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6月5日(raining today) Tales of the City  「Strange Days」





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「 StrangeDays 


それは、奇妙な一日だった、、







せっかくの「ローマの休日」というのに、その日は朝から雨が降り続いていた、

天空から舞い落ちる雨粒のヒトツひとつは地面に当たってヒトツひとつソレぞれの音を奏で始める、



私は、ピーター・グリーナウエイ(「建築家のはらわた」などの映画監督)が当時、定宿にしていたローマにしては「英国風」のホテルの「別棟」で眠っていた、

眠っている私の無意識なはずの意識の隙間にも雨音がしだいに忍び込んできて、私はついに目を開けた、



「 StrangeDays 




その「別棟」は軋る木の床と大理石の暖炉が切ってある古めかしいクラブルームのような「ロビー」を抜けて、中庭を通っていくと隠されているようにその姿を現す、

白い石造りの「別棟」は精密に小さく結晶している、とくに、地面から一段上がって設けられた玄関へと左右両方向から導く、手すりに精緻な彫刻が施された大理石の階段は、その熟れた優美さが古のローマの貴族社会を偲ばせた、

一階部分は半地下風になっていて、入り口は別に建物の右脇に小さくあった、そこにはホテルのレストランが設けられていたが、ホテルになる前には、こうした建物の通例で、多分、召使たちの部屋や洗濯室があったのだろう、


その別棟にはホテルの「特別室」が用意されていて、壁には真紅のサテンが張られ、巨大な猫足のバスタブや、ベルベットの分厚いカーテンなど、いかにもグリーナウエイが好みそうな豊穣すぎるほどの装飾が各部屋ごとに凝らさられていた、


その日は、雨音のせいで私にしては珍しくマトモナ時間に目が覚めた、「眠りたい」時間に眠り、「目覚める」時間に起きることを身上としている私も何故か旅の初日には早起きをするようだ、、、と、その時は気にも留めていなかった、

窓辺に行って、紅いベルベットのカーテンを開けると、中庭は降りしきる雨に濡れている、




ふと、これほど厚いカーテンに閉ざされていても雨音が部屋まで忍び込むものかと訝った、
たしかに窓辺に近寄ると雨音は聞こえはするものの目を覚ますほどのものとも思えない、
ためしに窓を開け放つと、湿った空気とともに地面や樹々をたたく雨音が一斉に部屋のなかに飛び込んできた、

私はたしかに、雨音に揺さぶられるように目を覚ましたはずなのに、、、


腑に落ちない気持ちで、しばし緑を濡らす雨に見とれていたせいで、早朝のしっとりと冷えた空気に寒気を覚えた私は、とりあえず、風呂につかることにした、


室内と同じように真紅の壁をして、古色のブラスで飾られた退廃的といえるほど装飾的なバスルームでゆっくりローマのお湯に浸かっても、時計を覗くと、まだ「早朝」といえる時刻だった、、



「 StrangeDays 



そうして時間を持て余した私は、ルームサービスではなく建物の半地下にあるレストランへ朝食を摂りに行くことにした、
このホテルの朝食は、朝から豪奢に様々な料理が大きなテーブル何台にも美しく飾り置かれる、陽気なオレンジや甘い匂いのする色とりどりの果物が飾り付けられた皿、肉の赤が残った生ハムの塊や、チーズが夥しく並んだ磨きぬかれた銀色のトレイ、、、それらはグリーナウェイの「コックと泥棒、その妻と愛人」の濃密な空気が淀んだグランドレストランを想いださせる、


アーチ状の天井を持つレストランは、清潔だが、これもどこか退廃的に気取っていて、その雰囲気のせいで、私はどこかにポッカリと口を開けていたローマという「別の時間」に滑り込んでいった、



「 StrangeDays 



早く目覚めた私はいつにも増して食欲があった、


中央のテーブルに控えているコックに、チーズ入りのたっぷりとバターを使った内はトロトロの半熟のオムレツを拵えてもらい、生ハムとソーセージの類、ローマの食文化を偲ばせる惣菜の幾つかと、パンや小ぶりで美味なコロネなど、自分でも驚くほどしこたま貪り終えて、これも美味いローマの濃く甘いコーヒーを味わいながら、さて、これからどうしたものかと考えた、

