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40年前の繻子


bespoke classic

六義RIKUGHI
Art&ClassiC

百年素材 40年前の繻子
(title copyright 2017 Ryuichi Hanakawa&RIKUGHI)
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「名人」はどのように造り上げられるのだろう?
5月23日のひかりにみひらいた午後、私は千葉のある街に降り立った。「名人」に合うために、、、今日はやっとの思いで探し当てたネクタイを「手縫い」する「名人」のその「工房」におじゃまする約束だった。
ロータリーもない小さな駅を出ると通りのむこうに小さな商店街が覗いている。いつも私が探し求めている「名人」はなんでもない暮らしの街に隠れている。





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「六義」
中央区銀座一丁目21番9号
無断転載、画像の無断複写を禁じます。
copyright 2017 Ryuichi Hanakawa & Rikughi Co.,Ltd. all rights reserved

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by momotosedo | 2017-04-13 13:10

5月23日(雨粒) 「 Over the Ocean 」


六義RIKUGHI
GoldenClassics


「Over the Ocean」
「津波」から2カ月と12日が過ぎていった、

人間は
海のうえに、
丘のうえに、
砂のうえに
谷間に、都会に、
或いは紛糾の地に、

それぞれの場所をもって暮らしている、

 















copyright 2011 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2011-05-23 18:36

4月9日   「R・ClassicS」


bespoke classic
六義RIKUGHI
Art&ClassiC
Life is your Art

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R・クラシックス

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我らClassicHaberdasherメンバーのために1960年代に織られたハウンドツースのヴィンテージリネンで仕立てたクラシックポケットスクエア、
コレはかなり不思議なリネンで、タイトに織られていて肉厚、
しかも何故かキャバルリーツイルのように「弾力性」がある、リネンのくせに皺が寄りにくい、
それでいて糸が良くしなやかでこのまま無造作に挿しても胸元で豊かに花開く、、、
不思議なリネンです、
このリネンなくしては私の考える「クラシックポケットスクエア」は生まれなかった、)R・Classics


R

六義の六周年、ClassicHaberdasherの一周年を控えて、以前から思い続けていたことに手をつけていこうと思いました、
それは、生涯の愛用に足ると私自身が考える「クラシックアイテム」のひとつづつを残しておこうというものです、



R



「クラシックアイテム」というのは、男が生涯愛せて、いつの時代にも古びない「スタイル」があり、男の日々の生活を愉しくしてくれるモノです、
そして、コレは雑誌やブランドの品揃えでよく囁かれる「定番」というのとは根本的に違うと私は思っています、
シンプルで控え目なモノというわけではありません、「標準化」、「定形化」されたものは要はタダそれだけのものです、


生涯にわたって愛せるものには、むしろ、明らかに特別な「質、クオリテイー」が必要不可欠なはずです、


そして何より、
さんざ着こなしてきたその結果生まれたとか、人生色々あってその経験からコレだ、という極くパーソナルなだけに、深くシッカリとした「経験」から「評価」され「考え」られたモノであるべきです、



R



1980年代以来(80年代がひとつの転換期だと私は思います、「質」を厳密に考えれば50年代)、男の「装い」がツマラナく、愉しくナクなったと感じるのは、どこかで「標準化」されてしまったからだと私は考えています、
(或る時、家人に「近頃、旅行に魅力を感じなくなった」とボヤイテいる自分に私は気づきました、、、「男の装い」だけでなく、あちこち飛び回っていると「アル時代」から世界中が「巧みに標準化」されていくのを感じとっていたからだと思います、、、この「市場原理」や「効率」を盾にとった「標準化」思想は、愉しさを巧みに装いながら実のところは「空虚」で、結局、今や「市場」そのものを陳腐化させてしまったように思います、、)



既製品やパターンオーダーだけでなく、多くの「ビスポーク」さえ結局「標準化」されてしまったように思えるのは私だけでしょうか、(私はもう、ヨーロッパには幻想を抱いていません、、)


