4月4日(桜が咲いている) 六義の秘密 3.  「ソサィエティーのクラシック」とハウススタイル







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六義の秘密
ハウススタイル
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大久保クシャミで途切れたから、その話の続きを少ししてみよう、話というのは「ソサィエティーのクラシック」についてだった、それが六義のハウススタイルに繋がっている、



「ソサィエティーのクラシック」は、「社交」というものの上に成り立っている、
「社交」の上手な人は、「エレガント」、或いは「チャーミング」と呼ばれ愛される、どんなに優秀でも「社交」が下手な人は「変わり者」と呼ばれる、

この「社交」というのは、貴方が思い浮かべるものとは少しく違うかもしれない、
当時の「有閑人種」(職業をもたない社交会の人種)にとっては、それは「生活」の大部分を占めるもので、それだけに「Art」と呼べるほど洗練され、磨き上げられてもいった、


「社交」とは、とくに第一次大戦前の社会では、ロイアルファミリーを頂点として或る程度の「同質」のサークルのなかでの「つきあい」を意味していた、


つまり、「社交」という言葉とは裏腹に、それは極く限られた人種の間で行われていたもので、外部の者にとっては「閉鎖的」といえて、内部にいる者には、ごく当たり前のことが、外からは推し量るしかなかった、


ここに、クラシックというものが「誤解されていく」理由がある、


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クラシックな服や靴というのは、この「社交界」の「つきあい(社交)」というものを源にしている、


それは、大げさなものではなく、愉しく美しいものだけれど、ある意味では特別なもので、「いわゆる服や靴」とはやはり「違う」のだと思う、これはハッキリといえる、
しかし、説明するのは難しい、一々説明するのも、されるのも、なんだかヤボともいえて、「知っているひとは、知っている」だけで良いのではないかとも思ったりする、

そう云ってしまいたいけれど、それでは話は終わってしまうから、上手に説明できるかどうか分からないが試みてみよう、




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「クラシック」な服というのは、単体として存在しているわけではない、その「サークル」の価値観みたいなものと繋がってしっかりと在る、
外れてはならないデイテールというのは確かにあるけれど、その「サークル」で良しとされるか、尊敬されるか、或いは形は似通っているが「偽」だとされるかは、その価値観みたいなものを根拠にしている、



この「価値観みたいなもの」を説明するのに、例えば日本人にとっての「美味い蕎麦」というのを思い浮かべてもらえれば、少しは掴みやすいだろうか、
蕎麦は蕎麦粉で出来ている、ただこれだけだが美味い蕎麦はなんとも清冽で美味い、
駅前にある立ち食い蕎麦屋の蕎麦は、不味くは無かろうが、何か本物ではない引け目も感じる、コンビニで売られているプラスチックの容器に納められた蕎麦は、便利であろうがこれが本物の蕎麦だとは言い切れない、

粋な蕎麦屋の純粋な蕎麦粉で打たれた美味い蕎麦を根拠として、尊敬できる蕎麦、良しとする蕎麦、「そうではない」ものを思い浮かべれば、少しは感じとれるだろうか、


「クラシック」というのは、そういうもので、その根拠になる「価値観みたいなもの」と繋がっている、問題はその根拠となる「本物の清冽で美味いもの」を知っているかどうかで、それは蕎麦のように慣れ親しんでいなければ本当のところは分からない、



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蕎麦 に例えたのは、結局、本物の蕎麦ならやはりモリやカケが美味いと思えてくるように、クラッシックはその元にある純粋で清冽なものに意味があって、チェンジポケットやハッキングなんとかやゴテゴテとデイテイールを盛り込めばクラシックというものではない、

つまり、あくまで「美味い蕎麦」という基本があって、そのバリエーションとして鴨南蛮やおかめがあるということで、元が崩れていては箸もすすまない、

大切なところは、その純粋で清冽な根元をおさえているかどうかだと思う、それが「スタイル」と呼べるものなのは考えれば分かる、



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簡単に言えば、「クラッシック」というのは、そういう「ソサィエテイー」の中で良しとされ、尊敬される服や靴のことだと云える、


何故、良しとされ、尊敬されなければいけないかと言うと、それは「社交」という背景をもっているからだ、社交における服や靴は、マナーだけでなく、もっと積極的に自分を高め、社交を上手に行うための重要な役割を担っている、


だから、チェンジポケットがついているから、「クラシック」というわけではない、大切なのは、仕立てるならば「尊敬される」(一目おかれる)服や靴を数は少なくともつくることで、それは私自身が身に沁みている、