友人連中を誘うにはいかにも早すぎる、ヴィラめぐりの散歩に出掛けるにもこの雨だ、


それで、思いついたのが「いつもの床屋」に行くことだった、

「いつもの床屋」は、ここからベネト通りへと抜ける路地の途中で夫婦二人でやっている少し変わった床屋で、何が変わっているかというと親父さんは、その昔、イタリア映画の黄金期にチネチッタで髪結いをやっていたのだ、

だから、もちろんマストロヤンニをはじめあらゆるスターの髪を整えてきた、そして、無類の話好き、話上手ときている、その店も、小さいながらも古式に洒落ていて常連たちが今も親父さんを慕って訪ねてくる、

私は、散髪の必要のないときも、奥さんにマニキュアを頼んだり髭を剃ってもらったりして、親父さんの話聞きたさに暖簾(まさしく入り口は日本の縄のれんに似た設えになっている)をくぐる、



今日ほど、そこに足を運ぶ格好の日はないだろう、


「 StrangeDays 
 


私はフロントで傘を借りて、「床屋」に出掛けることにした、オークパネルが張られた古めかしい「ロビー」を通り抜けると、田舎風の石の暖炉には早々と火が入れられていた、

ホテルの名前が染め抜かれた赤い傘は、真っ赤な口紅をさしたコケテイッシュなチネチッタの女優のように雨のローマの冷たい朝の空気に陽気に鮮やかな色をみせて開いた、

その床屋は、坂道の途中にあった、私は水溜りをヒョイヒョイと避けて、奇妙に蛇行しながら坂を登っていく、


入り口の「縄のれん」はいつものままだった、小さな入り口には控えめな看板しかない、のれんを潜って店に入ると壁一面に往年のスターたちの写真や、手紙や、サインなどが洒落た額に入って飾られている、

そういえば、この小さな店も真紅の壁をしていた、

壁の真ん中あたりには、フェリーニが手ずから描いたマストロヤンニのイラストがあるはずだ、
それはB5版ほどの小さなもので、フェリーニはマジックペンで色鮮やかに若い頃のマストロヤンニを描いている、その表情はマストロヤンニを「ラテンラバー」として有名にした、まさしくあの独特などこか投げやりで、疲れたような陰のあるもので、この、放蕩の果てに男が見せる表情が、私の「ローマ」なのだ、それを見るたびに、私自身の「甘い生活」の記憶も心のどこかから浮かび上がって来て、その少しノスタルジックなドーパミン効果に私は幻惑される、

それは、記憶の濃縮液を注射針で血管に打ったように、遠く甘い「記憶」は静脈を辿って一瞬にして体内を駆け巡っていく、それは身も心もローマに滑り込んでいく「儀式」のようなもので、そういう意味では、この「床屋」は私が見つけたローマの「時空の穴」なのかもしれない、だから、いつも私は此処に来ると、先ずそのイラストを確かめずにはいられない、



フェリーニが描いたマストロヤンニの横には、国民的なコメデイアン、トトのサインと献辞が入った写真が誇らしげに飾ってあった、






イタリアに「チャップリン」がいるとすれば、それがトトだ、事実、トトのトレードマークもくたびれた山高帽子だった、多分、チャップリンの影響からトトの芸風は始まったのだろうが、トトには才能と強烈なキャラクターがあった、「敗戦国」の、決して豊かとは云えなかったイタリアでトトは国民に笑いを振りまきながら共に芸暦を重ねてきた、そうして実にイタリア人らしい「チャップリン」になっていった、チャップリンと違うのは決して母国を離れなかったことと(英語が苦手だったのかもしれない)、喜劇以外はやらなかったことだ、だからイタリア国民はトトを愛してやまない、