この「思い」と「疑問」は、多分、装いが好きな人ほど、さんざんビスポークしまくった人ほどどこかで感じているのではないかと私は思います、


その根源は、多分、モノづくりをする側に「装い」を自分の「経験」から物語れる人が少ないことや、或いは「欲望」に満ちた「研究」をし続ける「凄み」がなくなったからに他なりません、



R


さて、今回のクラシックアイテムは「ポケットスクエア」です、
「ポケットチーフ」のことを、正しくは「ポケットスクエア」と呼びます、別段、しなくとも困ることはありません、しかし、この四角形の小さな布切れは男のダンデイズムの「証し」でもあります、


「ポケットスクエア」を常に挿すということは、簡単に云えば余計な「手間」が生まれるということです、挿すならば何でも良いわけにはいかない、「装い」に合ったものを身につけたい、どれぐらい「覗かせ」れば良いのか、どう「挿すのか」にも悩まなければならない、、、

これを、「手間」と考えるか、或いは「愉しみ」と考えるかで大げさに云えば「人間の種類」が分かれると私は考えています、


R


















copyright 2010 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2010-04-09 14:47

3月18日(少し冷える)  「詩人の魂」



bespoke classic
六義RIKUGHI
Art&ClassiC
Life is your Art



詩人の魂
人間は歳をとる、
肉体は無残にも崩れ果て、
額には後悔の念とともに深い皺が刻まれる、

ドリアン・グレイの魔法を手に入れるか、
ドラキュラに弟子入りでもしないかぎり、

「死」は遅かれ早かれ必ず訪れる、、


でも、歳を重ねるのも悪いことばかりじゃない、
むしろ、人間はそんなに早く熟成しない、、、


ここに、二人の「老人」をご紹介しよう、、
ひとりは音楽のミューズに文字通り魂すべてを捧げたピアニスト、
もうひとりはキャンバスに魂そのものを植えこもうとする画家、
画家の方は心理学者フロイドの孫にあたる、
その家系にこの画家の嗜好をダブらせるのはいささか穿ちすぎか、、



二人の「老人」が為した仕事のあり方については、
その顔をみただけで貴方にも察しがつくだろう、

そういう人間に「老人」たちは成っている、



世の中はとても不平等で、
神様は気紛れだ、


信じるべきは自らの魂、
悪魔に売り払わない限り、それだけは平等に手の中にある、


守るべきは「詩人の魂」、
それだけは歳月に朽ち果てることなく磨かれていく、

「神さまは賽をふらない」、、

R.H.



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by momotosedo | 2010-03-18 23:04

3月5日(春) 「King Biscuit Time 」



f0178697_1924132.jpgI say,,,
Life is your Art.











Art&ClassiC


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King Biscuit Time


アーカンソ州はヘレナという町に小さなローカルラジオ局がある、
1360KHz、スローガンは"The Delta's Best Country"、、、


今や我々は書斎でぬくぬくと愛読書の山に繭のように包まれてハンテイングブーツの手入れに精を出しながらでも世界中の「ラジオ」を愉しむことができる、、、


この小さなラジオ局がポピュラーミュージックの歴史にその名を残すようになったのは
1941年の開局当時から今なお「デルタ」ブルースを流し続けている名物番組「キング ビスケット タイム」の「存在」があるからだろう、



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1941年11月21日、振り返れば今からおよそ70年前のこと、この小さなAM局KFFAがヘレナのデルタ文化センターで開局するとともに、「キング ビスケット タイム」は、当初ランチタイムのアフリカ系アメリカンの労働者を主なリスナーに当て込んで昼休みの12時15分から15分間のスタジオライブ ブルース番組としてスタートしている、


番組の専属バンドは「キング ビスケット エンターテナーズ」と呼ばれ、サニーボーイ・ウイリアムソン(Ⅱ)やロバート・ロックウッドJr.がメインメンバーに「名」を連ねている、


