに終始するだけで成り立っています。「大伽藍」は「出発」、「献身者」とともに、ユイスマンスの中世カトリック神秘主義を探る3部作のひとつです。


ところが、これがスリリングで一種の感銘を生み出すのです。

つまり、元来、教会建築そのもの、或いはそこに施された祭壇画、夥しい彫刻という象徴、あるいはそれを含めた空間、、、それ自体がカトリックそのもので、「聖書」という「言葉」より、より現実にカトリシズムに触れられる「コミュニケーション」として存在するものです。
例えば、ウイーンのシュテファン寺院に入ると、そこかしこに刻まれた中世的な動物や、表彰に目を奪われ、その美しさと豊饒はいくら見ていても見あきることがありません。そして、そのひとつ、ひとつにはもちろん、宗教的な意味が秘められています。この空間にいると、信者ではない私でさえも、カトリシズムのもつ奥深さに気づかされます。なにより、身体が感じていくのです。

つまり、カトリシズムを徹底的に探った作家であるユイスマンスは、大聖堂を細密に読み解き、描写することで、カトリシズムそのものを浮き彫りにしていくのです。

徹底した描写によって「空間」を蘇らせ、言葉では現しきれないもの、しかし本質であるものを伝える。これがユイスマンスの写実であり、描写なのです。

ユイスマンスは、ゾラに見出され、自然主義の作家としてスタートしました。その文体の師がゾラであることからも分かるように、ユイスマンスは自然主義の規範である「写実」を生涯、貫き、磨いていきます。

「自然主義」とはリアリズムを定義したものですから、その文体は事物をリアルに映す「写実」でなければいけないのです。

あの「さかしま」も、ユイスマンスにとっては、退廃文学というよりは、「自然主義」の「発展形」として考えていた節があります。

これは、「さかしま」を単独で読んでしまうと、見誤ってしまいますが、ゾラの自然主義からスタートし、「ルルドの群集」にいたる連続したつながりで見ていけば納得できます。

なるほど、「さかしま」は、デ・ゼサントの心象を描くというよりは、「人工楽園」のために選ばれる事物を写実、描写していくことに徹底しています。

また、「さかしま」で、デ・ゼサントが「人工楽園」を設(しつら)え、ついに最後の仕上げとして書棚の書物をひとつひとつ、この「楽園」にふさわしいものに入れ替えていくとき、そこで選ばれる書にも歴然とユイスマンスのカトリシズムへの忠誠は現れています、、、フローベルの「聖アントワーヌの誘惑」、ゴンクールの「ラ・フォスタン」、そして師であるゾラの「ムウレ神父の罪」、、。


ある意味で、この「人工楽園」はデ・ゼサントにとっての「教会」なのです。

事実、「さかしま」の発表後、ユイスマンスは師であるゾラを訪ね、「自然主義の発展形」としての「さかしま」を縷々、説明しにいきますが、ゾラはこれを「自然主義を脅かすもの」として、ユイスマンスに一種の「破門」を宣言します。

ユイスマンスはここで、創作上の「十字架」を背負ってしまいます。この「自分の思い」と「世の捉え方」の溝から、生涯をかけてカトリシズムを追求していくことになります。


ユイスマンスは、その後、悪魔主義的な「彼方」を発表し、巷間では、「彼方」以降、カトリシズムに「回心」したことになっていますが、ユイスマンスのカトリシズムは、当初より一貫したもののように思います。ユイスマンスは、カトリシズムを考えれば、考えるほど、その奥に残虐性や暗黒を抱えていることに気づき、つまり、毒をもって毒を制す、それをなんとか伝えようと黒ミサの「彼方」を書いたように思うからです。



白鳥の歌である「ルルドの群集」で終に、ユイスマンスの「カトリシズム」と「写実」は結実します。これはルルドの奇跡を追った、そこに集まる群集の情景を全力で綴るルポルタージュです。ルルドという究極のカトリシズムの「空間」を全力で描写し、書き残すのです。

ユイスマンスは、このとき既に舌癌におかされていました。


「写実」という「言葉」を使いながら「言葉」では現しきれないものを表出させようという作家の姿勢、「言葉」好きな私は、その純粋形は、詩であり、もっと洗練していったものが、日本の句や歌だと思っています。

「句」や「歌」には季語はあっても、あからさまな感情表現は嫌われます。事物を描写することで、描写の仕方で、言葉では言い表せない本質を語る。そして、それを解釈し、想いはかる。そこには、かなり高い次元の「コミュニケーション」が存在します。そして、その中には選ばれた言葉の美しさを愛でる、組み合わされることで一語の言葉を生かすことを尊重するという、かなり純粋化された言葉の「コミュニケーション」があります。