私生活のトトは、ダンデイとしても知られていた、いつも極上の素材で特別に誂えたスーツに身を包み、それに合わせた注文の靴やソックスの細部にまで気を配っていた、


そのトトは、生前、何の前触れも無く時折、この店を訪れたという、、



「 StrangeDays 
 



店には、まだ朝も早いというのに既に身なりの良さそうな年配の先客が一人、蒸しタオルを顔に白髪を染めてもらっていた、何故、髪を染めていたのが分かったかというと、この店では、そういう客のためにシャツに染料が飛ぶのを用心して、古ぼけたTシャツを貸し出すのだ、

その客に何か喋りかけていた親父さんは私を認めると何故だか慌てた様子で、いかにも陽気さを取り繕って、ご無沙汰でした、ローマにはいつ、お着きで?今朝は、あいにくの雨模様ですな、と矢継ぎ早に挨拶を済ますと、おい、セニュールがお越しだよ、と奥にいる女房を呼びつけた、


小さな店には二組の椅子しかなかった、私はその先客の隣に座ると一応居合わせたよしみで挨拶を投げかけた、年配の客は、蒸しタオルを顔にしたまま、何やら呟いて頷いたように見えたが、何を云ったのかは聞き取れなかった、

そこに、奥から女房が出てきて、まるで私と先客の間に割り込むようにマニキュアの用意をしながら小さな椅子を引き寄せると座り込んだ、私は、ローマに来ると必ずこの気の良いおかみさんにマニュキュアをしてもらう、おかみさんは、旅でしなびた私の手を揉みほぐし、爪に鑢をあて丹念にエレガントな指先をつくっていく、

「この日」は、私の指を小さなボウルに入ったお湯に浸しながら、おかみさんは顔もあげずに、強いローマなまりでふいにこう聞いてきた、
「旦那さん、旦那さんは幽霊って信じますかね、」、うしろで親父がぎょっとした表情になったのが鏡越しにも分かった、
どう答えて良いのやら、私は「日本じゃね、幽霊は夏の夜に出るのが相場なんだよ、もう秋じゃ季節はずれだ」と検討はずれの答えをひねり出したが、その言葉じりも終わらぬうちに、親父は「お前は、黙ってろ、旦那がお困りじゃないか」と女房を叱る、女房は親父の慌てぶりも意に解さず、「お前さん、旦那にあのチネチッタの幽霊の話をしておあげよ、」と蒸し返した、

「チネチッタの幽霊か、そいつは何だか色気がありそうだ、親父さん頼むよ、」私は、その時は、単に親父の面白い話を期待していたから、これ幸いと女房の機転に乗った、



「 StrangeDays 
 


親父は、困り果てたというより何故だか呆気にとられた様子に見えたが、ようやく意を決したのか、よく研がれてギラリと光る剃刀を取り上げると(親父さんは、昔風の「レィザーカット」をスタイルにしていて器用に剃刀で頭を整えた)、私の髪をひとつまみしてそれに剃刀を当てながらゆっくり口を開いた、

「あれは、エリザベス・テーラーがクレオパトラを撮っていた頃でござんした、旦那、あの映画、ご覧になりやしたか?
まあ、散々なトラブル続きの、興行的にも大失敗、期待が大きかっただけにさぞや製作者にとっては悔やんでも悔やみきれない思いがあったでしょうよ、」


「旦那はご存知ですかね、チネチッタではアタシら職人は撮影がある日にやぁ、ゲンを担いで紫色の服を着るのを避けるんですよ、昔からのならいでね、
迷信といわれようがローマの劇場関係者ならみんな守っていることですヨ、紫はアタシらにとっちャ不吉な色なんでサァ」、


「ところが、クレオパトラの衣装はよりによって紫だ、おまけに主演女優も紫の瞳で有名だ、アタシは親方といっしょに毎日スタジオに詰めて何百っていうエクストラの頭をヤってましたが、災難続きの撮影に誰しも<紫の呪い>を想い浮かべたもんでさぁ、」


「それでも当初は、世紀の美女が見れるってンでアタシらも愉しみにしてましたが、トラブル続きの撮影の遅れで監督が降ろされ、主演男優もあのリチャード・バートンに交代したあたりから雲行きがついに怪しくなった、