忘れていけないのは、この番組が生まれるまで、ローカルといえど公共のラジオで「黒人」による「黒人」の「リアル」なブルースがオンエアされることはまずなかったということだろう、12時「15分」から「15分間」という時間設定も穿ちすぎかもしれないが、当時の社会状況を物語っているようにも思える、


「キング ビスケット タイム」がデルタのアフリカ系アメリカンにとって「宝石」のように慕われ、浸透していったのは容易に理解できる、

そして、ラジオにしがみついて番組に夢中になっていた若者の中には、B.B.キングやジェームズ・コットン、アイク・ターナーらがいる、



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「キング ビスケット タイム」は「デルタという地域に根ざし」ながらも(ここが興味深い、)思わぬ「影響」を与えていく、


それは、ヘレナという町をも変えていった、
多くのブルースミュージシャンはシカゴのナイトクラブに出稼ぎにいく途中にはヘレナに立ち寄ることを常とし、中にはヘレナに移り住む者も出始めた、


町の酒場では、「15分」の番組では飽き足らない熱心なリスナーのために毎夜どこかでライヴが繰り返され、観客たちは地元のミュージシャンだけでなく、シカゴへ行く途中に訪れた名うてのブルースミュージシャンの演奏を愉しみにもした、サニーボーイ・ウイリアムソンのブルースハープが夜毎どこかで響く町はなんと素敵じゃないか、

デルタのミュージシャンにとってヘレナに行けば「職」があるだけでなく、刺激を与えあう「時空間」がそこにあった、こうして「デルタ」ブルースは形作られていく、




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copyright 2010 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2010-03-05 19:20

1月16日 (会合日和) ClassicHaberdasher 1st Club Member Meeting


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21st Century
Dandy




Art&ClassiC

1st Club Member Meeting


実は、本日、1月16日午後より都内某所にてClassicHaberdasherの第一回、「Club Member Meeting」が催されます、
ClassicHaberdasherは本気で「クラブ」を目指しています、


21世紀もワンデイケイドが過ぎて、六義もアトリエをスタートして6年目の春を迎えます、


ここしばらく強い思いになっていくのは、いかにワクワクするような「愉しみ」を生み出すかということで、そういう意味では、もう「ブログ」という「構造」そのものにはあまり興味がもてなくなっています、これらのブログもそろそろ形を変えていきたいと思います、

2010年は、よりパワフルに「情報」ではなくて、もう少し具体的に良い出会いとか、そこから派生するものとかそういう「価値」みたいなものを「生み出して」いければなあと思っています、


今回の、「1st Club Member Meeting」の趣向は、1928年製ベヒシュタインでドビュッシーを聞くというもの、ドビュッシー自身もベヒシュタインを愛用し、それで作曲していたと一説には伝えられています、


幸いにも、キーンと冷え込んではいますが、清々しく光溢れる青空に恵まれました、冬の午後、みんなでリラックスして古の音を愉しみましょう、




■Notice
『*僭越ながら、「ClassicHaberdasher」第一期のメンバーにつきましては、2009年12月2日をもちまして締め切らせていただきました、

ただ、ここのところ会員登録を希望される方が多いのですが、

「クラブ」と同じ意味で、会員は限定します、

「ClassicHaberdasher」へシンパシーを感じていただき、メンバーシップをご希望される方は、

先ずは
bespoke@rikughi.co.jp
まで、ご連絡
を頂ければ幸いです、ご説明のうえご理解頂ければ「ID」と「パスワード」を発行させて頂きます、


いっぱい愉しみましょう、

R.H. 』





copyright 2010 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2010-01-16 07:37

1月11日 (1が三つ、かつ「成人」式、これは何かをスタートさせよう、) 「新聞」をつくろう、



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21st Century
Dandy




Art&ClassiC

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『六義の「新聞」をつくります、』

Statement


1955年、10月26日に発刊された「The Village Voice」創刊号は、歳月を経て黄ばみ、シンプルなタイトルタイポグラフィはさすがに時代を感じさせるが、そこに刻まれたストレートなパワーみたいなものは55年を経た今も嫉妬心をかきたてるほどの魅力を潜ませている、これはそのタブロイドの活字の裏にあった人間の躍動感を含めて「LIFE-ART」だと思う、