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さあ、ここからが説明するのに難しい、多分、誤解を花粉のようにガンガン振りまいて、幾多のクシャミを呼び起こすことだろう、


これは、考え方からデイテイールまで総合的に絡み合ったものを、その部分ごとに説明していくと、例えば象を知らない人に「象」というのを描写していくのに似て、尻尾は尻尾のことを、長く伸びた鼻は鼻のことを語るうちに、結局、知らない人には、長く伸びた鼻のことだけが印象に残ったりする、


だから、先ず個人的な経験に即して説明してみよう、ヨーロッパでは5月になって天気が良くなると「ボールシーズン」という華やかな「社交の季節」が始まる、英国では、「ホール」と呼ばれる広大な田舎の屋敷に篭っていた連中も、社交界のカレンダーに備えてロンドンのアパートに戻ってくる、
ウイーンでは、ロンドンより厳密に運営される社交界のカレンダーに備えてテーラーたちは、テイルコートの仕上げにおおわらわとなる、



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ああ、そうだこういうことを思い出した、若いときに、ウイーンではクニーシェなんかよりズット歴史の古いテーラーで最初のスーツを頼んだときのことだ、このテーラーも、すでに店を閉じてしまって久しい、壁にはエドワードⅦ世のロイヤルワラントをはじめ、いくつかのヨーロッパの王族のワラントが恭しく飾ってあった、

採寸が終わって、お茶がでてきて(ビールだったかも知れない)少しゆったりしていたら、そこのマスターテーラーがやってきて、おもむらに、「ところで、『エレガント』なスーツになさいますか、それとも『インターナショナル ルック』になさいますか、」と尋ねられた、


正直いって、若い私は、スーツに「そんな区別」があるとは思いもしなかった、


私は、その意味するところをはっきりとは知らないまま「エレガント」なスーツを頼んだ、聞き返せなかったのは、まだ私が若く世慣れてもいなくて、それに店の雰囲気もあって、白状すると、なんだか気恥ずかしかったからだと思う、


それから、スーツの仕立てを重ねるにつれて、その意図するところが私にも分かってきた、「エレガントなスーツ」というのは、この店のハウススタイルで、ここの人たちは、サビルローなどとは違うということに固い矜持を持っていたのだ、


これは、イタリアとか英国以外のテーラーでは珍しいことだ、その「エレガントなスーツ」はまさしくベルエポックの優雅な時代を思わせて、非常に柔らかく、優美だった、ウエストコートが着ている間にズレないようにトラウザーズに繋ぐ「ベロ」のようなものなど、今まで見たことのない古のデイテイールも潜ませていた、


サビルローはショルテイのドレープスタイルで、それまでのエレガントなスーツの歴史から、一度、転換している、モダナイズされているのだ、だからこそ、紳士服のメッカとして「流行」の震源地となったわけだが、それは、厳密にいえばエレガントなスーツの歴史から「シビリアン スーツ」への転換でもあった、


ここら辺りの認識は、日本では何故だか明確にされていない、


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私の経験から云うと、いまやテーラーで確かに「ハウススタイル」と呼べるものを持つところは極めて稀で、それは、「美味い蕎麦」のような根拠となるものが、あやふやになってきていて、それを知る人もいなくなったからに他ならないと思う、

しかし、スーツのスタイリングにはハッキリした「根拠」というのが必要だとも思う、クライアントがテーラーに求めるものは、仕立ての技術はもちろん、そこに頼めばクラシックで確かなものができてくるというのにあるようにも思う、そこに、愉しさもある、自分の知らなかったエレガントなものに触れるのは愉しい、


ハウススタイルを持たないというのは、一見、なんでも出来ると云っているように見えて、実は何か大切なものを捨ててしまったように思えて仕方ない、

昔は、「そういう暮らし」をしているエレガントな顧客がいたから、その注文に応じているだけでも良かった、だけど、今の社会では、テーラーに充分な知識があって顧客の意見を尊重しながらも導き、提示していくことに重点が移っているように思う、みんな迷っているのだ、私もそうだった、、


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六義のハウスタイルについては、実に様々なことを考えました、しかし結局は、私自身の経験を基にすることにしました、


エレガントなスーツを求めて、着心地の良いスーツを求めて、格好良いスーツを求めて、どこに出掛けていっても一目置かれるスーツを求めてさ迷った経験や、

或いは、ボヘミアンな我侭に暮らしたジェントルマンズクラブのバールームでクダを巻いていたロンドンの深夜や、ローマやパリのナイトクラブで朝方まで騒いで外に出ると美しく眩しかった朝焼けの空などの「時間と暮らし」を、