旦那もご存知のようにバートンとテーラーはあの当時ネンゴロで、撮影所のテーラーの豪華なトレーラーはいつの間にか二人の<愛の巣>になっちまった、これをパパラッチが放っておくはずがない、」



「トレーラーの周りには、どこから浸入したのか大勢のパパラッチが押し寄せて、アタシらまで借り出されてパパラッチを追い払ってました、しかし、ここはローマだ、そうこうするうちには、撮影所のスタッフまで鼻薬を嗅がされて二人の写真を隠し撮りするヤツも現れ始めた、


しかも、ちょうどジーナ・ロロブジーダーもチネチッタで撮影してましてね、旦那、ロロブリジーダーとテーラーはお互い会うのも避けるほどの犬猿の仲でね、撮影所は二人が顔を合わせないですむようにトレーラーを西と東の両端にワザワザ離してましたがね、


ロロブリジーダーはテーラーへの当てつけに出入りの職人や撮影所のスタッフに愛想を振りまいて、それとなくテーラーへの批判の声をバラまいていった、撮影所ではテーラー派とロロブリジーダー派にいつの間にか職人さえ分かれちまって、何だかイヤな雰囲気でしたよ、」



「そうこうしているうちに、バートンとテーラーが人目も憚らずイチャつくもんだから、バチカンがテーラーを<不純な女>として批判し始めましてね、何しろテーラーはバートンが3番目か4番目の旦那でしたから、、
何でもテーラーとバートンはローマで今すぐにでも結婚したがっていたそうですがね、


もう、撮影どころじゃありませんよ、あれほどチネチッタが大騒ぎしたのも前代未聞のコトですゼ、そして、今度はテーラーが肺炎を患いやがった、気の早い新聞は<エリザベス・テーラー死亡>とか書きたてるのもいたりしてね、」




「それで、テーラーと20世紀フォックスはパパラッチ対策と病状悪化の風評が映画にもたらす影響を考えて、テーラーの<影武者>を用意することを思いついたわけです、、、」



「 StrangeDays 
 


親父はテキパキと古式なローマの伊達男風に私の頭を整え、手持ちの鏡を広げて後頭部の仕上がりを私に見せる、

私が頷くと、これも古式なよく磨きこまれたクロームと黒革の椅子を髭を当たるために押し倒すと、熱い蒸しタオルを私の顔にのせた、それが旅に明け暮れた頬には心地よかった、


「旦那もご存知でしょう、映画スターの幾人かは自分と姿の似ている<影武者>をいつも何人か雇ってるってことは、

危ないスタントばかりじゃない、遠めで見えるシーンや時にはパパラッチを惑わすために、自分の服を着させて誘導作戦よろしくフラッシュを逃れたもんです、


実際、女優の場合は黒眼鏡をかけさせてスカーフでも巻かれりゃ、区別がつかなくなりまさァ、」


親父は、私の顔の蒸しタオルをはずすと髭が充分、熱い湿気を吸って柔らかくなったかを指を這わせて確認すると髭剃り用のさらにギラリと鋭く良く光る剃刀を開いた、

実際、この鋭利な、髭だけでなく人の肌をも難なくスッパリ切り落とせそうな剃刀というヤツはいかにも勝手に良く切れそうで、思わずいつも余計なことを思い浮かばせて私はつい眼を固く閉じてしまう、


親父が泡立てたシャボンは、よほど肌理(きめ)細かくブラシの獣の毛の感触を少し残しながら私の頬から顎、首の喉元あたりへと眠気をさそう暖かさをともなって滑っていく、

私は剃刀への「畏敬」と、泡の心地よさに眼をつむった、暗闇のむこうから親父の声がする、


「アタシらは、そういう<影武者>のことを『幽霊』って呼んでいたんでサぁ、」、、、



「 StrangeDays 
 



「テーラーの『幽霊』は北からやって来た女で、ヴァイオレットの瞳は持ち合わせちゃいませんでしたが、なかなかの美人でござんした、気の強い女でね、一度はセニュール フェリーニの映画に二言、三言、セリフのあるチョイ役で出たこともあったそうで、