エド・ファンシエール、ダン・ウルフ、そして後に70年代を代表する作家となる若きノーマン・メーラーの3人の若者によってグリニッジヴィレッジの小さなアパートから始まった「Voice」のその蠢(うごめ)きみたいなものにモノ凄く魅かれる、


そう、正直にいうと活字になったそのものよりも、極くパーソナルな想いから素直にスタートして、多分色んなイザコザや問題を抱えつつ、それでも想いを貫くことで愉しさや充実感をいっぱい受け取っただろうその「人間の活動」みたいなものに魅かれる、


21世紀で幸せを手に入れるには、みんなそれぞれが「価値」を探しだすために動き出さなければならない、


それは巷に溢れているフリーの「情報」のなかにはない、
21世紀は「情報」の交換ではなく、「価値」の交換を考えるべき時代だと思う、


相次ぐ雑誌の廃刊や「出版不況」は「インターネットのせい」じゃない、他のインダストリーと同様、「価値」を生み出せなくなった構造に主因があると思う、そしてプライベートメデイアも「運動」をともなったとき始めて価値を生みだす、そういう意味ではブログも「情報」に終始している限り何も生み出さないし、「終わっている」と思う、


Statement




というわけで、六義の「新聞」を発刊します、

これはウエブではなく、紙媒体として発行します、手触りのある新聞、

限定部数、
締切ナシ、
発行日極めて不定期、納得できた内容が仕上がり次第、

極めてマイペースだけれど、幸いにも仲間がいます、毎回、クラシックな「装い」について特集を設け、それは、10年(?)ぐらい溜めると一大エンサイクロペデイアになる「予定」、創刊号では多分「ポケット」についてのミクロコスモス的な考察になるはず、


私自身の「戒め」のため、「新聞」発刊までのアレやコレやは、以下のブログでドキュメントします、(2010年1月18日、スタート)




THE OUTSPOKEN
「百歳堂 JOURNAL」

www.lookbookr.exblog.jp




お愉しみに、


R.H.





copyright 2010 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2010-01-11 05:11

1月3日(お正月) 「Roll over Beethoven」




momotosedo`s
21st Century
Dandy




Art&ClassiC



A Happy New Year
2010
with Big Love


Well ,early in the mornin'
I'm a givin' you the warnin'
Don't you step on my blue suede shoes,,,

Ain't got nothing to lost
Roll over Beethoven
And tell Tchaikovsky the news


、、、失うものなんて何んにもナイさ、
べートベンなんてクルクル丸めてポイ!
チャイコフスキーにも教えてやってくれ、、、



何か新しいことが起こる瞬間というのがあって、
歳をとっているとそういう瞬間に幸いにも立ち会えた思い出もいくつかはあり、
2010年にはそういうワクっとさせられるものに出会えることを期待します、


予感はあります、


それは、何よりみんながそう望んでいるのを感じるからです、




「必要」は「発明」の母、
2000~2009年の混迷期で誰しも何が「必要」なのかは割とハッキリしているのではないでしょうか?


あとは生み出すだけです、

ただ、「Re-Model」や延命策では適わない時代かもしれません、
あれやこれやとファイルを積み上げて動きが鈍くなったパソコンと同じで、
「Re-Set」する勇気が必要なのかもしれません、





人生はまだまだ永い、


皆様に、スペシャルな2010年が訪れますよう願ってやみません、



いっぱい愉しみましょう、


R.H.






copyright 2010 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2010-01-03 16:02

12月8日  「R.G.Y.C. 」 (六義銀座 Yacht Club)




momotosedo`s
21st Century
Dandy




Art&ClassiC


R.G.Y.C.
RikughiGinzaYachtClub

(copyright 2009 momotosedo R.H. )


