40年前の繻子


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六義RIKUGHI
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百年素材 40年前の繻子
(title copyright 2017 Ryuichi Hanakawa&RIKUGHI)
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「名人」はどのように造り上げられるのだろう?
5月23日のひかりにみひらいた午後、私は千葉のある街に降り立った。「名人」に合うために、、、今日はやっとの思いで探し当てたネクタイを「手縫い」する「名人」のその「工房」におじゃまする約束だった。
ロータリーもない小さな駅を出ると通りのむこうに小さな商店街が覗いている。いつも私が探し求めている「名人」はなんでもない暮らしの街に隠れている。





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「クラシック スーツ」の着こなしはタイで決まる。「テーラー六義」の「クラシック タイ」の項でも記したが紳士が身に着けて良いタイは「たった3本」だけであった。シテイでは「スピタルフィールドタイ」と「クラブタイ」、カントリーでは「レイプシールド ゴールドのウールタイ」、、、紳士(或いは紳士の装いを影で支えたヴァレット)はかたくなにどんなスーツにもこの三本のタイを合わせた、そしてそれが英国のスーツの着こなしというものをつくりあげた。

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「六義」
中央区銀座一丁目21番9号
無断転載、画像の無断複写を禁じます。
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# by momotosedo | 2017-04-13 13:10

私家版 super egoistic wonderland  1.「ダーウィンの21世紀」

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六義RIKUGHI
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ダーウィンの21世紀
(title copyright 2017 Ryuichi Hanakaw&RIKUGHI)
(できれば愉しい21世紀を語っていきたい。あいかわらずのマイペースだけど、、)



Ras(Erasmus)・ダーウィンの訃報を知らせる「一斉」メールがロンドンのクラブから届いたのはつい先日のことだった。

クラブメンバーの誰かが亡くなるといまや全メンバーにクラブの秘書名義で訃報が「メール」される。「メール」というものがここまで普及する以前はクラブのレセプション近くのおよそ1メートル四方の掲示板に「お知らせ」がただ黒いピンで止められるだけだった。まさに新しい「種」が世界を凌駕した。




Rasはお察しのとおり「種の起源」を著したチャールズ・ダーウインの直系の子孫である。(クラブではどんなに年の差があってもファーストネームで呼び合うが、何故、彼が「ラズ」という愛称で呼ばれたかというと、ダーウィン家はしばしば男子にエラズマスと名付けることがままあり、チャールズ・ダーウィンの祖父もまたエラズマス・ダーウインであり、チャールズの兄の名もまたエラズマスであったから「区別」するため愛称で呼ばれるようになった。)
何代目にあたるのだろうか、「訃報」によると1948年にクラブメンバーに選出されたとのことだった、90歳のバースデイを迎えるまさに2日前に亡くなったそうだ。亡くなる2週間前にメインダイニングルームでご機嫌に友人たちとランチをとる姿が確認されている。


クラブでの私の後見人が某科学者なので紹介されて数度、ランチをともにしたことがある。
Rasの弟のフィリップもまたクラブメンバー(1951年選出)で親しくダーウィン家の「話し」をきかせてくれた。


もちろん「種の起源」で著名なチャールズ・ダーウィンもまたロンドンの我がクラブのメンバーであった。


クラブには彼の功績を称えその名を冠した「ダーウィン ルーム」がある。





一種の”のぞき趣味”で申し訳ないが「ダーウィン家」はたいへん興味深い。

チャールズ・ダーウィンの父、ロバート・ダーウィンの妻スザンナは英国の陶磁器メーカー「ウエッジウッド」の創始者ジョサイア・ウエッジウッドの孫娘であったことをご存じだろうか。

ウエッジウッド家とダーウイン家はたいへん親密な関係にあり、数組の婚姻関係が生まれている。
ダーウィン家はもともと富裕な医師の家系でチャールズ・ダーウィンも医学を学んだが馴染めず(当時は麻酔技術が発達しておらず手術も麻酔なし!で行っていたらしい、さぞや壮絶な有様だったろう)、「地質学者」に転じた。