マンデイアルグも、ときにその場面設定の異常さに惑わされますが、そこで行われるのはやはり粘り強い徹底した描写です。

マンデイアルグは、本人も宣言していますが、文体に拘った作家です。彼のスタートは詩人です。詩人と同時に、極めて知性的な作家で、それぞれの著作ごとに知的な冒険をし続けました。文体も、作品ごとに洗練と試みを重ねていきます。それが、どの程度翻訳に反映しているのか気になるところですが、それでも「言葉」にしっかりと粘り腰で立ち向かう姿はくみとれると思います。

ただ、マンデイアルグの「描写」は「写実」とは違います。その「描写」は、マンデイアルグという作家のイマジネーションから生まれた「言葉」です。

アンチロマンの読者を拒絶するような「写実」と違うのは、写実に徹するということが、伝えたい本質を表現するにふさわしいものとして選びとられているということで、つまりは、その背景にあるユイスマンスとマンデイアルグの生き方に違いがあるんでしょうね。つまり、「コミュニケーション」とは「言葉」とは生き方の問題で変質すると、だから、真剣に生きている人間との「コミュニケーション」には心して当たらねばいけない、マンデイアルグとロアルド・ダールをひろげて、そう思いました。













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by momotosedo | 2008-08-05 00:02 | ■言葉をめぐる冒険

8月3日(真夏日)  ユイスマンス  マンデイアルグ 非デジタル的 美的生活 




言葉をめぐる冒険
Mandiargues

百歳堂 |  マンデイアルグと美的生活







TIさんから、こんなコメントも頂きました。 TIさんありがとうございます。

「圧巻は「さかしま」に登場する2重水槽の居間でしたか、ブログからは、まるでマンディアルグのような空間性も感じます。」

あっと、マンデイアルグときましたか。ありがとうございます。こういう方が、このブログをお読みになっているとは知らなかった。マンデイアルグ、、、澁澤龍彦さんの色白の横顔を思い出します。

マンデイアルグの書斎には、「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘が、、、」というあの有名なシュルリアリズム宣言そのままを、実際に組み立てたオブジェがあったといいます。そして、本棚には波打つ広大なポルノグラフィーのコレクション。

対して、妻であり画家であり、ヨーロッパ屈指の美人と謳われたボナの寝室には、後年、マンデイアルグと日本を結びつけることになる三島由紀夫の1メートルを越すポートレイトが飾られていたといいます。そして後年、ボナはメキシコに惹きつけらていきます。

ユイスマンスの生涯は、何か求道者めいて映りますが、マンデイアルグ、ボナ、そしてレオノール・フィニたちは、人生を彼らなりのアンテナをはり巡らして愉しんでいたように見えます。

マンデイアルグは身体全体が太い敏感なアンテナのような作家で、そのアンテナが感じとった信号に導かれてマンデイアルグは、その著作で冒険を続けていたように見えます。


そして、デジタルというハードウエアとしてのアンテナには事欠かない、現代の我々の受信能力は逆に痩せ細りつつあります。






ふと、思うのは、いまの時代、ユイスマンスが、「さかしま」が、いったいどれぐらい読まれているかということで、つまり、iphoneとユイスマンスを同次元で語れる人が、例えば、この東京に今どれぐらいいるのでしょう。

謎を秘めた「さかしま」からカトリシズム作家の究極の声ともいうべき「ルルドの群集」までのユイスマンスという作家、或いはその生涯を辿ることは多分いまでもスリリングな体験だと思います、できれば一気に、続けざまに読んでほしい。

残された我々の幸福は、一人の真摯な作家の何十年にわたる茨の創作活動を、一列に並べて一気に俯瞰もできれば、並べ替えて思考の足跡を探ることもできることにあります。

または、マンデイアルグの全著作と映画化された全DVDを買い求め、ためしに彼女にひとまとめにしてプレゼントするというのはどうでしょう。もしも、彼女がマンデイアルグを受け止めることができれば、第2のボナになる可能性もあります。これは、これでひとつの幸せと言えます。














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by momotosedo | 2008-08-03 13:22 | ■言葉をめぐる冒険

7月12日(夏日)  言葉の魅力2 




言葉をめぐる冒険
言葉
の体力
百歳堂 |  話す言葉とグロバリーゼーション





私の場合、「話す」言葉と「読む」「書く」言葉をくらべると、「話す」言葉へシフトしている期間が長いように思う、それは旅を続けているからで、徹底的に旅に明け暮れた合間にその反動で「読む」「書く」言葉へ戻るインターバルがある。