その女が、テーラーの背格好にようく似ていて、なりをこらせば暗闇ならば間違えなくもない、製作者はその女に金をつかませて、テーラーが肺炎で療養している間、『幽霊』として雇うことにしたってわけで、、、」


「、、、ねぇ旦那、他人のフリをするってのはドンナ気持ちなンでしょうねぇ、」
 

眼をつむって、温かいシャボンと親父の職人技の滑らかな剃刀の心地良い感触に眠気さえ感じていた私の隣で、先客がピクリと身体を動かすのが分かった、





















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by momotosedo | 2009-06-05 03:08 | ■Tales of the City

4月25日(大雨らしい) Tales of the City 2. 「A Rare Treat」





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「 A Rare Treat


いまも優雅なアールデコ様式を誇るクラリッジスの隣、ブルックストリートに我がクラブはある、建物は18世紀に建てられたロンドンでは珍しいフレンチ様式で、メインダイニングの天井には、かすれかけてはいるが優美といえるフレスコを愛でることができる、ロンドンの「ジェントルメンズ」クラブにしては、優美なパリの淑女「レデイ」を思わせるこの建物に居を落ち着けるまで、クラブは2度ほど、ロンドン市内をさ迷っている、


我がクラブのフレンチ趣味は、元の持ち主であるウオーター・バーンズ(モルガン財閥の創始者で世界で最も裕福な人物といわれた、ジョン・ピアポント・モルガンの義理の息子)が、1890年代にパリの建築家ヴァン ボイヤーに大幅な改築を頼んだことによる、ボイヤーはなかなか良い仕事をした、私は、他のクラブの古色蒼然、威風堂々よりは、この工芸的なエレガントさは洒落ていると思う、それにどちらかというと「軟弱」気味といえるメンバーにも似合っている、


「 A Rare Treat



ロンドンのクラブの発祥は、「ポリテイカル」である、政治的に意見を同じくする者が集まって勢力を強固にするために「クラブ」というのは設立された、だから今も歴史のあるクラブの主流は「ポリテイカル」なクラブが多い、
翻って、我がクラブはと云うと、クラブでの政治話に「ウンザリ」した軟弱者3人によって、もっと「人生愉しもうゼ」という意図で創設された、

その意図が軟弱だったせいで、とくに文学界、音楽界からもメンバーが集まったことが我がクラブの特徴になっている、
そうした古のメンバーで、少しは名を知られている人物には、我が愛読書でもある「宝島」や「ジキルとハイド」の著者、スティーヴンソンや、SF小説家のはしりともいえるH.G.ウエルズ、詩人のW.B.イエイツ、トーマス・ハーデイなどがいる、
音楽界では「威風堂々」で知られるエドワード エルガー、サー・チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォード などもメンバーだった、


「 A Rare Treat



そして、何故かサイエンスの分野に「強い」のも特徴で、熱力学や絶対温度を提唱したケルヴィン卿から、「原子物理学(核物理学)の父」と呼ばれるラザフォード男爵まで、これは錚々足るメンバーがいる、

この「科学の分野でも、かなり由緒正しい」クラブであることは、メンバーになってから知ったことで、私はどちらかというと「軟弱」な方のグループにいる、

私のクラブでの後見人であるサー ジョージも科学者で、或る夜、クラブのバールームで馬鹿騒ぎをしていた若い私を見かねたのか、私をつかまえてこの「由緒正しい」というのをクドクドとレクチャーしてきた、いくらかは、アルコール漬けの私の頭にも残ったが、私は、いまだにジョージが何を研究しているのかは知らない、


私としては、我がアイドルのひとり、マックス・ビアボーム(Max Beerbohm 、ワイルドと同時代のcaricaturist、独自の早熟の天才)が同じクラブのメンバーだったことに小さな誇りを感じている、



「 A Rare Treat



私は6月の一週間あまり、友人たちとの馬鹿騒ぎのためにクラブの一番広いオーバーナイトステイルームを予約した、「一番広い」といっても、クラブのオーバーナイトのメンバー料金は当時の割高なロンドンのホテルに比べて申し訳ないほど安い、「一番広い」部屋を予約したのも、単にバスタブが広くて、奥まった角部屋なので、隣の物音がしないだけの理由だった、