我が国では生物学者と思われがちだが、英国では著名な「地質学者」としてとらえられている。

「種の起源」は彼がちょうど50歳のときに出版されている。

この約150年前の「ベストセラー」はグローバリゼーション以降の21世紀がどうなるか、どう生きるかを考えるにあたって深い啓示を今一度我々に与えてくれる。



f0178697_2249028.jpg*アンテイーク時計好きにはたまらない「Parkinson & Frodsham」の置時計。Frodoshamは英国王室のワラントを持ち、ロイアルファミリーのクロック(置き時計、柱時計)だけでなくポケットウオッチなども制作していた名時計職人、ウオッチメーカーである。
彼のダブルエスケープのスケルトンウオッチは1851年のロンドン万国博に出品されて大変な評判をとった。
当時、先進的なウオッチメーカーはロンドンとパリにあり、スイスは「下請け」に過ぎなかったのだ。
「Change Alley」は「Parkinson & Frodsham」が所在(4 Change Alley, Cornhill, London)していたロンドンの通りの名前である。

クラブにはこうした置時計、柱時計などアンテイークの逸品がさりげなく置かれており、しかもいまも変わりなく時を刻んでいる。こういう「絶滅種」に私はヨワイのだ。





















ダーウインは「種の起源」のなかで「Evolution(進化)」という言葉を意識的に避けている。
それは「Evolution」という言葉が持つ肯定的な意味あい(前進するというような)を自説に持たせたくなかったからだ。

ダーウインは「Descent with modification(変更を伴う由来)」とだけ表現している。

つまり環境の変化により、それに適した種が残り、そうでないものは「滅びゆく」というのがダーウインの説で、種自らが「進化」「適応」していくわけではない。


これはグローバリゼーション以降の21世紀がどうなるか、どう生きるかを考えるにあたって深い啓示を与えてくれる。

そもそもダーウインは進化が「前進」であるとは考えてはいなかった。種が変革していくのではなく環境に即した新種が残っただけだ。

そういわれてみれば今「進化」と名乗るもののほとんどは「格差」と置き換えることができる。20世紀と21世紀の違いは「進化」と単純に賛美できる境界線を越えてしまってハイスペックだがクラッシュもありえる領域に我々が自ら足を踏み込んでいくことにある。




f0178697_13144931.jpg*ご存じのようにクラブのメンバーになるにはCandidate(立候補)しなければならない。
極めて英国的なこの仕組みについては、「六義庵百歳堂」の「友人」の項をご参照いただければありがたい。
クラブ創設以来の「Candidates book」はいまでもすべてが大切に保管されている。
















オリンピックから5年後の2025年には約600万の人口が我が国から消失し、(これは北海道<約550万>ひとつ分以上に値する)日本の人口の約半数が50歳以上になる。




f0178697_1812996.jpg我がクラブはロンドンのクラブには珍しく「フレンチルネッサンス様式」で建てられている。
19世紀末にWalter Burns (モルガン財閥の創始者であるJ Pierpont Morganの義兄弟にあたる) がブルックストリート(ジミ・ヘンドリックスとヘンデルの家があった。アールデコ様式のホテルクラリッジスはお隣さんである)の69番地と71番地を買い取り、フランスの建築家、Bouwens Van der Boyerに改装を依頼した。(元の建物は1760年代に建てられている。)






























f0178697_18541693.jpgクラブのダイニングルームのキャビネットにはメンバーたちから預けられたトロフィーが並んでいる。
ノーベル賞のトロフィーはなかったように思うが、ひとつひとつがメンバーの業績を物語っていて興味深い。

そのなかでポッカリと「空席」がひとつ、ここにはかつてEmeric Pressburgerの「オスカー賞」の像が飾られていた。亡くなったときに家族が一旦ひきとったそうだ。
プレスバーガーは「赤い靴」とかオスカーを受賞した「49th parallel」、シブいところでは「月曜日には鼠を殺せ」などで知られる脚本家、監督である。
































                                                                                          <つづく、、、、>

*「テーラー六義」を更新しました。「ウエストコート」について考察しています。こちらも覗いてみてください。マイペースですが愉しい世界をつくっていければと思っています。

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# by momotosedo | 2017-02-22 11:49 | ■私家版

「 ClassicHaberdasher みらい編 」のお知らせ

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ClassicHaberdasher みらい編
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(title copyright 2012 Ryuichi Hanakaw&RIKUGHI)

細胞はいつも新しく生まれ変わろうとしている
皮膚も骨も内臓も古い組織を破壊し
からだのなかでは静かな革命が飽きることなく続いている

人間のからだは三カ月ですべての細胞を入れ替えるというのに
人間のこころは油っぽい匂いのする嫉妬や羨望にまだ囚われ続けている

21世紀だというのに、みんなのためにポジテイヴな言葉を告げるヒトはすくない

古い細胞を壊す力を身につけよう
未来へ向かうまっすぐでみんなを元気にする言葉を語り始めよう

人間のこころには生まれたての愉しい刺激が必要なんだ

「ClassicHaberdasher六義 みらい編」の会員を限定募集します、

アトリエオープンから9年目を迎え、大久保も私もかけがえのないメンバーに出会うことが出来ました、
メンバーのためのコミュニケーションサイトとしてスタートした「ClassicHaberdasher六義」も3年目を迎え、2009年の12月に会員募集を締め切ったのですがまことに有難いことにいまも入会希望のお尋ねを多く頂いています、