よく、何ヶ国語しゃべれるのですかとか、英語がお上手ですねとか聞かれることもあるが、そんなことは実は意識にない、きわめていい加減で、語学教室に通ったことすらない。すべて旅で覚えたもので、それは私が知る限り、いかなる言語も文法が良い加減で例外が多すぎる、だから言語を文法から入るのは混乱のもとで、時間がかかりすぎる、むしろ大事なのは発音と言葉の選び方、言い回しで、それがクラス、階級によって違うのは当然で、意味は同じでも美しい言葉もあれば、そうでないものもある、これは日本語のことを考えればすぐに納得できる、苦労して文法を覚えるなら、美しい発音でヴェルレーヌの一遍でも丸覚えしたほうが尊敬されるかもしれないし、そのほうがよりフランス語という言語に近づける。



こと英語の教育については、日本は悔やんでも悔やみきれないほどの誤りを続けてきた、「受験英語」という実際の英語とは全くかけ離れた「英語」は「しゃべる」ことへの恐怖心をもった人を増やしただけで、これは日本の「個人レベル」でのグローバリーゼーションを決定的に遅らせた。事実、その教育では教養があると思わせる英語を話すのはほぼ不可能だと思う。


この3~4年で世界は変わった。その予兆は10年前にあった。当時は、「グローバルスンダード」という言葉が日本でももてはやされていた。それは、世界が同一線上にあるということで、もはやそれは10年前の話である、にもかかわらずいまだ日本の大勢は10年、5年前と同じスタンスで物事を考えようとしている。

すでに、世界は新しいブロック体制に向かっている。



















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by momotosedo | 2008-07-12 01:19 | ■言葉をめぐる冒険

7月11日(晴天)  言葉の魅力 1





言葉をめぐる冒険
言葉
の魅力
百歳堂 |  簡潔という呪縛






書棚に残る古い本を再読しはじめて気になったのは、自分がどんな物語を或いは書物を探し求めていたのかということだった、多分、若い私の場合は自分を刺激してくれる魅力ある言葉を追い求めていたように思う。

日本語があまりうまくなかった私は、学生の頃、一時某新聞社の社会部デスクだった方に私淑したことがある。私淑といっても、相手は忙しい社会部のデスクだから、きわめて気ままなもので、新橋の高速道路下の台湾料理の屋台とか銀座のルパンとか酒場めぐりの記憶の方が多い。

実は私は、これまで「言語的危機」に2回陥っている、日本語がうまくしゃべれないのだ、努力すればするほど変な翻訳調になる、危機というのは大げさだから一種のスランプに陥る時期があった、言語的な「スランプ」。歩行するのに、右手、左手と交互にでるところが、両手が同時にでてしまうようなもどかしく、やるせない気分。

このときも、そういう時期で、旅が過ぎたのだと思う。

「これでも読んでおいて」とデスク氏に最初に手渡されたのが、「日本語の作文技術」だった。これは、とてもよくできた画期的な書物で、わかりやすい文章を書くという意味では、日本語が明確に定義されている。
しかし、はたして言葉はわかりやすさだけで成り立っているのだろうか。
























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by momotosedo | 2008-07-11 19:39 | ■言葉をめぐる冒険

7月7日(雨模様の七夕)  紙一重     見巧者




言葉をめぐる冒険
見巧者

百歳堂 |  紙一重という洗練





歌舞伎も浄瑠璃も焼き物も見巧者という存在がその洗練を促していた。
それが、日本の文化のありようだった。同じことが欧州でもいえるのか、いえるとも思うがいや国が違えば人がつくる場も違う、大枠で納得してしまうのはまちがいで、微細にははっきりと異なる空気があったように思う。それは、日本特有のものだった。
それは、懐かしい匂いもする。生活をするということの奥の深さをかんじさせてくれる。


それが「へたウマ」という言葉が流行語になったあたりからおかしくなった、「オタク」という言葉がなんにでもつかわれはじめて「見巧者」という言葉も遠くになった。




昔は、「お共」というのが頻繁にあって、祖母や母の「お共」でお芝居に出かけ、親父の「お共」で「知人宅」という別の家庭を覗き、その帰りに少し気取った料理屋でご飯を食べた。そうして、子供は「教養」を身につけていった、ような気がする。






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by momotosedo | 2008-07-07 12:19 | ■言葉をめぐる冒険

7月6日 (晴天)  名人は危うきに遊ぶ  紙一重



言葉をめぐる冒険
名人
と見巧者
百歳堂 |  危うきに遊ぶ





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「名人は危うきに遊ぶ 」ということに浮かんだのが「紙一重」という言いまわし、これは英語とかフランス語には見当たらないニュアンスではないかと思う。