私は10代から20代にかけて小さなヨットで海を走るのに夢中になっていました、当時の一緒に波しぶきを被った友人たちとは文字通り海を隔てた今もつきあっています、

今となって、ヨーロッパで「スポーツ」が社交には欠かせないものとされる意味が分かります、


風で走る帆船は、モーターで走るクルーザーとは別モノで、けっこうタフなスポーツです、この「ウィットブレッド世界一周レース」(いまはVOLVOがスポンサードしている、)は別格ですが、私もボランテイアのCrewとして小さなレースには参戦しました、


世の中にはいっぱい愉しいことがあり、いつの間にか私は海を走ることを忘れ、二日酔いの頭と数冊の書物を抱えて都会の愉しみを狩ることに溺れていきました、それでも今だに街を歩いていても風の方向を身体が読み取ろうとします、


人間は歳を重ねることで「得る」モノもあるし、「失う」モノもあります、「得た」モノについては案外、無関心でいられますが、「失った」モノは時折、思い出されて後悔を誘います、


年寄りが失う最大のものは、「若さ」に違いありません、ドリアン・グレイやファウストの物語は老いて滅びゆく者の未練がましい強欲さを明らかにしてくれます、老いゆくものは、傲慢にも「今の成熟した自分」のまま昔日に戻ることを夢見ます、

この「R.G.Y.C.」も年寄りの私の傲慢な「ファウスト物語」かもしれません、

ただ、私は心底愉しんで最期を迎えたいと思っていますので、ソウいう「バランス感覚」はこの際、無視することに決めました、



R.G.Y.C.



”私の「本当の」航海日誌は、海と空のなかに綴られている、
風を孕んだ船の帆は、潮騒のなかで、
降り続く雨や満天の星と飽きることなく語り続け、
「言葉」は介在しないけれど私は私の船と、
親密な「沈黙の対話」を交わし続ける、、
そこには、書き尽くせないほどの私たちだけの「秘密」が潜んでいる、

そう、それは子供の頃、ひっそりとした森の中で、
樹々の声に耳を澄ましたことを思い出させる、”

(百歳堂意訳 敬愛するヨットマン バーナード・モワズィエール著「The long Way」)





1997年、55歳のベテランヨットマン トニー・バリモアは世界一周単独(シングル)ノンストップレースに参戦し、南極海で5日間の漂流の末、奇跡的にオーストリア海軍に救助された、

「絶対に発見されないと思ってた、体力を消耗しないようにキャビンで蹲(うずく)まりながら、自分はこのまま死ぬんだと自分に言い聞かせていた、だから救助隊が船に上がる音がしたとき、一種のエクスタシーさえ覚えた、」、バリモアは、そう云って「一杯の紅茶」を所望した、バリモアはいまでも世界記録を目指してレースを続けている、


言葉は、時にして「意味」の限界を見せる、この世の中にはいっぱいの言葉が溢れているけれど、人間の人生は言葉では置き換えられない感動や感情で本来、成り立つべきものだと思う、




Founded 2009
R.G.Y.C.


我が書斎には、ヒールズのチッピンデール様式の棚が2台あり、手に入れるときはかなり探し求め吟味したが、いまやそれも見慣れた風景の一部となり、古い書物や古代裂きや集めてきた磁器が無造作に放り込まれるまま、こまめに手入れをすることもなくなった、

それでも、百年を過ぎた木の肌目はさらに艶を見せ、硝子を支える木枠の繊細さや、獣を模した脚の細工には時折目がとまる、主が半世紀を越えて、気がつけばこの書斎にも百歳を越えるものはいくつもある、


ここで、週に3日間、深夜から未明にかけて気の向くままに古い資料を探り、古の生地を精査し、世界中からのメールを受け、いまでは主にパソコンに思考をファイルする、夜の書斎は世界から取り残されて星空に浮かぶ居心地の良いプラットホームに思える、