「 A Rare Treat



我がクラブには10部屋ほどの「オーバーナイトステイルーム」が用意されている、大概は、田舎に住んでいるメンバーがロンドンで何らかの用ができたときや、或いは古では、これも何らかの理由で家を追い出されたメンバーのほとぼりが冷めるまでの隠れ家としてあった、

ニューヨークなどには、小さなホテル並みの部屋数とサービスを誇るクラブもあるが、ジェントルメンズ クラブの純血種であるロンドンでは、「オーバーナイトステイルーム」の部屋数は各クラブとも10部屋程度のものだ、あくまでクラブであって、旅行者を目当てとしたホテルではない、


そう、今はリファービシュメントされて少しはチャーミングと云えるようになった我がクラブの「オーバーナイトステイルーム」も、以前はただの広いだけの部屋だった、ベッドと、円形のテーブルがひとつ、何世紀経ているのか推定のしようもない古めかしい革張りの椅子が数脚という具合に、およそ家財道具に恵まれているとはいえなかった、「一番広い」部屋だけには極めて旧型のテレビも備え付けられていたが、それ以外の部屋にはその「近代的な」姿はなかった、

おっしゃる通り、ここは「クラブ」であって「ホテル」ではない、一番それを痛感するのは、土曜日、日曜日には誰もいなくなることだ、、、


「 A Rare Treat



どこのクラブも土曜、日曜日はクローズする、金曜日になると秘書のパトリツアは、ウイークエンドをオーバーナイトステイするメンバーが酔っ払って正体を失くす前に、大仰な札のついた玄関のスペアキーを注意事項とともに抜かりなく手渡しにやってくる、土曜日の朝だけは、コックのジェイムズが、モーニングティーと自慢の朝食を我々に餌付けするために出勤するが、日曜日は全く、誰もいなくなる、


「 A Rare Treat



風変わりな孤独癖でも持っていない限り、週末の誰もいないクラブで目覚めるような場合には、それなりの理由があると思わざるを得ない、まともな人間なら、週末には小旅行に出掛けたり、田舎の友人宅でのんびりと神さまが決めたルールにしては悪くない「安息日」を愉しんでいるはずだ、

この時の私は、連日連夜の馬鹿騒ぎに、いささか度を越していることは自覚していたが、週末をひとりで過ごさなければいけないほど悲劇的な状況にあったわけじゃない、
マイったのは、隣のクラリジッスの豪華なスイートルームで金曜日の夜から土曜日の明け方近くまで続いた某有名ファッションモデルの誕生日パーテイで、リチャードに久しぶりに出会ったことだ、、、


「 A Rare Treat


リチャードは、いかにも英国の良家のハンサムボーイで実に気持ちの良い男だ、今もシテイの上品なプライベートバンクにいるそうだ、ちょうど私と同い年で、出会った頃はお互いまだ学生だった、


リチャードには、美しいいとこがいて、彼女は当時の我々の「アイドル」だった、

私たちの誰もが、彼女を「狙った」が、やがて誰もが彼女の「特別さ」に気付き、いつしか身を引いていった、その特別さは、「気高い」ともいえるし、「壊れ物」のような繊細さとも表現できる、
私は、彼女は「現代という時間」には「居なかった」のだと思う、彼女の純粋さは、我々のような若者が壊してはならない精緻な硝子細工のエレガンスであって、少しは分別があった私たちは、暗黙の内に「壊す」ことよりも「守る」ことを了解した、


やがて、学校を卒業した私は、もっと遊び好きなグループと行動を共にするようになり、いつしか、リチャードたちとは、時折、付き合う程度になっていった、しかし、私は彼女を忘れたことはない、その繊細な美しい横顔とほとんどアートだと云うべき装いや、優れたセンスを眺めるのは何よりの愉しみだった、、、