「根拠」にしています、それが私にとっては、一番、正直で、しっくり納得できるように思えました、

そして、あまり他では見られないようなデイテイールも確かに潜ませてもいますが、大切なのは「美味い蕎麦」のようなしっかりした「価値観や考え方」にあるように思います、


私はどうしても、お話したこの「ソサィエティーのクラシック」というのに魅かれるので、やはり、そうしたソサィエティーで尊敬される仕立てを基本にテーラリングを設計しています、それは、嗜好というよりは私の偽ざるクセとか性(さが)とかというもので、染み付いていてそこに自分がいるように思うからです、
半世紀の間に染み付いたものは、人のクセと同じように容易には変えらず、そしてその人にとっては極く自然のものです、


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その一方で、60年代から70年代という純粋に価値感の革新があった時代をリアルタイムで経験している私は見た目よりは革新好きです、ここであえてそう云うのは、私はビスポークは「生きている」と思うからです、そのライブ感には、常に「革新」を意識することが大切だと実感しています、これもまた、私のクセのひとつです、


結局はウルサイ顧客であり、「着手」である私は、それに答えてくれる「生物」としてのビスポークの「逞しい生命力」みたいなものに期待しているのです、、それが、ビスポークの愉しみを生み出し、ワクワクさせ続ける種子だとも思います、


それは、例えば「100年素材」で、今までみたことのない素材への無謀ともいえる挑戦だったり、「サファリジャケット」や「スポーツトラウザーズ」という、いまのビスポークテーラーはあまりやらない「クラシック スポーツ」への拘りだったりします、男は、スーツばかり着ているわけでもありません、ただ、いつも着心地良く、エレガントで好みを反映した姿であるべきです、


それが、例えば、ジャケットの裏地には「極上のシルク」にこだわりますが、フルライニングにしたトラウザーズの裏地は、静電気を起こさず、伸び縮みのする特別の「化学繊維」だったりします、どちらも、それがベストだと今の私は思っています、


私は歳とっていますが、それでも私の「経験」はまだ続いています、
そして、紙の上の「企画」とは違って、私という生身の人間の好き嫌いを基本にする限り、その「革新」と、クラシックへの拘りは自然の均衡を探して矛盾なく共存していくように実感もします、


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ハウススタイルのデイテイールについても少し触れておきましょう、ただ、これは、私が「着たり」、「見たり」、「暮らしたり」という経験を「根拠」としています、そこには、明確なクラシックの文法にのっとったものと、経験を背景とした「好み」というものも混ざっています、ここが誤解されやすいところだと思います、



例えば、私は肩パッドを厚くいれた「スクゥエアショルダー」というのが好きではないのです、
どうしても優美な「なで肩」に魅かれます、仕立ての都合では、「スクゥエアショルダー」が前肩をつくりやすく、やりやすいのですが、どうしてもダメなのです、肩のラインというのは、とても大事で、自分の考える優美なクラシックのプロポーション(優美ななで肩から胸の立体的な膨らみ、やはり立体的に絞られたウエスト、上着のラインにそのまま繋がってストンと落ちるトラウザーズ、、、)には、そうでなければ「イケナイ」のです、

しかし、理想の「なで肩」に恵まれた方ばかりではありません、いや、むしろ「そうではない」方が多いと思います、実際、私もハンガーのような「いかり肩」です、それを、いかに矛盾なく優美な「なで肩」のラインに見せるかということに、様々な「技術」を尽くしていつも腐心しています、



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同じように、履いていて身に添うように着心地がよく、美しい理想のトラウザーズを私はズイブン探し求めました、
とくにブレーシーズ仕様のトラウザーズはいわば「シャツ」のように仕立てるべきで、貴方が想像するよりズット、立体的で柔らかいものです、(内ベルト式のトラウザーズはウエストで絞める構造上、少し芯を硬くしますが、)
六義で仕立てているトラウザースは、多分、他とくらべても特徴的だと思います、それは、自分自身が永年、不満を抱えてきたからに他なりません、トラウザーズの仕立てへの拘りは、正直にいって私自身のためでもありました、



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私はもっぱらブレイシーズを愛用しています、それは、ノスタルジーだけではありません、

愛用する理由は、ブレイシーズで吊るすトラウザーズが最も美しいラインを生み出せ、着心地も違うからです、
ベルトで絞めるものとは構造も仕立て方も違います、

ただ、「生み出せる」ものであって、当たり前ですが、ブレーシーズで吊ったからといって美しくないトラウザーズは美しくはありません、ここを間違えてはいけません、単にブレイシーズ用のボタンが付いていれば良いというわけではありません、