最近の興味は、極く私的な20世紀の記憶の断片を書き留めることにあった、、
渋沢龍彦さんの北鎌倉の家に向かって20代の私は坂道を登りパリの夏の庭でピエール・カルダン氏と言葉を交わしバブル全盛期の東京でマルカム・マッカレンとテレビ局に出向き東野芳明さんとは八重洲ブックセンターの喫茶店で待ち合わせをしコープヒンメンブラウの二人とは10日間べったりと一緒に過ごし平山郁夫氏や東山魁夷氏には京都の万葉軒での会合に出席してもらった、、


思えば、私はいろんな人と出会い、別れ、思い出をもらっている、


美しく愉しい記憶は、良く出来たクラフトのようだと思う、磨き上げ手入れをすれば100年は輝くかもしれない、しかし今やそれはチッピンデールの家具のように眺めれば美しいが記憶の風景の一部にすぎず、リアルな血は流さない、


リアルな私は、インダストリーが効率を求めて「モノづくり」をアウトソーシングしていくなかで、大久保と一緒におよそ「時代錯誤」的なマニュファクチャリングを何とか手に入れようとモガいている、

毅然と胸を張れるときもあれば、ヨロヨロとよろめき、時代を嘆き、失望を覚えることもある、



Founded 2009
R.G.Y.C.




21世紀は、「言葉」とか「情報」を越えた「何か」を軸としたライフスタイルが時代を牽引し、我々の本質的な「幸せ」を呼ぶような気がします、

その「何か」は、私にはまだ漠然としていて、今はっきりと形にして提示することはできません、

20世紀は或る意味で「情報」や「情報システムの革新」が我々のライフスタイルを牽引した時代といえますが、今や、それは私にはあまり「幸せ」そうには映りません、みんなそれにはウスウス気づき始めているのではないでしょうか、


「情報」は消費され、ヴァーチャルな「知識」は増えていくかも知れませんが、それは貴方の「経験(キャリア)」ではありません、

ここしばらくの時代の流れを辿ると、多分、「Re-Model」というよりは「Re-Set」の時代に突入するのは確実で、その速度も思っている以上に早いと感じます、「総入れ替え」の時代では、現実がドンドン先行していき、「情報」は現実の後追いに過ぎず、そのウエイト(影響力)は次第に弱まって、「情報」だけでネットワークしているものは意味をもてなくなるのではないかと思えます、


私も置いてきぼりになる前に、2010年に向けて「愉しい現実」をもうひとつ生み出そうと考えました、




Founded 2009
R.G.Y.C.
RikughiGinzaYachtClub




六義の「ヨットクラブ」です、
(ウエブサイトは2010年1月にオープンする予定です、)



どうぞ、お愉しみに、


R.H.







Missed Suturday night,,,

Don't get around much anymore.

Darlin' I guess
My mind's more at ease
but nevertheless
why stir up my memories


土曜の夜のバカ騒ぎも忘れ、、、
この頃はヒキコモリ気味で、出かけるのがチョットおっくうなんだ、

思うに、僕の心は前よりズット穏やかなものさ、
でも、、、それにも拘らず、なんで思い出を断ち切れないんだろう、
(百歳堂意訳)
 


みなさまに素晴らしい2010年が訪れることを願ってやみません、

百歳堂



copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2009-12-08 20:44

8月21日(夏日) 「切れ味」





momotosedo`s
21st Century
Elegancy




Art&ClassiC


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(*これも、30年代のエルメス社製のトラベルケースに「装備」している「爪切り」、もはや80歳近い年齢なのに抜群の切れ味、パリジェンヌが最期まで「女」を貫き通すのを忘れてはいけない、
ニッパー型の爪切りは既にヨーロッパでは珍しい、爪やすりで充分間に合う、でもこの切れ味が忘れられなくて愛用している、つくりと形がいかにもアールデコの精緻な「機械趣味」でそれも気に入っている、)






copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa all rights reserved

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by momotosedo | 2009-08-21 02:38