野暮と粋とは紙一重、一重を残して遊ぶ名人魂というのは日本に特有なのか。
紙一重で止める「粋」、それを見抜いて、感嘆する目利きの自慢も日本固有の文化か。


名人とそれを見抜く巧者がいるという関係がおもしろい。



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by momotosedo | 2008-07-06 21:57 | ■言葉をめぐる冒険

7月5日(晴天 夏日) 言葉と「体質」 つづき  名人は危うきに遊ぶ



言葉をめぐる冒険
言葉
といふもの
百歳堂 |  言葉と体質





あー、きのうの夜は書きかけでベッドで推理小説を読んでいたら、いつのまにか朝まで眠ってしまった。目が覚めると、夏の土曜日が始まっている。季節は、私にかまわず先を急いでいる。部屋の中にも夏の光が溢れていて、それで、シャワーを浴びて、夏の光をたしかめに麦わらをかぶってさっそく散歩に出ることにした。


眼に痛いほどの光に輝く緑を歩きながら思ったのは、鏡花が描く夏の景色で、きっと今とはちがう風景がここにあって、それを鏡花はどのように語るのだろう、、、それで地球環境の変化は自然だけでなくそこに住む人の言葉も当然変えているだろうことに気づく。
言葉はその人の身体から出てきて初めてオリジナルになる、これは書でいう書相と同じだ。
鏡花の言葉は、鏡花の体験と生まれと鍛錬から生まれたもので、その中には時代も環境も当たり前だが含まれている。その環境を失くしたいま、我々は失われた自然と同じように江戸言葉の本物を探すのにアーカイブを彷徨わざるを得ないところにまで追いこまれている、ところがアーカイブだから限りはある、しかも本物となるとその数も当然少ないだろう。つまり、言葉を愉しむことに限りがあるということで、これは残り多い。


ここで思い出したのが、著名だが異端児扱いされている環境学者の物議を醸した言葉で、彼は地球環境といっても、いまの文化の在りようを考えれば原始時代には戻れないのだから、いまの環境で新しい生態系を考えるべきだと言う。つまり、それまでの生態系のことは忘れて捨ててしまいなさいと。

例えば、東京の落語家のことを考えれば、いまその全員が東京生まれというわけではない、名の通った落語家でも地方の人も多いわけで、しかし東京の落語は良い江戸弁で聞きたいというこちらの思いがある。それで、テレビでは知らないが、多分寄席では江戸弁の口跡を心がけているのではないかと思う、つまり生態系を守ろうとしている。

かわって、いまテレビで活躍する「関西芸人」は良い関西弁を心がけているかというと、それどころか誰もがギャグという純粋に「笑いの空気」をつくる言葉を練りあげるのに必死でいる。
これは言葉の新しい生態系といわざるをえない。では、この新しい生態系が悪いかというと、新しいから玉石混交ではあるが、実はおもしろいと思う。「ウける」モノは残り、そうでないものは即座に捨てられ、ウけたモノも古くなれば跡形もなくなる。なにより、この自由でアバンギャルドな新陳代謝に時代感がある。
昔も流行語で笑わせるということはあったろうが、その量と、スピードと、アプローチと消費の仕方が違うのだ。ここでは、アーカイブに頼ることもない。その生態系の繁殖に眼を見張るだけだ。


アバンギャルドということで、もういちど思い出したのが、吉田健一の文体だ。
私は、吉田翁のアノ文体は、ヨーロッパ暮らしが長かったせいで、文節をひとつひとつ区切る英語やフランス語風に日本語を書いていたのだと、本気で思っていた。事実、吉田翁の文体は英語に直してみると明確になる、かえって日本の作家の誰より英語に翻訳しやすい文章だと思う。

それがそうではなく、意図のうえに選ばれたものだと分かったのは、古い本を探っていて、吉田翁の「言葉」や「英語という言語」について書かれた本を再読したことによる。



吉田健一ほど、「言葉」、「言語」ということに対してその根本を探っていた作家はいない。




吉田翁には、「言葉といふもの」という名随筆がある、(一部を抜粋しようかとも思ったが、全文がひとつの思考の流れになっているので、その一部を抜き出しても意味がない、日本ペンクラブのウエブで公開されているので、そのアドレスを記すことにする。
残念ながら、ペンクラブのウエブは読みやすいようにデザインされているわけではなく、アノ文体であるから、できれば文庫本でも探して読むことをお勧めする。)


http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/study/yoshidakenichi.html