いまにも、風のむこうから、薄いシフォンの小花を散らした古着のワンピースを纏って、ベルベットの室内履きにはアンテイークのリボンをいっぱい詰めて彼女がやって来そうだ、あの無防備ともいえる微笑みを携えて、、



「 A Rare Treat




、、、彼女についてこれ以上、書くのはツラくなる、、以前にブログのひとつに記したように、過去形の文章で綴るのは彼女が自らの命を絶ってしまったからだ、

若い私が、それを受け容れるには幾分時間が必要だった、、

その夜、パーテイで久しぶりに再会したリチャードと私は、彼女について何か言葉を交わしたわけじゃない、我々はむしろ上機嫌で再会を祝し、いささかワイルドに杯を重ねていった、しかし、彼女について何も触れはしなくとも、私は彼女を思い出さずにはいられない、、それが、なおさら杯を重ねさせたのは認めざるを得ない、、

結局、しこたま痛飲してしまった私は、明け方近く、爽やかな一日を予感させるメイフェアの朝風に後押しされるように、爽やかとはいかない文字通り這うようにクラブに戻ってきてベッドに倒れ込んだ、
私が目覚めたのは、コックのジェイムズも帰ってしまった土曜日の昼近くだった、


出遅れた私はシャワーを浴びて、それでも一縷の望みをもってメインダイニングに下りていった、しかし、案の定、そこには並べられたテーブルの白いクロスが空虚に目立つだけで、もうクラブには誰もいなかった、


ただ、入り口近くのテーブルに白いナプキンに覆われてアフターヌーンテイー用の重ね盆に小さく切り分けられたサンドウイッチと、銀色の畏(かしこ)まったポットいっぱいのコーヒーが、ジェィムズのメモとともに用意されていた、ジェィムズはビールばかり飲んでいるが良いヤツだ、


糊のきいたナプキンをひとつ取り、おもむろに膝にかけて私はサンドイッチをつまみ、冷めてしまったコーヒーをカップに注ぐ、ふと積み上げられた四角いサンドウイッチは無数のトゥームストーン、墓石に似ていると思った、まだ墓標の刻まれていない無数のトゥームストーン、彼女の墓石には何が刻まれていたのだったか、


死者たちは、いつまでも我々につきまといはしない、いや、我々はいつしか彼らを裏切ることを覚え始める、あれほどの愛の言葉は別の恋人に捧げられ、墓石に誓った言葉は易々と破られる、

しかし、それでも我々は彼らを都合良く、愛し続けている、

いったい、私は彼女の何を理解していたと言えるのだろう、


「墓石」のいくつかを平らげながら、私は彼女の墓標をいま一度確かめたくなった、多分そうしたら、やっと彼女のことを受け容れられるような気がして、不思議に落ち着いた気分になった、今日の午後は友人の田舎の家に集まるはずだったが、電話を入れて断ろう、それが、今日という日に私が素直に望むことだと思えた、
、、汝、死者に忠実であるべし、、、

サンドウイッチに添えられたジェイムズのメモを取り上げると、こう書いてあった、、、「良い週末を、、」、、、ジェイムズは「ビールばかり飲んでいるが」、やはり良いヤツだ、そのサンドウイッチは優しいジェイムズが思っている以上に、「a rare treat、、特別なはからい」となった、


R.H.







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by momotosedo | 2009-04-25 03:40 | ■Tales of the City

4月20日(晴)  Tales of the City 1. 「New York 」



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「 Tales of the City


ニューヨークのクリスから、何度もメールが届いている、今度はいつニューヨークに戻ってくるんだ、ウマいマテイーニが待ってるゾ、

たしかに、午後の4時から5時あたり、夕食にはまだ間があって、みんな一仕事も終えて、街角にはまだ陽光も残っている宙ぶらりんな時間に、気の置けない友人と36丁目のキーンズあたりの信用がおける、かつちょっとザワついてもいるような店で飲むマンハッタンのマテイーニは旨い、