「ClasssicHaberdasher六義」は純粋にアトリエのメンバーのための限定サイトで、またそうありたいと思っていますが、

色々と考えた結果、「ClassicHaberdasher 六義」の発展型として「みらい編」をオープンすることにしました、
2011年は震災をはじめさまざまなことがありました、私たちなりに愉しい「みらい」を語りはじめようと思います、

というわけで限定期間、限定対象で新会員を募ります、

●今回は新サイト「ClassicHaberdasher みらい編」の会員募集です、

●ご興味のある方は、先ず、bespoke@rikughi.co.jpまで、ご氏名、ご年齢、ご連絡先、またまだお会いしたことが無い方は簡単な自己紹介を頂ければ幸いです、おってご連絡いたします、

●今回の会員募集は「限定対象」です、まことに僭越なのですが、・マスコミ、雑誌関連の方、・同業、ファッション関連会社の方はご遠慮ください、

●六義にご興味があり、いつかは六義のアトリエのメンバー、顧客になってやろうという方のみを我儘ですが募ります、

愉しい「みらい」をつくっていきましょう、


2012年 春の吉日

R.H.











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# by momotosedo | 2012-02-29 19:09 | NEWS

7月9日(晴れ) 「 respectfully 」


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「 respectfully 」
本棚に積み上げられた昭和の古書は端のほうから黄ばんできていて少し酸っぱい紙の匂いがするいつかは朽ちてはらはらと崩れるのだろう、
書斎に入ると机のうえに一通の手紙がおいてあった、
ウイーンのシェアから現(7代目)当主マルクスの祖父にあたるカールお爺さんが、この5月末に「靴職人」としてその生涯を閉じたという知らせだった、
享年93歳、大往生だと思う、


私がシェアを初めて訪れたときはカール爺さんが「当主」で、
シェアやクニーシェは「古の」隠れた名店として欧羅巴の奥に「密かに在る」という感じだった、実際、当時の欧羅巴では「東欧(ウイーン)」は忘れられた存在でロンドンの洒落者の間でもシェアやクニーシェの名を知る者などほとんどいなかった、


酔狂にも服や靴を注文しにウイーンに出かけようとどうして思ったかというと、それは祖父が残した服を調べていて大戦以前の東欧の服に興味を持ったからだ、ニューリンベルグのテーラーの手による冬のテイルコートが見事で本当はそのテーラーを探していたのだが行方が知れず、既に店を閉じて久しいようだった、

そのほかにも幾つか興味のあるテーラーを探してみたが、悉く店を閉じているか行方がしれなかった、そのなかでクニーシェだけがいまも店を開けていて連絡をとるといかにも昔風の老舗のおっとりした対応で、それが気に入ってとりあえず出かけてみようと思った、


ちなみに祖父はウイーンではなくパリのクニーシェで服を仕立ている、クニーシェは1960年代までシャンゼリゼにパリ支店を本店と同じくアドルフ・ルースの設計で構えており、祖母によると、ウイーンの本店より細かな洋品が揃っていて設えも華やかだったそうだ、たしかに、グラーベンの店は見過ごすほどに間口が狭い、


祖父はシェアでは靴を注文していないと思う、少なくともシェアの靴は我が家に残っていない、ウイーンのやはりいまは影も形もない靴屋のものとこれも跡形もないブダペストの靴屋のものは残っていて、それはいわゆる「東欧の靴」らしくなく、なかなかエレガントな細身のシルエットを湛(たた)えている、シューツリーのつくりが面白いことに英国風で、ただしベベルドウエストではなく幾分婉曲したフラットウエストでやはりバナナラストをつかっている、






(この項つづく)



 















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# by momotosedo | 2011-07-09 00:59 | ■百歳堂 a day

5月23日(雨粒) 「 Over the Ocean 」


六義RIKUGHI
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「Over the Ocean」
「津波」から2カ月と12日が過ぎていった、

人間は
海のうえに、
丘のうえに、
砂のうえに
谷間に、都会に、
或いは紛糾の地に、

それぞれの場所をもって暮らしている、

 















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# by momotosedo | 2011-05-23 18:36