いつも思うが吉田健一の論理は、シンプルな原理から始まる。



この随筆を読んでいて気づくのは、「言葉」というものをめぐって展開される吉田翁のスリリングな論理の展開で、そのスリルを存分に味わうためにアノ文体があるということだ。よく見ると、文節の所々には論理の質とは離れた俗な言葉や、きらびやかな言葉があって、それが何かふくよかさとか余裕、上質を感じさせるようになっている。また、或いはワザと意味をぼかすように、読者をつきはなす。その結果、独特な世界が生まれていて、いつしか癖になってしまうのだ。


これは、選ばれたもので、しかも紙一重の危険なバランスをもった文体といえる。一種の名人芸なのだ。
吉田翁は、この文体をつかって読む者を翻弄する。ここで思い出すのは、「名人は危うきに遊ぶ」という言葉である。これは、鏡花の語りにもときにみられる。


名人は、時にわざとバランスをくずしてみせて、限界を超えることを愉しむ。これぞ、名人!と目利きならずとも声をかけたくなる瞬間で、新しい時代に入って古の美しさが手に入らなくなっても、新しい名人の「危うきに遊ぶ」姿は期待したいところだ。













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by momotosedo | 2008-07-05 15:21 | ■言葉をめぐる冒険

7月4日(晴天) 言葉と「体質」




言葉をめぐる冒険
言葉
と体質
百歳堂 |  身体の記憶と言葉




このところ、書棚の古い本をもう一度取り出して読んでいる。年齢によって受ける印象が違うかと期待もしていたが、それよりは内容をほとんど忘れていることに恐れ入る。
鏡花も、荷風も読んだはずなのに、文節ひとつひとつが新しく読める。鏡花を再読していて、いまさら思ったのは、もうこんな文章をかける日本人はいなくなったろうなという無念である。

そう思うのは、平成も20年になって確実に日本人の体質が変わった、もっとはっきり言えば一転したと思うからで、体質が変われば言葉もかわらざるを得ない。平成元年生まれはもう成人はたちで、対して昭和元年生まれの方は御歳83歳ということになる。これは穿っていえば、すでに、いまの日本人の持っている現実の記憶は昭和5~6年あたりまでということになる。

実際には社会の中軸を担う50代の方で昭和35年あたりから、時代感の核になっている30代の方となると昭和50年前後の日本の記憶からということになる。


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by momotosedo | 2008-07-04 12:37 | ■言葉をめぐる冒険

6月20日 涙雨  名人がみたい


百歳堂日乗




言葉をめぐる冒険
名人
がみたい
百歳堂 |  名人は私を再生してくれる






私は、結構、演歌好きかもしれない。女性の歌い手がよくて、それもCDなどではなく舞台が良い。

たしかに、演歌のある種の女性の歌い手、、美空ひばり、ちあきなおみ、都はるみ、、の舞台には、他の分野の名人と同じほど、いま見ておかなければと思わせるものがある。

私はできうるだけ、名人をみておきたい。

綺堂に明治の落語家についての随筆があって、そのなかに、当時の名人、円朝の「牡丹燈籠」を聞きにいく話がある。円朝は人情話の名手だった。

綺堂が13,4歳の頃。
その日は、昼から初秋の雨模様、口演がはじまる夕べには雨は冷たく降りしきっていた。出かけようとする綺堂少年に、こんな夜に怪談をききにいくのかえ、と母が諭す。少年は、すでに速記本で円朝の怪談をしっていたので多寡をくくっていたのだ。

ところが、円朝は名人だった。円朝が高座で話し出すと、一種の妖気さえ感じてきた。外には、降りしきる雨の音。顎のあたりから身体に冷たいものが走る。大勢の聴衆がいるはずなのに、自分ひとりが話の舞台の古家にとり残されたようで、何度も左右を見返らざるをえなかった。
口演が終わると、少年は一目散で暗い夜道を逃げ帰った。

名人は畏るべき。  だが一方で、綺堂はこうもいっている。しかし今、円朝がいれば、やはり時代を征服しただろうか、いや、「円朝は円朝の出ずべき時に出たのであって、円朝の出ずべからざる時に円朝は出ない。」、けだし、名言。

舞台を見る醍醐味は、名人の「出ずべき時」に出会う醍醐味ともいえよう。


涙バージョン
http://jp.youtube.com/watch?v=GLVWOHASpno&feature=related

パワーバージョン
http://jp.youtube.com/watch?v=ByjqYA7fSYE&feature=related

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by momotosedo | 2008-06-21 03:42 | ■言葉をめぐる冒険