それは、説明しづらいが、私がニューヨークで一番、好きな時間と場所だといえるかもしれない、
いや、いまや言葉のその純粋な意味で、愛しているともいえる、


「 Tales of the City



なぜなら、その数杯のマテイーニの後に訪れるレストランや、ナイトクラブは、エルモロッコやストークからグラマシータバーンなどへ移り、友人や知人の顔にしてもこの何十年では変わらざるを得なかったけれど、

ガラス窓の向こうに覗くマンハッタンの街も、夜のひと騒ぎの前になんだかしばし気を抜いているように見えるその時間のマテイーニだけは、ズット変わりはしていないのだから、

歳をとっていく良さは、若いときには無駄な時間と思えたものが、実はそれこそが愛(いと)しく、人生の大切にすべき時間だと気付かせてくれることだ、肩の力が抜けるというのは、こういうことかな、ともかく、若いときとは違う真実というのが時折、分かりそうになる、

私は、なみなみと注がれたグラスに口をつけてドライで新緑の葉を思わせる味を愉しんでから、グラスの底に沈没しているオリーブを引き上げてやってひと齧りする、


マンハッタンを離れるとき、窓の下に小さくなっていく摩天楼を眺めながら思い出すのは、いつも決まって、このマテイーニ漬けのオリーブのひと齧りだ、


「 Tales of the City




「ニューヨーカー」の名物コラム「Talk of the Town」で知られる作家E.B.ホワイト(「スチュアート リットル」の原作者でもある)は、1948年に「Here is NewYork」というタイトルでこの街をリリカルに語っている、それは、「7500文字のニューヨークへのセレナーデ」、ともいえて美しい、

そのなかで、ホワイトはこの街を‘the gift of loneliness and the gift of privacy’と謳っているが、
それから40年余り後、ホワイトの継息子で、同じく「ニューヨーカー」の名物コラムニストだったロジャー・エンジェルは、「メトロポリタン美術館の日々の込み具合をみていると、ここにはプライベートといえるものはヒトカケラもないことが分かる、マンハッタンの交通渋滞に巻き込まれて車のなかで味わう孤独以外は、、」と皮肉るようにニューヨークはその世代やクラスによって違った顔を持っている、


その一方で、セントラルパークから望む、マジェステイックや、ベレスフォード、サンレモ、エルドラドといういささかエキゾチックな名前がついたボザール様式の建物が織りなすスカイラインは、人間が作った最も美しい「地平線」として、いつも変わらず心を奪う、


「 Tales of the City



ニューヨークに行けば、必ず一緒に食事を共にして、その昔話を愉しみにしている老ダンデイ氏が語るように、いつも大きな黒いサングラスと帽子に身を隠していたサットンプレイスのグレタ・ガルボや、エル・モロッコで一人きりでヘラルドトリビューンを読みながら昼食を摂っていたオナシスなど、ニューヨークは、いつの時代もこの街を愛するセレブリテイーには事欠かない、

そういう少しは上品な「金持ち」は、いまもこの街を愛しながら、ひっそりとアッパーイーストやアッパーウエストに暮らしている、

彼らがどうしてこの街を愛して離れたがらないのか、その同じような理由で私は、まだ陽の残る夕暮れ前の、そのマテイーニを愛しているのだと思う、
それは、起き抜けにルームサービスで頼む一杯のシャンパンとも似ているようで違う、
そして、それは言葉を尽くして説明するものでもないと私は思っている、味わうべきものだ、


充分、歳を経てきたと云える私は、フィフィスアベニューでの散財や、ブロードウエイの夜や、ソーホーのナイトクラブの香水の匂いなどは、もうどうでも良い、頑固さを増してきたライフスタイルは、正直にいって旅先の街にも溶け込み難くなっている、


その私が、ニューヨークという街と幾らか溶け込みあうのが、多分、そのマテイーニのオリーブをひと齧りする瞬間なのかもしれない、その時、私はつくづくこの街のこの瞬間が好きだと思える、いや、生きてるうちにあと何回か味わっても良い、人生の人間らしい愛すべき時間だと思える、それは、たしかに、このニューヨークでしか味わえない「a gift」、「街の贈り物」なンだ、



R.H.

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by momotosedo | 2009-04-20 23:51 | ■Tales of the City