ブレーシーズで吊るす意味は、トラウザーズが「落ちてこない」ことにあります、ベルトで絞めるものは、どうしても履いているうちに「落ちて」きます、サイドアジャスターは、固定するという意味では、ほとんど機能的とはいえません、


ブレイシーズ仕様のトラウザーズはウエストも非常に柔らかく仕立てられます、ウエスト周りもあえてジャストフィットにはつくりません、微妙に余裕をもたせています、腰裏にはお腹周りをフラットに見せるために、裏地と同じシルクを張ります、

そして、落ちないということは、そのウエスト位置を基準として、上着との繋がりのなかで美しいラインを工夫していけるということです、


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人間の脚はそれぞれでクセがあります、例えば重心のかけ方や経験したスポーツなどによって、左右のお尻の肉のつき方が違っていたり、歩くときの足の出し方も違います、ふくらはぎの発達の仕方も違います、

トラウザーズは、裾幅に関係なく、ストンと真っ直ぐ落ちるべきで、どこかでもたついていたり、変に余分な皺がでるのは美しくありません、第一、動くのにストレスがあると思います、あくまで身のこなしに添うようにエレガントに真っ直ぐと落ちなければいけません、

シャツのように仕立てるというのは、それぞれの脚という立体に即して裁断を工夫し、アイロンワークでクセをとり、結果、美しいエレガントなラインをつくっていくということです、これには、熟練した眼をもった入念な仮縫いと、手間ヒマのかかる仕立てが必要です、


私の経験からいうと、上着に対する着心地やスタイルについてはある程度「意識」をもったテーラーはいますが、トラウザーズについてはその「意識」がテーラーによってまちまちです、

ただ、着る側としては、トラウザーズの履き心地はとても気になるものなのです、私は20年前に理想の裏地をみつけてから、トラウザーズはフルライニングにしていますが、それだけでも履き心地は変わってきます、ただ、フルライニングにすることで、アイロンワークはやりにくく、仕立ての技術も手間も格段に必要とされます、


トラウザーズは上着との関連であるものです、いくら上に気を使ってもトラウザーズのストンとまっすぐに落ちる美しいラインがなければスーツは美しく完結してくれません、
そして、トラウザーズのラインは、スタイルによって微妙に変えていきます、それは、単なる裾幅の違いだけではありません、

履いて、美しいラインを描くトラウザーズというのはなかなか少ないものです、私の醜い脚が少しはエレガントに見えるのは職人の仕立ての技のおかげだといえます、そういう意味では、トラウザーズこそBespokeの仕立ての粋や、テーラーの美意識が現れるものなのかもしれません、


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ハウススタイルについて語りだすと切りがないですね、あとは、お会いしたときのお愉しみとしておきましょう、


最後にひとつ、私はスーツの数だけブレイシーズを持っていると思います、旅にでるときも、もっていくスーツの数だけブレーシーズを携えていって、部屋を訪れた友人を呆れさせます、

しかし、少し言い訳すると、これは、何もスーツの柄や色に合わせ余分なお洒落を愉しんでいるだけではありません、

トラウザーズによって、微妙ではあるのですが、やはり調整が違うのです、仕立てたテーラーが違ったりすると、これが意外に差があるものなのです、ブレイシーズというのは、仮縫いをしながら完成したトラウザーズにあわせ、テーラーといっしょに長さを調整すべきもので、金具も胸元のベストな位置にくるように直してもらうべきものなのです、

そして、一旦調整された、そのベストな位置の金具をズラすことは避けるべきです、第一、まともなブレイシーズならば絹で出来ているはずで、下手に何回もズラすと金具の醜い跡がつくはずです、

着こなしの上手な人が、見えもしないのにスーツ毎にブレイシーズを変えている本当の理由はここにあります、


ちなみに、六義のトラウザーズは裾は「ハーフターンアップ」、脇には上から下までプリーツを走らせ、その両脇には「目立たない」ようにハンドステッチをいれています、

独特な意匠ですが、それには理由もあります、プリーツは側章の名残りとして、ハーフターンアップは前裾にクッションをあまりつけたくないので、裾をかなり急角度なカットにするためです、もちろん、腰周りで布を切り返すことなどしません、あれは、品があるとはあまりいえないと私は思っています、、、




「ロマノフ家、プリンス オブ ウエールズ夫妻を訪れる、」


copyright 2009 MOMOTOSEDO, Ryuichi Hanakawa
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by momotosedo | 2009-04-04 07:47 | ■六義の秘密


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